ありがとう、なんて
※妙→土(→←ミツ) ミツバ篇後
「何かあったんですか?」
歌舞伎町を散歩がてら歩いていると黒い隊服を纏った鬼の副長と恐れられている男がいた
しかしそこにいたのは鬼ではなく、“一人の男”だった
元気の無い彼に小さく声をかけると「顔に出てる?」と苦笑いした
いつも笑うことがない仏頂面を無理矢理笑おうとしてる時点で何かあったことはすぐわかる
そうでなくても自分の好きな人なのだから変化にはすぐ気づくんだろう
その変化が自分にとってマイナスなら尚更
「…とっても好きな奴が遠くにいっちまったんだよ」
とっても好きな奴
ぎゅう、と胸の奥底が絞まって苦しい
「…遠く…ですか」
気持ちを押し殺してポツリと呟いた
「せめて、伝えりゃ良かったかもな…後悔先に立たずとはこの事か」
「…会いに行けばいいじゃないですか」
この言葉は禁句だったのだろう
彼は辛く悲しい笑顔を私に返した
「…ごめんなさい」
「何で謝るんだよ。お前はなんも悪くねーだろ」
いいえ、私は悪い人だ
あなたが思っていることと違うことを謝ったのよ
彼のいう「好きな人」はもういないから
フラれていた悲しみと苦しみが、それを知って喜びと安心に変わってしまったの
「土方さんは今も好きなんですか?」
ふいに聞いてみるも土方さんは無言だ
いっそ告ってしまおうか、と口を開くが発することはなかった
「好きだよ…一生、あいつ以外愛することなんて無いし愛そうとも思わない」
キッパリと真剣な眼差しをして言い放った
また、苦しみと不安と悲しみが蘇る
「で、も…他にもあなたのタイプの人は現れるかもしれないですよ?」
「それは無い、とは言い切れねえが…なんとなくいない気がする。いたとしても似てるだけですぐに冷めるだろうよ」
「―…ッ」
次の言葉は出てこなかった
気持ちは悲しみから嫌悪感に変わる
彼のいう「好きな奴」に対して、だ
ここまで彼に思われて、亡くなった今でも彼を惚れ込ませて…
狡い、狡い狡い狡い…
心に黒い渦が巻く
そんな醜い感情を持つ自分に嫌気が差してしまう
「土方さん」
「…なんだ」
私は代わりになりませんか?
「その一途な気持ち、大切にしておくべきですよ」
思ってもない台詞を口任せに発すると彼はフ、と微笑む
「ありがとな」
「…じゃ、私は用事がありますので」
「おう、話聞いてくれてさんきゅーな」
目を合わせず早足で歩いて彼に背を向ける
少し歩いた辺りで押し殺していた涙も、嗚咽も吐き出された
止まらない
ふと近くのショーウィンドウに目をやると鏡のように反射して自分が映っていた
そう、弱く醜い自分がそこにいた
「…笑い物だわ」
ありがとう、なんて
このときばかりは
一番残酷なコトバ
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