言葉は不完全だから
草木も寝静まるようなそんな時間───
人の家にやってくるには突然すぎの上、非常識極まりない…そんな行動をする人が一人、ここにいた。
「悪い…」
ただポツリと呟く銀時の一言はこの静まった暗闇の中ではよく響く。
その弱々しい一言にお妙はただ「どうぞ」と言って銀時を家の中へ迎え入れた。
彼女が寝ていた様子はあまり見受けられない。
寝間着姿ではあるが目はぱっちり開いていた。
まるで彼、銀時が来ることを知っていたような…そんなことを錯覚させる。
その本来の意図はきっと彼女しか知らない。
居間に着き、お妙は「その辺に座っていて」と銀時に言いつけ、救急箱を取りに向かった。
銀時は言われた通りその場に座ろうとしたが、とどまった。
彼は、彼の服は汚れていた。
赤く血塗られたその着物はあまり見ていて良いものではない。むしろむせかえる血の臭いに吐き気がしそうなくらいだ。
きっと座れば着物の血が移ってしまう。
滴るほどでは無いが、血が付いてそう時間は経っていない。
夜遅くに来た上に人様の家を汚すなんて礼儀以前に人としていけないだろうと銀時はそう思い、そこには座らずお妙を待つ。
しばらくすると救急箱を持ってお妙がやってくる。
お妙は銀時が座っていないのを見ると何故という顔をする。
「…血で汚すだろ。新八にバレるじゃねーか」
銀時はどうせ「部屋が汚れるから」と言ってもお妙には通じないことを知っていた。
彼女は何だかんだ優しいのだ。
部屋が血に汚れるのは別に構わない。怪我人が変なことを気にするな。
そう言われることは分かっていた。
だから新八を出したのだ。きっと彼は今、眠りについている。
それを分かっていて二人ともあまり会話をしない。
気配を悟られないため、眠りから起こさないため…
血みどろの怪我人がいることを知られないため…
特にその怪我人が知人で、自分の尊敬している大好きな人なら尚更だ。
そんな寝覚めの悪いものを見せるべきではない。
お妙は銀時の言葉をしぶしぶ聞き入れ、銀時を立たせたまま救急箱を開いた。
無言だった。
しゅるしゅると包帯の巻かれる音や着物の擦れる音が響くだけ。
「あまり、心配かけさせないでください。」
銀時の背中から発した彼女の一言はとてもおとなしかった。
けれど、どこか泣き出しそうな弱い声。
「…ああ。ごめん…」
ただ謝った銀時に、泣き出しそうな弱い声を出すお妙。
いつものような明るい雰囲気はない。
いつもと違う相手の振る舞いに互いは動じることはなかった。
怪我の処置をし終わってお妙が目の前で薬や包帯を片付けている中、声を出したのは銀時だった。
「…聞かねえの?」
「何をですか?」
「いや…その…」
「銀さんが話したいなら話せばいいじゃないですか」
お妙にそう言われ銀時は黙る。
いつもそうだ。
彼女はいつだって怪我の内容を探りはしない。銀時の怪我に処置をとるだけ。
ただ、それだけ。
内容を聞いても深くは聞かない。
興味がないのか、それも優しさなのか…。
それも彼女だけが本当のことを知っている。
「銀さん」
「ん?」
「抱き締めてあげましょうか?」
「は!?」
お妙の言葉に銀時は少し大きめの声を出し、顔を赤くする。
「なっ、そんなガキじゃねーよ!」
「うるさいです。」
「あ、悪ィ…。じゃなくて──…」
ガバッと抱きついたのはお妙だった。
銀時はその様子に目を見開き、文字通り固まった。
あまりにも予想外の出来事に腕を回すこともできない。
ただ、伝わってくる温もりに銀時の顔つきは穏やかになっていく。
「…お妙さん」
「なんですか?」
「一応、俺のが年上だけど…」
「子供でしょ?ただ、怪我をして痛みを我慢してる子供」
「オイ!」
馬鹿にしているのか、とツッコミを入れるが返事は返ってこなかった。
代わりに頭を優しく撫でられ、本当に子供扱いをされる。
銀時は文句を言おうと口を開けたが、されていることにそこまで不快感を感じはしなかったので口を閉じ、されるがままじっとしていた。
心地良い「それ」は、しばらく続き、銀時も恥ずかしさなんて忘れていた。
「貴方は、がんばったわ…。」
お妙のその言葉にどんな意味が含まれていたのか、明確な答えは出ない。
けれど、銀時には十分だった。
まるで見透かされた自分の弱い部分を優しく認めてくれたようで…。
銀時の回せなかった腕はいつの間にかお妙の背中に回っていた。
「…も少しだけ、このまま…」
銀時の呟いたか細い一言にお妙はただ黙ってそのままの体勢をしていた。
言葉は不完全だから
曖昧でいい
曖昧だから伝わることもある
・銀さんの事をよく理解していて陰ながら支えるお妙さん
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