「おとうさん、おかあさん早く早くー!」
「こらこら待ちなさい」
「ふふっ、走ったら危ないわよ」

それは町に晩飯の調達に来た俺達の目の前を横切って行った。
おとうさん、って呼ばれた男とおかあさん、って呼ばれた女が前を走る俺と同い年ぐらいのガキのあとを歩いてる。
ちょっと前の俺があんな速さで走ってたらあっという間に捕まってたこ殴りにされてたのに、あいつは捕まっても笑っておかあさんにおでこにキスされてからおとうさんとおかあさんと手を繋いで人混みに紛れてしまった。

俺にはおとうさんもおかあさんもいない。
おとうさんが男で父親っていうもので、おかあさんが女で母親っていうものだってことは知ってるけど、俺にはついこの間までその二人どころか一緒にいてくれる人なんていなかった。
なんでいないのかも知らない。
世の中にはきょうだい、ってのもあって兄とか姉とか弟とか妹とかの組み合わせもあるみたいだけど俺にはそんなものもない。
ナマエは俺のおかあさん…おかんのつもりらしいけど俺はおかあさんがどんなものなのか知らないからナマエはナマエにしか見えないし……
ただ、言えるのはさっきみたいな親子を見るナマエの目がいつも通りの据わった目は目でも寂しそうな、泣きたいような雰囲気を醸し出すのがイヤで嫌いだってこと。
迷子予防に、って繋がれた手に力が入って視線があの三人が向かった先に釘付けになってる。
そこに俺はいないのに。
俺はここにいるのに。
手を繋いでいるのにも関わらず俺の存在が忘れられてる。

「ナマエ」

聞こえてない。聞いてくれない。

「ナマエ!!」
「……あ、あぁ、ごめん。なに?」

叫ばないと聞いてくれない。

「帰る」
「あ?でもまだ」
「帰る」
「あー……まぁ、うん。必要なモンは買ったから帰るか」

ナマエはあいつらのモノじゃない。俺のモノ。
手を握れば握り返してくれるし晩飯のリクエストだって聞いてくれる。
寂しいって言えば一緒に寝てくれるし風呂だって一緒に入る。
今だって荷物はあるけどおんぶって言ったらきっと背負ってくれる。
でも、それでも、俺のモノなのに水みたいに手から流れ出して完全には俺のモノになってくれない。
時々俺を通り越して誰かを見てるって気付いた時にはもう、町中だってのにぼろぼろ涙が零れてきた。

「バン?」

覗き込んできたナマエが驚いた表情になって、慌てて作ったせいで型くずれしてるハンカチで俺の目元をおさえて涙を吸い取ってくれてるけど止まらない。
どうした?何があった?元の据わった目に戻ったけど下がった眉毛が心配してくれてるって教えてくれる。
しゃがんだナマエの肩に顔が埋まるように抱きしめられて、ぐりぐり頭を撫でられて、それから浮遊感。
器用に俺を片手で支えて荷物を片手で持ってるナマエはそのまま町の中を通り抜けてく。

「私はさ、親も、兄弟も、家族というのがどんなものなのか理解してないしできもしない。どういうことをすれば母親らしいのか、どうすれば父親らしい……性転換しなくちゃいかんね。兄は、姉は下の子にどう接するのか。なにをすればいいのかわからない。だからバン。やってほしいこと、やりたいこと、なんでも言ってよ。極力叶えてあげるからさ」
「……極力かよ」
「あぁ、極力ね。流石に世界破壊とか世界征服お願いされてもその後の維持が面倒だからやりたくない。ミカン剥いてーとかだったらお安いご用指先が黄色くなるまで剥いたげるよ」
「差が激しすぎだろ」

もぞもぞ動いて囁くように喋るナマエの頭にぺったり張り付くように抱きつく。
外野からいいなー、あれやって!、って声が聞こえたけどみんなダメ、ムリ、って言われててちょっと優越感。
ナマエは髪が潰れるって言葉だけ怒ってる雰囲気出してるけど振り払いはしてこない。
位置的におでこにキスするのはムリだから近くにあった耳にキスしたら据わった目がまん丸になって腹に頭突きされた。でも痛くない。
頭を預けてくれてるみたいで、犬とか猫が撫でてって頭擦り付けてくるみたいでなんだか胸がムズムズする。
オマケになんだか笑えてきちゃってごまかすようにナマエの頭をぐしゃぐしゃに撫でたらやっぱり怒られた。




家に帰っておとうさんとかおかあさんとかそういうモンじゃなくてナマエを俺のものにすればいいんだって気付いた。


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