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「三橋、俺はまたみんなで野球したい。三橋も、そう思うだろ?」
頷いたけど、俺にはどうすることもできないから。
黙り込む俺をジッと見つめる田島くんは、多分悲しそうな表情をしてどこかへ行った。
「あ〜…うめぇっ!」
「あはははっ!泉お前とうとうおっさんだな?」
「巣山もだろ?俺まだ焼酎には手出せねぇ」
「俺はビールより焼酎派だな」
「巣山のがおっさんだろ」
そうやって俺の肩を叩きながらケラケラ笑うと、ふぅ、と溜息をつきながらグイッとビールをあおった。
俺たち野球部は大体大学へ進学した。
大学3年。俺はもう21歳だけど、泉は20歳だ。
花井、阿部、西広、沖、水谷、そして俺たちは大学生。意外にも栄口と、そしてさらに意外にも三橋は働いている。
田島は……
「この間見たよ、田島」
「あぁ、試合出させてもらえたんだっけ?」
「うん。悔しいけど、かっこよかった」
「だろうな。………あ、球場まで行ったのか?」
「おお、三橋とな。でも俺途中ビール飲んじゃってさ〜。三橋に心配された」
「あははっ。三橋酒飲まなそうだしな」
「なんか、まじで一杯でベロンベロンらしい。この間会社の飲み会ずっと記憶なかったんだってさ」
「弱いな〜!ま、らしいっちゃらしいけどな」
そこまで話してから、泉はふと笑顔から真剣な表情になった。
「巣山はさ、あれ以降野球部誰かに会った?」
「……いや、ちゃんと会うのは泉が初めてだよ。前栄口見かけたぐらい」
「そっか……やっぱ俺ぐらいか。ちゃんと会ってんの」
「だろうな…。俺でもこの間水谷から電話かかってきた」
「水谷?」
「おお、なんかさ、今度飲みに行こうって。でも俺そんときバイトで無理だったから、断ったら、あいつまじ落ち込んでさぁ」
「うぜ〜。やっぱ一回しめときゃ良かったな昨日」
「仲いいよなお前ら。」
「別に。大学一緒だから偶然会うだけだし。望んでは会わねぇよ。」
積もる話。でも気まずさと悲しさは、なくなることはない。
泉は多分全員と一回はちゃんと会ってるっぽい。俺で最後ってところか。
水谷は同じ大学だからしょっちゅう会うらしいし、次に会うのは三橋だって言ってたな。
三橋は本当に埼玉よりの群馬にある会社に就職したらしい。運命かのように、三星の叶と同じ会社同じ部署らしくて、毎日楽しくやっているとか。
ちゃんと連絡しあって何回も何回も会っているのは本当にこの2人だけで、沖と西広は電話して無理やり約束とりつけたような感じだし、花井と阿部に関しては家に押しかけて宅飲みらしいし。
ほんと、泉はすげぇやつだよ。
多分、泉が今の野球部を繋ぐ橋だ。
それは脆くてすぐに壊れそうだけど、どうにかしがみついている。
「田島さあ、この間ようやく会えたんだけど。」
「うん」
「あいつも、三橋とはよく会ってるらしいよ。んで、三橋にまたみんなで野球やりてえって言ったって」
「………田島は、やっぱりそうなんだ」
「うん。俺もだよ」
「…………」
「逃げんなよ、巣山。俺たち3人はな、またやりてえって言ってる。まずお前を誘う。また一緒に野球やろうぜ」
「え!……お、俺ぇ?」
「ああ!お前だよ!お前頼りになるからさ、あいつら忙しいし、俺たちでみんな誘おう」
「ま、待ってくれよ……話が急すぎる!」
「いや、俺は知ってるぞ。お前ん中ではもう固まってる。けど踏み出せねえだけだろ?」
「…っ!……」
「頼むよ巣山……野球好きだろ?」
野球が、好き。
いや、好きだけど。
でも、今さらって考えちまうんだ。
黙り込んだ俺をジッと見つめる泉。
俺は泉のことは友達として大好きだし、人として部員として尊敬もしているけど。この、大きな瞳だからこその強い目力が、どうしても苦手だった。
だって、何もかも見透かされている気がする。
「………巣山」
「……」
「なあ…」
「………」
「頼むよ…本当に……」
だけど、その目力の強さがなくなり、縋るように潤むそのあどけなさも、ずっと苦手なままだ。
「……うん。俺もまた野球したい」
「っ!巣山!」
「…一緒にやろうぜ、泉」
「う、うん!……うぁぁ、良かった。」
安心して机に突っ伏す泉に、俺も安心した。
久しぶりに定時に帰れて、俺は駐車場に止めてある車にフラフラと乗り込んだ。
ふぅ…と一息ついて、エンジンをかけると、ちょうど携帯が鳴った。
「うげぇ……泉じゃん……いや、うげぇは失礼か。…でも前しつこかったんだよなぁ…」
ふぅ、と息をついてエンジンを止めた後に電話に出る。
「……もしもし」
『栄口?今大丈夫?』
「ま、まぁ、ちょっとは……何?」
『あのさぁ、今……会社の前にいるんだけど』
「え!嘘、どこ!?」
『だから、会社の前。』
俺は急いで車から出て、会社の方へ行くと、そこには2人の影が。
ん?2人……?
「え!み、三橋!…え?」
「さ、さか、ぇぐち…くん」
「久しぶり栄口。三橋も、久しぶり、だろ?」
「う、うん……」
「…………」
まさか三橋がいるとは思わなくて、俺はポカンと口を開かせて立ち竦んでしまう。
でも正直言うと三橋はいてほしくなかった。
だって俺は、1番、三橋に弱いからだ。
「……どうしたの、会社まで来て…」
「あのさ、栄口。」
「ん?」
「ま、また、一緒に野球しよう!栄口、くん!」
「っ!……はぁ?」
あ、やばい!はぁ?なんて……
三橋泣いちゃう………
って、あれ?
三橋、平気そうだし、全然オドオドもしていない…。
………そりゃそうか。
三橋も就職したんだもんな。社会人として、あんだけオドオドしてたらやっていけないに決まってるしな。
て、それじゃないって。
なんで急にこんなことになったんだ?
「………なんで突然、野球の話?」
「やりたい、って俺たち言ってたんだ。また、西浦のみんなでやりたいって…「だからなんで!?」
「さ、栄口くん……」
「俺さ、正直言うと野球したくない。」
「………」
「泉、三橋、ここまで来てくれて悪いけど、俺もう帰るね?疲れてるんだ…」
「…さ、栄口待てよ!じゃあお前野球嫌いなのか!?好きだろ!」
「……好き、か………好きだったらやるの?別にさ、好きってだけで良くない?好きだからやらなきゃいけないことないよね」
「……栄、口………」
「ごめんね泉。俺今は忙しいし野球したいって思わないし。……別にあの時のことを恨んでるわけじゃないよ。また、みんなで飲みにでも行こうよ」
「………」
「三橋もじゃあな。わざわざありがとう」
キツイこと言ってごめんな、2人とも。
でも、俺もいつまでも引きずってるわけにはいかないんだ。
前に進まなきゃ。
「じゃあ、なんで………栄口くんは、野球部だった、の?」
「っ!……三橋?」
「好きなんで、しょ?野球が、好きで、好きで、やりたかったから、野球部、だったんで、しょ?」
「…………」
「俺はね、あの時のこと、は、すごく、すごく、覚えてる。多分、誰よりも……」
「っ………」
「みんな、忘れたい、かも、しれない、けど……俺は、忘れたく、ないし、忘れられない、よ。」
「…み、はし?」
「…………だから俺は……野球が、したい…」
だから俺は、野球がしたい。
「じゃあね、また明日」
「お〜!またな、沖!」
友達と別れて、少しグラグラする頭を抑えながら夜道を歩いた。
慣れ親しんだ、高校とは違う帰り道を歩いてアパートにつくと、誰かが玄関にいた。
誰だろう、と思いながら隣を通り過ぎようとしたら、懐かしい声がした。
「よう、沖。久しぶりだな?」
「っ!!………す、巣山ぁ?」
「覚えてんのか?俺のこと」
「え、あ、当たり前だろ?……と、とりあえず入る?」
「じゃあ遠慮なく。」
水道の水をコップにいれて、それを一気飲みしてから、意を決して巣山の座るテーブルに戻った。
部屋、片付けといて良かったな。とどこか場違いなことを考えながら座ると、巣山はすぐに口を開いた。
「……沖、何学部だっけ?」
「え?……英文、だけど」
「ああ、そっか。そーだっけか。何?留学とかすんの?」
「いや……もうしたよ。一年のときに」
「へぇ〜。どこに?」
「アメリカ。」
「じゃあ野球とか見て来た?」
「っ!!」
あまりに突然すぎて、少し息が詰まった。
いや、あまり深く考えることじゃないよな、普通に興味本位で聞いてるんだ。
「……見たよ。やっぱ、すごかった」
「へぇ〜……久しぶりにやりたいなって、思った?」
「へ?…ま、まあ…ちょっとは…」
「じゃあやろうぜ」
「………は?」
「また、西浦硬式野球部、一期生で」
「っ!………」
は、はめられた!
咄嗟にそう思ったけど、俺は冷静に冷静にと言い聞かせながら口を開いた。
「いいよ……もう。……俺結構西浦から離れたしさ」
「そんなのいいよ。関係ない。またみんなでやろう!」
「ちょ、本気で言ってんの?巣山、らしくないよそんなこと言うの…」
「なんで?……俺は、やりたいなって思ったから」
「…」
「俺も誘われたんだ。問題児たちに」
「……え、三橋?田島?」
「そ。あとそいつらの兄ちゃんにな」
「い、泉?」
ああ、やっぱあの三人組変わんないんだな。
どこか安心と温かさに包まれたけど、でも、野球は………
「ごめんだけど、俺はいいや。俺なしの9人でやって?」
「…………」
「俺もう大学十分楽しいしさ、お金だって貯めなきゃだし…。野球は、正直言うとしたいけど、でも今はそんな余裕もないし、反対にしなくてもいいとも思ってる。」
「………じゃあ無理には誘わねぇよ。」
「……え、う、うん…」
「沖はもうあの時のこと忘れられた?」
「わ、忘れられないよ…だって…」
「じゃあ、野球やろうよ」
「は?ちょっと、繋がってないよ」
意味の分からない巣山に、悪いけど少しイライラする。お酒が入ってて、いつもより感情的になってるのかもだけど。
巣山は高校のときと変わらない冷静さを持ってるから、少し羨ましい。
「あれの後、どう思った?」
「どうって………俺、は……」
「……………」
「…………俺は、失望した。」
「…………」
「……自分の不甲斐なさに」
バタンとドアを閉じて、汚い部屋を見ると自然と溜息をついた。
お金はもらえるけど、何か釈然としない毎日。大好きな野球もできるし、やりがいも感じるけど、でも何かが足りなかった。
「あ〜あ!三橋に会いたい!」
そう口に出したから、そうだ、と思い立って三橋に電話した。
『もしもし?田島、くん?』
「三橋〜!元気?」
『う、うん、元気だよ!久しぶり、だね』
「そーだな!えへへへ」
さっきまでモヤモヤしてた胸の中が、スッキリした。なんでだろうな、三橋の声を聞くと爽やかな気持ちになれる。
『練習、どう、だった?』
「楽しかった!けどな〜、俺浮いてるかも」
『え?な、なんで?』
「ん?んー……うまく説明できねぇ。あ、それよりさ!三橋明日暇?」
『えっと、明日は、定時で帰れる、よ?』
「飲みに行こう!俺奢るからさ!」
『い、い、行く!!……あ、でも、俺、お酒、飲めない、んだ…』
「知ってる!それでもいいよ、俺三橋に会いたいだけ!」
『田島、くん……おれ、俺もね、田島くんに、会いたい、よ!』
やっぱり俺は、三橋がいなきゃダメみたいだ。
「……く、草野球、ですか!」
「うん。三橋野球やってたんでしょ?あ、あと叶もか。いいねぇ、青春してたんだねぇ〜」
「え、えと、草野球って、いつですか?」
「あー、来月最初の日曜。どう?空いてる?てか、人集まりそう?」
「あ、集めます!だから、おれに、任せてもらえますか?」
「いいよ。じゃあよろしくね〜。あ、ついでに言うと相手は結構強いとこだから。甲子園常連校のOBの集まりらしいよ?」
「そ、そうですか……」
「って言っても30代のおじさん達だから、まだ20代の三橋ならいけるっしょ?」
「………はい、ありがとうございました!」
これは、チャンスだ!
チャンスだ、チャンスだ!!
野球をやりたい、って漠然としか言っていなかったけど、その機会が巡ってきた。
明確な日も場所もちゃんとそろってる。
だから、だからっ…!
今すぐ田島くんと泉くんに電話したかったけど、まだ仕事が残ってて定時で帰れるか不安になったから、仕事に集中した。
だって今日は、田島くんに会える。
「うひひっ…」
「どーした、廉。嬉しそうだな?」
「修ちゃん、あのね、やっと、みんなで集まれるかも、しれないんだ。」
「みんなって、野球部?何?全然集まってなかったのか?」
「………う、うん、あの……いろいろ、あって……」
「……そっか。ま、それなら良かったな、廉!」
「う、うん!!」
田島くんと、泉くんと、水谷くんと、栄口くんには会ったけど、他の人達は会えてない。
みんな忙しいってのも、あるけど。
阿部くん、元気かな。
野球、続けてるの、かな。
会いたい、な。
俺、会社の野球クラブやってる、って、言いたい。
ピッチャーやらせて、もらってるよ、って。
また阿部くんのミットに、投げたい。
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