誰も分からない。




不満はあった。
お互い不満があって。


でも、こんなことしちゃ駄目だって心のどこかでは思ってるのに。
それでも身体は思うように動かなくて、思ってることとは反対のことばかりに身体が動く。




これは立派な浮気だ。
















「ご、ごめんっ!」

「いや、俺も悪りぃ…」




偶然、社会資料室で水谷に会った。

先生に言われて資料を運びに来ていたらしい。それは俺も同じだった。

お互い教師への文句を一通り言い終わった後におとずれた沈黙で俺は、誰にも言うつもりのなかった浜田への不満を曝け出していた。

それに触発されたのか、水谷も最近栄口と思うように時間のとれないこととメールを送っても返してくれないことを言い出した。

その気持ちが痛いほど分かる俺は、水谷相手にしては珍しく親身に話を聞いてやった。
普通は当たり前のことなのに、よっぽど嬉しかったのか、水谷は俺をベタベタに褒めた後にありがとうと笑った。
それに少しキュンときたのは気のせいだ。
うん、気のせいのはずだ。



それで今は、そろそろ教室に戻ろうと立ち上がった水谷がフラついて俺にぶつかって一緒に倒れた状態。

つまり簡単に言ってしまえば、水谷に押し倒されている状態ってことだ。


思った以上に近い顔にビックリしてしばらく動けなくて、ハッと我にかえってようやくさっきお互い謝った。



けど……


水谷はなかなかどこうとしなくて、俺もなんかそれが自然の流れのような気がした。


そして、それが自然の流れかのように、水谷の顔が近付いて、それで…




キスを、した。





最初は軽く唇が触れるだけのキスだったのに、水谷は突然啄むような甘いキスに変えた。
それに少しビックリしたけど、俺はそれを素直に受け入れる。


あー……こいつ、キスうめぇな…


ぼんやりしてきた意識の中で思うと、ゆっくり唇が離れて、男の目をした水谷と目があった。

浜田と似てる。これは、しまうまを狩るときのライオンの目だ。


さっきより深くて甘くてねちっこいキスをされる。少し焦れったくなって口を開けると、水谷は待っていたと言わんばかりに舌をさしこんだ。

それに遠慮なく舌を絡めると、それは、さっきより深くて深くて甘いキス。


「んっ……ぅ…」


思わず漏れた吐息と声に、水谷は少し驚いたようだったけど、それが、興奮したのか知らないけど、キスは続いた。






息が続かなくなって肩を叩くと、水谷は本当にハッと我にかえったようだった。



「う、わわっ…ご……ごめん…」

「………謝んなよ…」

「違う。俺が悪いんだ…ごめん。帰ろ」

「………やだ」

「泉?」

「…………」



お前最低。こんなにその気にさせといてここで終わり?ありえねえ。お前もこんなんなってんのに。ここで終わるの?



一気に捲し立てた言葉に、水谷は顔を赤くさせたまま、ゴクリと唾を飲み込んだ。


俺は反対側にそいつを押し倒して、こっちからキスをした。


しばらくは大人しくされるがままだったけど、突然水谷は、火がついたのか俺を起こして逆に押し倒された。


深い口付け。時々響くリップ音をどこか遠い意識の中で聞きながら、俺は罪悪感を押し殺した。




















「おかえり泉ー!お前授業サボんなよ!」

「…偶然会ったクソ谷の惚気付き合わされたんだよ。あいつのせい!」

「あー確かに水谷惚気長そうだな!」

「………泉?」

「あ?なんだよ浜田」

「耳赤いけど…」

「っ!別に!」

「泉もついでに惚気てきたんだろ!」

「ちげーわ馬鹿!」





気づけ。

気付くな。

浜田。


でも嫉妬に狂ったこいつも見てみたいなんて思うのは、おかしいことなのだろうか。



なあ、浜田。

俺、水谷とヤったんだぜ。



軽蔑する?

それとも、

怒る?





最後帰る時に水谷は、

「身体の相性は泉の方が良いかもしれない」

って言った。

馬鹿じゃねえの、と言おうと思ったけどやめた。
だってその通りだなって思ったから、俺は頷いてその場を去った。








「そんな、照れんなって!どうせラブラブなんだろ!」

「………」





俺はニヤリと笑ってから言った。






当たり前だろ。











何が正しくて何が悪いことかなんて。そんなの実際は、



誰も分からないんだ。






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