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駅に隣接するビルには、様々な店がテナントとして入っている。上層階は主に飲食を生業としており、その一角にあるビュッフェスタイルの店でサークルの打ち上げが行われていた。十数人の先輩と、その3割にも満たない新入生は、難関を潜り抜けた精鋭であり、研究者としては将来を約束された身と言っても良かった。

まだ飲酒年齢に達していない紫苑はソフトドリンクを片手に、仲間の話に耳を傾けるのが好きだった。もとより饒舌なタイプではないし、持論をひけらかすのも得意ではない。けれど、意見を求められれば控えめながらも自分の言葉を持っている紫苑は、教授を始め、周囲の者から好意的に受け入れられている。故に、こうした集まりに召集をかけられることが度々あった。

「降ってきたな」

「それるって言ってたのにね」

夏の終わりの台風は、朝のニュースで知らされたものとは別のルートを辿っているようだった。一面のガラス張りで夜景を自慢とする店では、窓を打つ大粒の雨や天を裂く雷が、どうにも目に付いてしまう。仲間達はそれぞれの帰路を確保する算段を始めていた。

携帯のサブディスプレイには20:47と表示されている。終電を気にするには早すぎるが、遠方の学生は大学に泊まることを選んだようだ。居残り組みの先輩から、お前はどうするんだと聞かれ、紫苑は付き合いますよと答えた。彼の専攻している分野は、紫苑が強い関心を寄せており、少人数で話せる時間を持てるのは、またとない機会だったからだ。

「じゃ、俺ら二人は二次会ね。隣のビルなんだけど、すごく雰囲気のいいトコがあるんだ」

仲間と別れた後、先輩が案内した先はどこかノスタルジックを感じさせる内装で、20人も入ればいっぱいになってしまうような店だった。そして、テーブルもカウンターも、ほぼ埋まっている。この種の店をどう呼んでいいのか紫苑には解らなかったが、高級な雰囲気だけは感じ取れた。先輩がカウンターの中の店主らしき人物に片手を上げると、一番奥のテーブルを示された。

「高そうですけど、大丈夫ですか。僕、持ち合わせが」

「大丈夫、さっきの俺の親だから」

「かえってお邪魔じゃないですか?」

「大丈夫だって。この雨ならそのうち客も減るでしょ」

声を潜め、ソファへ身を凭れさせることも出来ないままでいる紫苑に、先輩は明るい笑顔をむけた。オレンジブラウンのダウンライトと微かに流れるBGMは、ここの客層をよく表している。学生特有の喧騒は全くなく、スーツを身に纏った男達の話し声もひそやかだ。誘われなければ、きっと味わうことが出来なかった雰囲気とはいえ、紫苑は落ち着けないまま、膝の上でそっと指を組んだ。

「いらっしゃいませ」

艶のある低音に視線を上げれば、すらりとした痩身の男性が立っている。何より目を奪われたのは、その容貌だった。中性的というのとは違うが、例えるなら、女性のように綺麗なとしか言いようが無い。流れるような目元に、通った鼻筋、細いが柔らかさのある唇。立ち居振る舞いは凛とした清々しさがあった。男はちらりと紫苑に視線を走らせたが、表情を変えることなく、手にしたグラスをテーブルへと載せた。

「二人ともウーロン茶で、あとは何か適当に食べ物」

頷いて立ち去る男の姿を、紫苑は無意識のうちに追っていた。髪は長さがあるのか、後ろの高い位置で1つにまとめられていた。

「すごく綺麗だ」

「うん。年は俺達と変わらないんだけど、何でも、舞台関係の世界じゃ、そこそこ名の知れたヤツらしいよ。あいつ目当ての客も増えたって親父が言ってた」

「そうなんだ」

「何? 気になるの?」

「だって、すごく綺麗でしょ。まるで清流みたいだ」

その例えは変わってるねと先輩が笑った。その日、先輩と話した内容は、紫苑の耳になかなか入っては来なかった。




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