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「#切ない」のBL小説を読む
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 ティンベルを助けた夜から数時間後、すなわち昼。俺はティンベルの部屋、目を覚まさない彼女の枕元で椅子に座って待機していた。途中、事情を聞いていた殿下も城を抜け出して様子を見にきて、極度の疲労を得たとはいえ無事に戻ってきたことに安堵していた。その際にお見舞いの品と称して果物の盛り合わせを持ってきて、誰に習ったのか林檎のウサギを披露した。かわいいですね、といえば彼女に見せてやってほしいと何故か俺に伝授して帰って行った。自分で作られた分は自分で食べてしまっていた。何故だ…。
 その帰り際に、殿下が言ったことを思い出す。

「ティンベルが悪いわけではない。そしてダリューンも悪くないんだ」

ーー心配されているのは俺もだったか、

 部屋にある鏡に自分を映す。なかなかひどい顔をしていて…そうだな、疲労というより心労だ。気に病みすぎていると指摘されたらしい。
 だが、気に病むのも仕方ないと思う。
 
 俺は、何より大切な彼女に怖い思いをさせてしまった。助け出したあの時に俺は見たのだ。いつもの穏やかな瞳が不安と恐怖に染まり、激しく揺らいでいるのを。だからこそ助け出した後あそこまで大泣きしたのだろう。その様子を見て、改めてあの時に手を離したことを後悔した。あそこで何としても手を取れば、彼女は泣くことなんてなかったのだ。

 無意識のうちに詰めていた息を吐きだした時、彼女が目を覚ます。

「……あ、」
「起きたか」
「だ、ダリューン様?!」

 狼狽する彼女に、先ほどまで殿下もいたぞ、と言ってみれば面白いように彼女はさらに慌てたので、とりあえず落ち着けと当たり前のような言葉を言う。準備してあった水を手渡し、震える手で受け取った彼女が危なっかしくも何とか水を飲んで落ち着いたところで、俺は頭を下げた。

「本当にすまなかった、ティンベル。怖い思いをさせた」
「そんな!謝らないでください…!」

 俺が下げていた頭を上げると、今度はティンベルが深々と頭を下げた。

「ごめんなさい、迷惑をかけて。私が動き回って面倒を増やしてしまいました」
「何を言ーー」
「私が悪いの、」

 言葉をさえぎってまで謝罪する彼女は頭を下げ続ける。

「私が軽率な行動をとって、あなたを巻き込んでしまいました。それに、あなたにだっていろいろなことがあるでしょうに、私はずいぶんと振り回していたように思います」
「そんなことはない、俺が一緒にいたかっただけだ」

 顔を上げてくれ、そう言っても彼女は一向にそうしない。なぜこうなったのかわからず、困ってしまう。困って彼女から視線を外したその時、殿下が盛ってきた果物の盛り合わせが目に入り、殿下のウサギを思い出す。

「…とりあえず、果物でも食おう。食べて互いに落ち着こう」
「……」

 俺が林檎を手に取りナイフを入れ始めると、ティンベルがゆっくり顔を上げた。目じりに涙をためていた彼女は適当に服の袖でそれをぬぐい、自分の手元を見ていた。短くも長い沈黙の間に俺はウサギを八匹作り上げ、それをのせた皿をずいと差し出す。

「ほら」

 緑色の瞳がこちらを向く。そしてーー煌いた。

「か、かわいい………!」
「殿下が教えてくれた」
「さすが殿下、器用でいらっしゃる…でも、目の前のものはダリューン様が作ってくださったものですからーーさすがダリューン様、ですね」

 笑顔が戻る。そのことに安堵しつつ、殿下に心のうちで感謝を述べた。そして褒められた喜びに気分は上々。
 かわいい、とキラキラした瞳でウサギを見るティンベル。その光景を見て、俺は昔を思い出してつい笑う。

「?」
「いや…ティーは昔からかわいいものに目がなかったな、と」
「…!」

 ほろり、と笑っていたはずの彼女の瞳から涙が零れ落ちる。そしてそれは止まることを知らずに流れ続けるので俺はまた困ることになった。

「何故泣くんだ…!?」
「っく、だって…だって…ダリューン様、今回ずっとそうやって呼んでくれなかったから、そう呼べなくなった理由があるのか、または私嫌われたのかと不安で不安でしょうがなかったのに…!」

 なのに何で今…!袖で涙をぬぐい続ける彼女に対し、俺はというと慌てて弁解し始める。

「いやだってその、何も言われなかったし、俺だって緊張する」
「何でそんな緊張する必要があるんですか!幼馴染じゃないですか!」
「あーいや、まぁそれはそうなんだが」
「あれですか?お嫁さん候補にばれるのが怖いとかですか?それなら私本当に迷惑しかかけてない…!」
「そんな人はいないし俺が心に決めたのは一人だけだし頼むから落ち着いてくれ!」
「落ち着いてって…あああ?!」
「今度は何だ?!」

 ティーが悲鳴を上げるので一緒になって叫ぶ。その叫びの後の沈黙で、彼女は一気に顔を真っ青に染める。

「…すみません、こんなうるさい女の子嫌ですよね」
「……そんなこと一言も言っていない」
「それに、お嫁さん候補じゃなくて心に決めた人がいるってことは、私本当に邪魔者じゃあないですか」

 すみませんすみません、とティンベルが顔を隠すが、今度は俺がわけがわからなくなって狼狽する。しかししばらくの沈黙の後、彼女がどこに反応したかを理解した。理解して、

「そうじゃない!」
「どこがですか」

今度こそ本当に弁解することになった。だが気付く。

ーーこのままだとこの流れで言うことになるのか俺?!

 そんな。今までの作戦行動は雰囲気作りまでばっちりしてからの告白のためにあったのに。なぜこうなった!昨日のあいつらのせいか!そうだな!

 一人芝居を心のうちで繰り返したが、何の解決にもならず。しかし言わねば伝わらないし、彼女がまた王都からいなくなってしまう。ええい儘よ!

「ティー…ティンベル嬢、聞いてほしいことがある」
「は…はいっ」

 俺が姿勢を正しただ事でないよう振る舞えば、彼女も姿勢を正し、緊張した面持ちでこちらを見てくる。うるさく騒ぐ心臓の音を感じながら、俺は慎重に言葉を選びながら紡ぎだしていく。

「まず、俺に心に決めた人がいるのは事実だ。そしてそれは、俺が緊張してその…愛称を呼べなくなった一因にもなってる。気付いていなかったが」
「はい」
「で、でだ。…その人はな、笑うと花が咲いたようにかわいくて、作る飯も菓子も美味い」
「っ…はい」

 彼女が真剣な表情から泣きそうな表情に顔をゆがめた。待て、頼むから、

「最後まで聞いてくれ。ーーその人は、長い茶髪に緑色の瞳を持っていて、今俺の目の前でその綺麗な瞳を潤ませてる」
「…え?」
「俺が切った林檎はかわいいかわいいと言って未だ口にしてくれていないし、俺の話を聞いて素っ頓狂な顔してる」
「……待って、そんなこと聞いたら己惚れてしまいます」
「己惚れて良い。むしろそうしてくれ」

「ティー、俺はお前を愛してる。どうか、俺と付き合ってはくれまいか」

 言った。言ったぞ俺。顔が火照る。というか全身が熱く、心臓は早鐘のようにせわしなく打っている。だがそれは目の前の彼女も同じようで。先ほどまで血の気の引いていた顔は一気に真っ赤になり、口がぱくぱくしている。
 しばらく待ち、そろそろ急かそうかと口を開きかけた時、彼女の方からあの、と声が発せられる。どうなる、俺…と生唾を飲み込んで彼女を見た。

「喜んでお受けします」
「−−!!」

 思わずガッツポーズを決めた。あれだ、言う前は何やかんや言っていたが、もうそんなことはどうでもいい。嬉しすぎて死にそうだ。ティーもかわいいし。あまりの喜びににやけを止められないでいると、ちょっと待ってほしいんですが、と彼女が申し訳なさそうな顔をする。

「−−でも、私、明日には帰らなくてはいけなくて」

 昨日の事件でお父様から明日には経てと連絡が入りまして…だから、一緒にいられないんです。そう言ってすっかり落ち込んでしまった。
 だが俺は一つの考えに至る。そして言った。

「じゃあ言い方を変える」
「?」
「ティー、どうか結婚してほしい」

 まるでお茶に誘うかのようにさらりと出た人生の選択を要求する発言。ティーは一瞬目を見張ったが、しばらくして俺の考えに気付いたのか、嬉しそうに笑う。

「お父様に何を言われるかわからないですよ?」
「問題ない。向こうについて行って、何としてでも説得するさ」

 結婚の許可を得に彼女の家に付いていく。そうすれば明日以降も一緒にいられるし、何より永遠に一緒に暮らす権利すら得られる可能性がある。俺が至った考えはそういう事だ。そして、

「だったら私も一緒に頑張りますね。こういう関係になることを夢見ていたのはあなただけではないんですから」

俺の想定しない言葉を言って満足そうに微笑んだ。結局最後は俺が彼女の言葉ににやけたりデレたりするのは変わりそうにない。




 五日後。ティーとの結婚はあっさり許可が下りた。彼女の父ーー義父さん曰く。

「今回王都に行かせて何もなかったら、儂がお前にけしかけに行かねばならなくなってたわい」

 ……どうやら、俺は義父さんの思うように動いていたらしい。

▼俺は 彼女を 手に入れた!

七日目:最終日、作戦終了


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