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「#甘々」のBL小説を読む
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 今日もアルスラーン殿下と地方領主の娘ティンベル、そして俺は王宮で楽しい歓談の時間を過ごした。夕方になり、いつも通り殿下からティンベルを見送るよう頼まれ…というよりは頼んでもらった俺は、ティンベルとともに城下を歩く。

「今日も楽しかったですね」
「ティンベルがまさか家で自家菜園しているとは知らなかったぞ…」

 呆れ顔で彼女の手を見る。前々から貴族らしからぬ働き者の手だとは思っていたが、まさか本当に働いているとは思いもしなかった。

「だって植物を育てるのは楽しいですし、今日はそこで取れた野菜を使った変わり種のナンを殿下に気に入ってもらえましたから良いのです」

 プイ、とそっぽを向く彼女。しかしすぐにこちらを向いて笑みを浮かべる。かわいい。

「お買い物付き合っていただけませんか?もう今日は終わりなのでしょう?」
「ん?――あ、ああ。良いぞ」

 彼女の笑顔に心を撃ち抜かれていたら返事が微妙に遅れたが……まあティンベルが鼻歌交じりに市場へ向かっているのでセーフだろう。何にセーフかは分からんが。

「何を買うんだ?」
「晩御飯の食材を。肉と果物を使った料理を教わったので、作ってみようと」
「どっかで聞いたな…」
「なにか?」
「いや、なんでもない」

 ティンベルは最近王都で流行りのパイナップルを手に取り、これだわ、と言って店主とやり取りをしてお金を支払う。そしてパイナップルを手に入れた彼女は、次はお肉です、とダリューンの腕を掴んで引っ張っていく。今までされたことのない、彼女にしては大胆な行動に、思わず顔がにやける。

「あっちのお肉屋さん、今の時間帯に安売りをするんです」
「詳しいな」

 当然です、と人の波をかき分けつつ振り向いたティンベルが自慢げに微笑む。

「父は、私を貴族の令嬢として育て上げる以前に、普通の女の子として育ててくださいました。だからこの国にいる大半の女性たち――すなわち平民の女性が持ちうる技も与えられて当然の知識として仕込まれています」

 だから掃除、洗濯、裁縫、料理、買い物、そして畑仕事。得意分野は無いけれど、どれも普通にはできるというわけか。いつ聞いてもティンベルの家はなかなか稀有な考えのある家だ。俺の家のようにこの家といえばコレというものは無いが。もしかしたら、その考え方ゆえにパッとしないと言われる地方領主であってもパルス屈指の貴族になるのかもしれない。そして、その貴族である父親を彼女は大好きで仕方ないのだろう。顔に書いてある。

「肉は…長めに蒸すからこっちでも良いかな…」

 肉の種類を見極め、欲しい肉を売り子に告げる。値段交渉をしているのか、真剣な表情で商品とにらめっこし、指をさしたりして会話を重ねる彼女は傍目から見ればなんてことのないただの女の子だ。可愛い。その様子を見ながらふと、違和感に気付く。

――………誰かつけてるな…

 無事値段交渉に成功し、満面の笑みを浮かべる彼女。戻ってきたところで有無を言わせず、奪うように荷物を持ってやりながら、彼女に耳打ちする。

「厄介が来た」
「!……おまかせします」

 一瞬彼女の体がこわばったが、すぐに普段の笑顔を取り戻してそう言った。彼女は胆力が凄い。これも教育の賜物なのだろうか。

 さりげなく手を差し出し、ティンベルはそこに手を乗せた。自分より小さい手を包むように握ると、手を引いて歩き出す。状況が状況なだけに、この状態を喜べないのが悔しいが、それは問題が解決したら容赦なく喜ぼう。

――2人、いや3人か

 足を大通りの方へ向ける。すると一定の距離を保っていた輩は急に距離を詰め始め、彼女に人目の多いところへ行って欲しくないのがよくわかった。

「今は巻くのが手っ取り早いだろう」
「そうですね」
「少々早足になるが、ついてこれるか」
「問題ありません。遠慮なくどうぞ」

 歩くスピードを違和感のない程度に、しかし確実に上げていく。そして、一番近い人混みに突入する。

 しかし、敵を巻くために人混みに入ったのが仇となった。先ほどまでひどくなかった混雑は進むにつれてひどくなり、ついには誰かに当たられてティンベルと俺の手は離れる。

「ティンベル」
「はい!――行きますから」

 少し距離が空き、それを埋めるかのように彼女がうまく人混みをかき分けてくるのが見える。すぐに出てくるだろうと待っていたが、彼女が人に隠れた一瞬で彼女は全く見えなくなって。

「ティンベル…?」

 血の気が引き、彼女がいたあたりをかき分けて進んでいくが、彼女はいない。地面を見れば、落ちて踏まれた彼女のストールだけが残っていて、己の失策を思い知る。手に持った食材を地面に落とす。

「ティンベル!!」

 叫ぶがもう遅い。
 彼女の声は聞こえない。

 人混みを押しのけ、ダリューンは走り出した。


 ▼ティンベルが いなくなった…!!

五日目:彼女と買い物に行く


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