×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

 うーむ。眠い。
 目が覚めたら朝だった。脳内で、今日の予定を思い描き、非番であることを思い出す。殿下も今日はこっそり街に出るから会いに来なくて良いと言っていた。――そうだ、だから今日の作戦は彼女を連れて城壁を登り、夕焼けでも見せてやりたいと思っていたんだっけか。朝食を食べて稽古とシャブラングの世話を済ませたら早速――

「おはようございます!ダリューン様!」

「……………」

 はっ、いけないいけない。ティンベルの幻影が見える。どうやら連日の作戦行動で疲れたか。ううむ、鍛え方が足らないな。

「起きてください!」
「現実だと?!」

――鍛え方が足らない訳ではないのか?!

「そうですとも。私はおばけじゃありませんから。とにかく!起きてください」

 とりあえず起き上がると、ティンベルがクスクス笑う。

「今日の朝、大将軍様が、ヴァフリーズ様が私の家に来ましてね。『ちょっと早い時間から家を空けるから甥を頼む』と仰っていましたので」
「………今日は非番だ」
「ええ。ですから、少しでも楽に過ごしていただけますよう手伝いに来ました」

――グッジョブ伯父上!!!

「とりあえず朝食ですね。あ、シャブラングの手入れは私がしておきました」
「な!け、蹴られなかったのか?!」
「はい。ダリューン様がきちんとしつけていらっしゃるのだと感心しました」

 それは違う。あいつは俺がいない時、初見の相手や警戒を解いていない相手に身体を触らせたりしない。近づいたら蹴られる。なのにそれをしないということはあいつが俺の心理を見抜いたということなのか?まさか、ティンベルが余程の動物に好かれる体質という訳でもなかろうし。まあでも、その、………ああ、

「こんな嫁が欲しい……」
「なんか言いましたか?」
「いや、何も」

いけないいけない。本音がだだ漏れだった。俺は立ち上がると着替えるからとティンベルを部屋から出す。じゃあ向こうで待ってますから、と笑顔で言って背中を向けた彼女。
 マジでこんな嫁欲しいと一人で顔を覆って悶えていたのは内緒だ。


 しばらくしてティンベルがいる居間へ向かうと、彼女はちょうど紅茶を入れているところだった。

「あ、ちょうどいいタイミングに」
「すまん、何もかもしてもらって」
「いいんです。たまには自分でやらないと忘れてしまいますから」

 さ、食べましょう!とニコニコ顔で席に着く彼女。そのあとを追うように席に着き、互いに食前の祈りをすませる。

「いただきます」

 スープと炒め飯を食べ進めながら、いつもと少し違うティンベルの食事の味を実感する。特に米。俺はいつもナンだとか小麦を焼いた主食なのだが、彼女はどうやら米が主食らしい。

「ティンベルの主食は米か」
「はい。…ナンとかのほうが良かったですか?」
「いや問題ない。だが、一つの国なのにこうも違いが出るのか…と思った」

 彼女は一瞬キョトンとして、目をパチクリさせた。だがすぐに笑顔を浮かばせてそうですね、と言う。

「私の住むところの料理はよく、王都やその周辺に住む方たちとは違うものだと言われます。それは仕方ないことです。だって、言葉の訛りでさえ一つの国で多彩なのですから」
「全てを統一するなど無理な話というわけか。なるほどな。――そういえば、俺はティンベルの訛りを聞いたことないぞ」
「…それは秘密です」

 ティンベルの頬が赤く染まり、目線が食事に落ちる。どうやら聞いてはいけないことだったらしい。

「えっと…この後はどうするんだ」
「…ダリューン様はどうされますか」

 彼女にしては珍しく質問を質問で返してきた。そんなことはしない彼女なので、少々驚きながら続ける。

「俺は体を動かそうかと思っている。休みとはいえ、武芸を怠れるほど俺は強くない」
「あら、戦士の中の戦士、万騎長でいらっしゃるダリューン様が強くないだなんて」
「訂正だ。――サボったら弱くなる」
「そうでございますか。では、私は座ってできそうなことでもしています。武芸だけはどうにもできないものでしたから」

 談笑が終わるとともに朝食を食べ終える。片付けを簡単にすませるとしばらくだらだらと休憩を取る。

「…あれ?」

 ティンベルが本棚の前で立ち止まる。そして一冊の本を手に取ると、ページを繰る。

「これ、ナルサス様に貸していただいたのですか?」
「ん?――ああ、そうだ。返しそびれてずっとそのままになっている。いつか返せればいいが」

 よくわかったな、とティンベルの横に立てば、だって前にお借りしましたもの、とこちらを見ずに返事が返ってくる。

「面白い本はありませんか?と言ったらこれを差し出されまして。まさか用兵学の書物を読まされるとは思いもしませんでした。結局武芸苦手な面が発揮されて一章も読めずに返しましたけれど」

 相変わらずわかりませんね、と本とにらめっこをする彼女。こちらを相手してもらえないのがつまらなくて、ひょいと本を取り上げる。

「あ」
「つまらないもんは読まなくていいだろう」

 そう言って本を元の位置に戻す。そしてティンベルから背を向けて離れると、俺はそのまま部屋を移動し、槍を持って庭に出た。いつものように準備運動をし、体が慣れてきたので、荒い動きに徐々に変えていく。そうして無心に槍を振り続け、疲労を感じた時にはもう日が昇りきっている時間だった。

「もう昼時か。――朝が遅かったから仕方ないが」

 内心でそう呟くと、槍をいつもの場所に戻し、軽く水を浴びに向かった。そうして槍の手入れをするために戻ってきて、居間に向かうと、

――これは…

 陽光が照らす明るい室内でティンベルが机に突っ伏して眠っていた。ストールを外しているので、陽光に髪が照らされて明るい茶色にキラキラ輝いて見える。

「………朝早いから仕方ない、か」

 ずり落ちたらしいブランケットをかけ直してやり、その横顔を眺める。しばらく眺めて満足した頃には、暖かな陽光にあてられて自分も寝ていた。なので本日二回目の目覚めにティンベルがまた顔を覗き込んでいる事態が起こったのはその後の話。


▼ティンベルは 想定外の イベントを 起こした!

四日目:彼女が想定外のイベントを起こす


戻る