某日、昼下がり。
ダリューンは見た目冷静に、しかし中身は緊張の嵐で倒れそうになりながら、ある家の玄関先に立つ。目前にいる他家の使用人に声をかける。
「ティー…ティンベルはいるか」
「お嬢様ですか、少々お待ちください」
外の雑踏すら聞こえない緊張感の中、一人玄関先で待機する。しばらくしてパタパタと音がして、壁で死角になっていた場所から待ち人がやってきた。
「こんにちは、ダリューン様。お久しぶりですね」
ひょこっと現れた緑眼の娘。ストールで隠された下にある髪は茶色。ほんわかとした空気を纏う、自分が女性として意識している彼女の柔らかな笑みに、思わず顔が熱くなるのはもうどうにもならない。
「ああ。久しぶりだな、ティンベル」
「立ち話も何ですから、ぜひお入りください」
彼女に引き連れられながらティンベルの家、正確には某所領主の王都別邸に立ち入る。リビングに入れてもらい、席に着くとお茶を彼女が持ってきてくれるのをそわそわしながら待つ。
「お待たせしました」
お茶の入ったカップとお菓子の乗った皿が置かれ、彼女が目の前の席に着いた。そして、いつものようににこりと笑う。
「改めまして、お久しぶり。元気そうですね」
「久しぶりだな。五年ぶり、といったところか」
パルス有数の貴族で、上品な色合いのワンピースに身を包み、教育の賜物であろう丁寧な所作はまさにお嬢様だ。
「私がいない間のことをたくさん教えてください!」
俺は知っていることを全て彼女に話す。遠征でミスルに行った事、アルスラーン殿下がヴァフリーズから教えを受けている関係で自分も知り合いになった事など、彼女が知らない王都での時間を伝える。彼女は目をキラキラさせながら聞いてくれるので、もう爆死しそうだ。可愛すぎる。
「五年は長いです。知らない事ばかりになっている」
これもその一つね、と彼女は新作のお菓子に手をつけた。幸せ全開で喜ぶ彼女に、思わず頬が緩みそうになるのを全力でこらえる。
「そうだ。ダリューン様、私アルスラーン殿下に一度もお会いしたことが無いのです。どのようなお方ですか?」
「アルスラーン殿下か。見た目は銀髪に紺というか黒というか、そんな色の瞳を持っている。お優しくて動物にも懐かれる。アズライールとスルーシがいるだろう?彼らがべったりだ」
「まあ、それはキシュワード様より先に新年の挨拶をしそうな勢いですね」
「実際、マルヤムにおける戦いの後は真っ先に主人より殿下のところに戻ってきたらしい」
ああやっぱり。そう言って彼女はふふふっと笑った。五年前より大人びたものの、やはり笑顔は変わらない。
――かわいいなぁ…
そう思っては頭を振る。
もうこれでは、本当にただのベタ惚れっぷりを発揮するだけではないか。それだけでは彼女は陥落させられない。
だから俺は、罠をかける。
「ティンベル。良かったら、今度アルスラーン殿下にお会いしてみないか」
「え、い、いいのですか?!」
食いついた。これで彼女の滞在中、再度会える事が確定する。殿下には申し訳ないが、俺の未来がかかっている。許していただきたい。
「殿下は孤独なお方だ。少しくらい新しい知り合いができても、咎められるものではないと思う。それに、ティンベルは殿下よりかなり年上だ、きっと問題はない」
「うっ…どうせおばさんですー」
「俺から見れば年下で、可愛らしい女性なのだがな」
ふてくされた彼女に、今日一番の勇気を出して爆弾発言を投下する。これで気づいてくれれば嬉しいのだが、
「まあ、お世辞ばっかり。でもありがとうございます。では今度、殿下を紹介してくださいな」
微妙な感じだ。だが、罠には完全にかかっていただいたので、当初の目的は達成された。内心ガッツポーズをして、飛び跳ねたい気持ちを抑えながら、ニコニコ顔の彼女を見ていた。
▼ティンベルに 殿下を 紹介することに なった!