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「#甘々」のBL小説を読む
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- ナノ -

4月


旧神奈川県 横浜市某所
某文科高校敷地内


 満開の桜で桃色に染まる敷地内。なかなかに広い敷地の東側、体育館前に明澄は突っ立っていた。

「…眠い」

 彼女の格好は、真新しい制服である黒いブレザーにタイトスカート、中に白いワイシャツを着て深緑のネクタイを締めている。指定靴はブーツで、割と新しいデザインの制服だ。黒茶色の髪は両横の一房を残してシニヨンに纏めている。そんな彼女のポケットには、新入生代表の言葉と題された書類があった。
 ぼんやりと待機していると、しばらくして生徒会の腕章ー会計ーをつけた男子生徒が体育館から出てくる。そしてこちらを見て、ああ、とにこやかに笑った。

「首席入学にして総代の栗本明澄さんだね」
「……どうも。栗本明澄です」

 明澄は内心むすっとしながら返事を返す。野生的カンというか本能で、この生徒会会計は妬みを込めた発言をしたことに気づいたからだ。そんな明澄の心理を知ってか知らずか、会計の男子生徒は話を続けた。

「会長のところへ連れて行くから、ついてきて」
「はい」

 引き戸を開けて体育館の中に入る。中学校と同じか少し広いくらいの館内には新入生280人分と保護者その他のための座席が同数以上並べられ、狭いという印象を持った。

 席よりも奥に見える国旗と県の紋章的なやつが書かれた旗らしきものが垂れ下がったステージの舞台上に、手を振って嬉しそうな顔をする男子生徒がいた。生徒会の腕章が見えるので、多分、

「会長ー、連れてきましたー」
「ありがとう」

…いや、確実に生徒会長だ。
 ステージに近づいていく明澄と会計の二人の視界の中心で、彼は入学式のために設置されたであろう移動可能の階段を使って降りてくる。そして、明澄が到着すると、人懐こい笑顔で手を差し出す。

「初めまして。僕は生徒会長をやらせてもらってる石田天音だ。名前より、苗字で呼んでもらえると嬉しいな」
「こちらこそ初めまして。私は栗本明澄です」

 明澄が手を握ると彼は手を握り返してくる。そして程よい時間で互いに手を離し、説明を始めるよ、と彼がステージの方を向いた。

「嫌でもわかると思うけど、君の舞台は中央。座席は前の方ならどこでもいい。適当に座っててくれ。で、名前を呼ばれて返事をしたら、必ずこっちの階段から上がって、あっちの階段から降りること。これだけ。いける?」

 指示を聞きながら脳内でシミュレートしていた明澄は、内容を復唱して確認をとり、問題無いと言われて頷いた。

「じゃあこれで説明は終わり。もう少しで開場だから、席について待っててよ」
「はい」

 明澄は適当に前の席に座ると、藤林響子による改造済スマートフォンに手を伸ばす。パターンロック、指紋認証(5回失敗するとデータが吹っ飛ぶようになっているよ!)というガッチガチのセキュリティを解除し、メールが来ていないことを確認する。そして、攻撃しながら反撃される弾幕をひたすら避け、敵を撃破すればクリアというゲームを始める。難易度を上げたら、弾幕に隙間が無くて泣きそう。だが、最近まともに戦えるようになってきて嬉しい。
 自分に見立てた少女を操作しながら、真剣そのものの表情でスマートフォンを見つめていると、人が入ってくる気配がする。どうやら開場らしい。さすがに何事かと思われたく無いので、おとなしく花札をやり始めた。

「やった、五光に酒にタネだ」

 花札を知らない人には全く意味のわからない言葉を呟きながら、ひたすらコンピュータプレイヤーの持ち金を奪っていく。最初は自分27、敵125というひどい配分だったのが、今や自分147、敵5だ。一度に40以上持っていけばあっという間である。
 そのようにえげつないポイント強奪もついに最後、と嬉々として最終ラウンドを始めた時、開始を知らせるブザーが鳴る。そして、スマホその他携帯機器を仕舞うよう言われ、明澄は大人しくスマホをポケットにしまった。その時、ポケットに入れた原稿兼書類をグシャとやりそうになり、思わず舌打ちした。

「これより入学式を始めます」




しばらくの時間を睡魔と戦いながら過ごし、ようやく目が覚め始めそうというとき、

「新入生総代の言葉。それでは首席入学者の栗本明澄さん、お願いします」

――わざわざ言うとか何考えてんだコノヤロー!!!

 明澄は内心で憤怒した。しかしここでキレたら全てが台無しだ。努めて笑顔。スマイル。ピース。
 立ち上がり、背筋を伸ばし、完璧な体重移動をさせて進む。舞台へ上がり、真ん中にある演説の場で立ち止まると、原稿兼書類を引っ張り出して広げる。
 一息ついて落ち着きを見せ、口を開いた。

「暖かな日差しと、咲き誇る桜の花から春という季節を感じさせる今日この日、私達は◯◯文科高校に入学しました。

2.8倍という倍率の中、努力に努力をかさねて勝ち取り、夢に見た日を、憧れの制服を着て迎える事ができた事、とても嬉しく思います。また、高い能力を持つ仲間と過ごすという新たな生活に期待に胸が膨らむ思いがします」

 周りには心地よく聞こえるのだろうが、明澄にとってはただのきつい皮肉だ。努力に努力を重ねた志望校には落ち、対してあこがれもしない普通科系の制服を着て、自分が望んだ高い能力とは違う人に囲まれる生活をするのだから。しかも、どうやら余計なことばかり言いたがる人が多いらしい。非常に面倒である。しかし、ここで悲しみも面倒さも出さないのはさすがというところか。

「これからは、今までの義務教育から自由な教育と変わり、私たちが選んだ科目が学べます。今までよりも細分化された科目で、専門性を増した授業が大半です。
未知の領域に踏み込める、それは苦労や悔しさも伴うでしょう。しかし、それを乗り越えた先にあるのは大きな喜びだと、私は考えます。

私たちは、同じ入試を乗り越えた仲間です。お互いの能力や内面を理解し合い、学び、時に遊びながら、高め合っていく事が出来ればいいと、そのように私はここでの学校生活に期待します。

新入生代表 栗本明澄」

 明澄は書類をしまい、置くべきところにその書類を置く。そして前を向き、一歩下がって丁寧に礼をする。ワンテンポ遅れて拍手が飛んでくるのを気にも留めず、自分の席に戻った。

 それからすぐに入学式は終わった。

――この学校、大丈夫かなぁ…

 まあ、とりあえず仕事は果たしたと明澄は安堵のため息をつくのだった。

魔法師だけど文科高校に入学しようか!


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