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8月5日

 朝っぱらから響子の手によって叩き起こされた明澄は、宿題ーーではなく、真田と格闘していた。ゲームで。

「ああ!セルタお姉様が!」
「いやー楽しいね。ガロンドルフの裏魔神剣。君のキャラ軽いからすぐ吹っ飛ぶ」
「クッソ野郎め…」

 とあるオールスターゲームをエンジョイしていたが、敗北に終わってしまったのでディスプレイ越しに大会を観戦する。

「ねえ君はさ、生で観戦する気は無いの?」

 通信を切り、電源を落としてゲーム機をしまいながら真田は明澄を見る。目線を受けた明澄はうーん、と言いながら紅茶を啜る。

「トラブルが発生したら嫌でも行かないといけないじゃ無いですか」
「まあそうだけど」
「あときっちりした格好するとなんというかその、楽しく無い」
「我々といるときは結構そういう格好もするのに」
「不特定多数の暇人がたくさん集まるような場所でそういう格好はしたく無い」
「ふーん?」

 明澄には自覚がないようだが、彼女はあの司波深雪と並んでも遜色ないスタイルの良さがある。また、黙っていれば美人だ。そのため、彼女がきちんとした格好をすればそれなりに視線は集めるし、その視線を感じて明澄が不快に思うのも納得はいく。だが、これは響子も度々言っているがーー誇っても良いことなのにそれに彼女は一向に気づかない。

ーーまあナンバーズでもないのにあれだけ十師族に絡まされたりしてれば、いろんなことに用心はするようになるんだろうなぁ

 しかも親がいないので彼女は一人でずっとあの恐ろしい大人たちとやりあっている。それを考慮するなら、これは防衛の一つなのだろう。

「…あれ?」
「どうしたの明澄ちゃん」
「一高選手の後ろにいる七高選手がーー」

 明澄が言い切る前に事故は起きた。
 七高選手はハイスピードでコーナーに突っ込み、その先にいる一高の選手に衝突する。もつれ合うようにフェンスへと飛ばされ、一高選手は七高選手とフェンスに挟まれる形で衝突、気絶した。

「オーバースピード…これ、普通ではありえないですよね」
「そうだね。まさかこんなコントロールもできない選手が九校戦に出られるわけが無いから」
「ちょっと様子を見てきます」
「まあ待ちなよ。無理に確認を取りに行かなくても状況くらいは教えてもらえるだろうから」
「え?ーーああ、」

 ディスプレイに見慣れた友人の姿が映る。選手に応急処置を施す彼の様子を見て、困ったように笑う。

「ほんとトラブルに好かれるねぇ、達也くん」

 ため息をつき、しばらくはレースも状況も止まって暇になりそうだからと今度はPSPの電源を入れた。戻ってきた風間に宿題をやれと言われるのはその1分後。


 夜。九校戦3日目も終わり、宿題もほとんど終わり、夕食も済ませた頃に明澄のスマホが着信を知らせる。発信元は達也くん。

「もしもし」
『明澄、今時間はあるか?』
「うん。いくらバイトとしてここにきているとはいえ、臨時用の人材だから暇してる」
『そうか、なら少し時間をもらうぞ。昼間の"事故"は見たか?』
「あー見た見た。一高の人大丈夫だった?」
『大丈夫そうだ。で、その話なんだが』
「待った。今部屋にいる?」
『あ、ああ』
「私がそっちに行く。電話で話すには物騒だわ」
『すまない』

 明澄は通話を切ると部屋着から私服であるブラウスとフレアスカート、パンプス姿になると、髪を適当に梳いてから移動を開始。CAD無しで目の前が一瞬で自室から魔法科生に貸し出しているフロアの一室に変わる。

「やあ、明澄。昨日ぶりか」
「やあやあ達也くんーーあれ?」

 ディスプレイとにらめっこしていた達也がこちらを向く。そしてその側には電話で知ることのなかったもう一人の存在が。

「久しぶり!明澄!」
「深雪!うわぁ本物だ!」

 ガシッという音が聞こえてきそうな勢いで抱き合うと、再会を喜ぶ。大げさな行動をあの深雪がとるあたり、明澄の前では深雪は全く気を張ることも忘れてしまうらしい。

「元気そうね、ちゃんとご飯食べてた?」
「うん」

 キャッキャ言ってはしゃぐ2人を、達也は沈黙と呆れで見守る。しばらくしてその視線に気づいたのか、二人は離れて大人しくなった。

「んで、何があったか教えて」
「ああ」

 かくかくしかじか。
 昼間にあったことをかいつまんで説明して映像を見せる。すると短時間で明澄は一つの可能性にたどり着く。

「…電子金蚕」
「ーー何だ?」「何?」

 全く知らないのか、二人ともーー達也は雰囲気だけーー首を傾げている。明澄は頭の中に蓄えてある知識から電子金蚕について引っ張り出し、二人に端的に説明を行う。

「昔…それこそ九島閣下の時代に日本を惑わせた術式。いわば精霊を使った兵器よ。有線回線から侵入して、電気信号に干渉してそれを改竄するの。だから、機器からCADに流し込むのが手っ取り早いかな。二人とも心当たりは?」
「…お兄様、もしかして」

 ビンゴらしい。明澄が達也を見れば、彼は考え込むように腕を組んで地面を見る。

「CADの規格チェックの際、CADは一度俺たちの手を離れて大会委員に渡される。そこで機材による検査を受けて合格すれば大会で使えるようになるのだが、まさかそのタイミングか?」
「…それだと思う」

 やはり大会委員側に、と達也がつぶやく。明澄はその言葉を聞き、可能性は考えてたのかと納得しつつ、自分ができることを考える。
 しかし彼女は普通科に属する身。魔法科に干渉する立場などない。

ーーああ、そうだよ。私には何もできない。

 明澄が真っ黒な気持ちで内心埋め尽くされそうになっていると、横から柔らかい感触と暖かさがやってくる。深雪だ。

「ありがとう。さすがは明澄」
「さすおにじゃない…?!」

 常套句が出ないことに驚く。するとそんなことは知らない二人から何を言ってるんだかわからないという反応が返ってくる。

「?何を言っている。これは明澄の功績だ」
「そうよ?」
「…いや、何年もさすおにを聞いてるともうなんといいますか」
「それこそわけがわからない」

 達也と深雪が素で戸惑う中、明澄は何故だか面白くて笑う。ひとしきり笑って、はあ、と息を吐いて吸って呼吸を整える。そしてニコリと笑う。

「どういたしまして、達也くんに深雪。お役に立てたなら何よりだわ」

 達也くんが微笑みを、深雪が熱い抱擁をくれる。ああ、嬉しいなぁ。
 名残惜しいが、時計を見てもうこんな時間かとため息をつく。

「そろそろ戻ったほうがいいよな」
「うん。じゃあまたね、達也くん、深雪。ーー今度また遊ぼう!」

 手を振る二人を見ながら今度はネックレス型のCADにサイオンを流す。瞬きした次の景色はもう自分の部屋で、達也と深雪の姿はなかった。

ーー私には、私なりにやれることがきっとあるよね。幸い、私を助けてくれる大人や、目をかけてくれるお偉いさんがこの会場にはいるし

 明澄は凛とした笑みを浮かべてから満足そうにベッドに飛び込む。そして手を動かすことなく服を着替え、そのまま眠りについた。

どこにいても越えられないものはあるもので


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