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 7月31日 午後9時
 司波家

 夜の静かな時間、出立の前日ともあって慌てるかと思いきや、すでに支度を終えて寛ぎモードの深雪はのんびりとソファに腰掛けていた。

ーー明日から、か…

 早いものだ。選手として選抜されてから鍛錬を重ね、気づけば7月末。お兄様はエンジニアとして遺憾なく才幹を発揮し、私はとても嬉しいです。
 そういえば、

「明澄はどうしたかしら。去年は夏休みいっぱい住み込みで一緒に受験勉強だったけれど、それ以前は風間さんたちの駐屯先で客人としてお世話になっていたのよね…」

 今年は私もお兄様も九校戦で家を空ける。明澄なので司波家を預けるのも有りだが、間違いなくこの家をゲームと楽器で溢れさせるのは目に見えている。3月は何も無かった家が7月には楽器とゲームで埋まるとは、どういう収集力と財力だ。

ーー高校生的に桁違いの財力を持つのはお兄様も同じなのだけれど

 連絡がないということは、多分今年も駐屯先で客人滞在か"バイト"をしているのだろうと予測はするが、少し不安。電話をかけようか、と深雪が腰を上げた時、電話の着信が部屋に響く。発信者は栗本明澄。タイミングの良さに思わず笑いながら、音声のみで出る。

「もしもし」
『あ、どうも明澄ですー。深雪だよね?』
「ええ。他にいないでしょう?」
『ついに達也くんが魔法で魅惑の女声に…とか』
「それは無いわ」
『すみませんでしたごめんなさい』

 ぴしゃりと言い放てば慌てて謝罪が来る。しかしそれでさえも何故か面白おかしくて楽しい。

「ふふっ…冗談よ。お兄様ならいつか変装用にって作ってくださりそうだけど。で、今どこにいるの?」
『山梨と静岡の長期に渡る争いの元凶の山よ。あ、電話はいつものスマホからかけてる』

ーーああ、富士にいるのね…分かりづらい…

 ともかくだ。明澄がちゃんと生活していることに内心ホッとしつつ、また盗聴の危険性が少ないことを知ったので遠慮はしない。

「そう。今年は富士山の麓で"バイト"でもするの?」
『あー、うん。観光地だから期間限定、住み込みでやってる。しばらくは横浜に戻らないかな。ギターとかリコーダーとか全部横浜に置いてきたから、ちょっと暇』
「なるほどね。でもちゃんと宿題もするのよ?」
『わかってるよもう…オカンみたい』
「明澄の面倒は見たくなるのよ」

 明澄の現状報告を受け、向こうで会えることを期待しながらたわいも無い会話を続ける。観光地だからか"東洋系の外国人"の姿がちらほら見受けられること、バイトは知り合いが多いのでとても楽しいこと、日中は暑いが夜間は結構冷えることなど、様々な情報を受け取る。荷物に羽織るものを追加するのが決まった。
 深雪も、自分が練習してできるようになったこと、それを可能であればテレビ越しでもなんでもいいので是非見て欲しいこと、気になる選手の話をする。話の感触として、彼女は九校戦会場の警備で間違いなさそうだ。

『ありがと深雪。何としても見るから』
「サボりすぎて怒られないようにね」
『はーい。ねえそれ、達也くんも映るかな』
「エンジニアが映るかどうかは微妙ね」
『やっぱり画面に張り付いて映る瞬間を見逃さないようにだな…』
「もう、バイトでしょう」
『むう……』

 たわいも無い会話は終わり、互いにおやすみの挨拶をして電話を切る。どうやら、明日のために気を利かせてくれたらしい。いつもは短くても1時間と少しは話し込むのだが、今日は1時間を越していない。
 深雪は固まった体を伸ばすと、上機嫌で兄の部屋に向かう。明澄からもらった情報は兄にも共有するべき内容であり、それを深雪がそう思うのも見越して明澄は話してくれているのを知っているから。部屋に入れば、

「やけに上機嫌だな。ーー明澄と電話でもしたか?」

 わかりきっている兄の言葉に頷く。そしてもらった情報を話し、兄の活躍を明澄が期待している旨も話せば、兄は苦笑しつつ、嬉しそうに微笑む。なんでも、明澄の言葉は不思議とストレートに届くらしい。まあ当然だろう、死線をかいくぐった仲間であり、私たちの状況や魔法、十師族の状況にまで通ずる数少ない人物の1人。それに何より、彼女は優しくて、勇気と努力を兼ね備えた尊敬に値する人物だ。賢くてえげつない面もあるが、時折というかしょっちゅう抜けを発揮するが、誰よりも兄の魔法の苦痛を心配し、誰よりも努力を重ねて一つの魔法の可能性を開発し、誰よりもBS魔法師の苦悩の中で抗い続けていることを知っている。そんな彼女が信頼を向けてくれて、どうしてはねのけるだろうか。
 私だってそうだ。明澄を信頼しているし、尊敬もしている。四葉の後継候補だからといって変に何かをするわけではないし、素直に頼ってくれるところは可愛いし嬉しい。つい面倒を見たくなる。

「九校戦中に一度会えるといいな」
「そうですね、お兄様」

ーーああ、楽しみです

 深雪は満面の笑みを浮かべた。

一般人(表面のみ)と一般人(戸籍上のみ)の電話越しの会話


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