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横浜市内
旧神奈川県立某文科高校

 5限、体育の時間。
 バドミントンの授業なのだろう、体育館内にセッティングされたコートは6面。そのうちの1面に明澄の姿があった。対戦相手は隣のクラスのバドミントン部員、その試合を見るのは運動部員4人、つまり悠を含む男子4人。このグループはこの体育館にいる中でもバドミントンについては上位6名が所属するチームだったが、ほとんどが運動部であったが、ましてやほぼ男子であったが、彼女は帰宅部でそこに食い込んでいた。

「るーんるーんるー」

 明澄は上機嫌な様子でスマッシュを叩き込み、バドミントン部員はそれを打ち返そうとラケットを持つ手を伸ばした。しかし、シャトルは彼のラケットを無視して地面へと落ちる。得点は天と地の差を表していて、誰もが認める結果だった。

「はいそこまで。勝者は栗本明澄」
「ありがとうございましたー」
「ゼェ、ハア…どうも」

 審判役の生徒は見た。帰宅部の栗本明澄は疲れた様子もなく、(どうやら授業とは全く関係ない理由で)嬉々としてコートを出て行く。それとは対照的に、運動部の対戦相手は疲労困憊で(帰宅部に負けたともあって)気分は良くなさそうだ。そんなすごい光景に、さらに追加が入る。

「栗本さん…君、中学は運動部だったの?」

 対戦相手が汗を拭いながら質問を飛ばす。多分、相手が元運動部だったからという理由で納得したいらしい。だが、現実は非情である。

「いや?帰宅部だよ?」

 明澄はキラキラとした笑みで爽やかに答える。対戦相手は崩れ落ち、周囲の人間は怪物を見るような目で彼女を見た。――1人を除いて。

「明澄お疲れー」
「あざーっすはるちゃん」
「名前はやめなさい頼むから」
「っち、分かったわよ」

 呼び名に文句を言いつつ、悠は満面の笑みで戻ってきた明澄とハイタッチをする。明澄は悠の隣に座ると、置いておいたタオルと水筒に手を伸ばす。慶太は…残念ながら1ランク下のコートにいる。前回の授業で明澄と悠にボッコボコにされ、トップリーグから陥落した。

「しかし圧倒的だったなー。これから明澄とやるとか考えたくないんだけど」
「じゃあ不戦敗しなさい、斉藤くんが」
「それは運動部としてはだめだろ」
「戦略的撤退って知ってる?」
「知るか!男は逃げずに戦ってナンボだ!」

 そうだろ!と子供のようにキラキラ輝いているように見える悠を見て、明澄はジト目で呆れる。

「…これはアホではなくバカね」
「なっ!ひどいぞ明澄!」

 2人でわーきゃーしていると、周囲の目線が痛くなってきたので声のボリュームを下げる。ひそひそ声にまで音量を下げた悠が明澄にごにょごにょ問いかける。

「しっかし何でまた。今日はやけに機嫌いいじゃないか」
「うん、すごく機嫌いい」

 明澄の返答もひそひそ声だ。彼女を見れば、心なしか目が輝いている。

「何かいいことでも?」
「今日学校が終わってから、違う学校の友達と会うんだー」
「その上機嫌ぶりだと彼氏か?あ?」
「そうじゃないよー。でもとても信頼してる人」

 そう言って、明澄はにっこり笑った。

 ちなみに、試合は悠がギリギリで勝ったので戦略的撤退より男は戦ってナンボがこの場では正論になった。だが、さぞかし明澄に負けた男子は解せぬと不満であっただろう。



 授業が終わり、放課後。
 ジャージから制服に着替えた明澄は自分のスマホに着信があったことを確認し、すぐにコールバックする。折り返し先の表示名は"十文字克人"。すぐに電話は繋がり、聞き慣れた低い声がスマホから流れ出た。

『明澄か』
「こんにちは。…約束は18時だったと思うのですが」

 嫌な汗をかきながら質問すれば、相手は楽しそうに笑う。

『遅刻ではないから安心しろ。…実は、今文科高校の前にいるのだが』
「え?!………まさか、先輩制服のまま立ってます?」

 窓の外を見やると、確かに十文字先輩らしき人が見える。電話をかけていそうなので、あれは間違いない。

『さすがに着替えてきた。気が引けた』
「先輩に常識があってよかったですー。本当常識人貴重ですよー」
『お前は一体俺を何だと「金持ちで感覚がずれている人」…失礼な奴だな』
「怒らないでくださいよー。で、今いるんですね?ソッコーで行くので待っててください」
『分かった』

 明澄は電話を切ると挨拶もそこそこに教室を飛び出し、階段を駆け下りる。そして昇降口からグラウンド側の通路を走って、校外に出た。

「お待たせしましたね」

 声をかければ、いつもと同じように存在感MAXの、年齢に見合わぬ雰囲気を持つ2歳年上の友人――十文字克人が振り向く。

「構わん。想定外の動きをしたのは俺だからな」
「とりあえずどこか入りましょう。ここで長居したら完全に不審者ですから――先輩が」
「………」
「そうですねぇ…喫茶店にします?」
「そうするか」

 数分後。高校からちょっと、駅からはかなりの場所にある喫茶店で二人は腰を下ろす。洒落た雰囲気の中、明澄は紅茶、克人はコーヒーを頼んだ。

「久しぶりだな。年始以来か」
「そうですね。お元気そうで何よりです。てか、先輩やけに早くないですか?」
「高校なら家の予定があって今日は午前だけ出て早退した。その予定も早く終わったからこうしてここにいる」
「成る程」

 明澄はミルクティーに砂糖を溶かしていた手を止め、顔を上げる。結構上機嫌なため、幸せそうな雰囲気がダダ漏れだ。
 克人は呆れつつブラックコーヒーに口をつけ、話題を変えるために口を開いた。

「――で、どうだ最近は」
「いつも通り、文科高校のカリキュラム必修と選択必修は問題無し。で、自由選択の英文法に苦戦してます。英語長文読解はまだ余裕ですが」
「一般教養が余裕か…トップ校の学年首席なだけあるな」

 明澄は嬉しそうに頬を緩める。ドヤ顔だ。これを期待してあんな笑顔だったのか(そんな訳はない)。

「お褒めに預かり光栄です。まあ、普通科にいる魔法師は頭いいけど魔法力が足らなくてここにいますーって人が多いですから。私みたいなのはザラにいますよ、多分」
「知っているぞ。お前が今のところにほぼ満点で入学したのは」
「本人も知らないことをなんで知ってるんですか?」

 明澄は呆れ顔で十師族の良心、十文字家の次期当主を見やる。慣れた相手だ、容赦はしない。まあ答えは期待していないが。
 ただ、さすがは小学校以来(彼にとっては中学校以来)の付き合い、本気で聞いていないことを見抜いていらっしゃる故かさらりと流してコーヒーに口をつけやがった。仕方なく、明澄は話題を変える。

「で、先輩が早く来たのは何か目的があったからですよねー。あれですか、十師族からのおつかいですか?それとも何か文句でも?」
「まだ日常会話を楽しんでいたかったのだが」
「腹の探り合いは嫌ですよー。話が終わったら、勉強しながらでもおしゃべりしてあげますから、ほら」
「ほらってお前なぁ…」

 克人はコーヒーカップを置き、目前の少女の顔をまっすぐ見る。

「今回は十師族からだ。――明澄、お前高校を卒業したらどうする気だ。高校だけじゃない。大学を卒業し、どこへ就職し、何をしたいと考えている」
「…ははっ、確かに先輩が聞きたくないのもわかります」

だって、

「無いかもしれない未来を考えろだなんて言うんですから」
「…すまない」
「先輩は悪くありませんよ」

 目を伏せて紅茶を啜る。私が一瞬で冷やした空気を打ち破るべく、努めて明るい声を出す。

「はてさて、どうしましょうかねぇ。大学は行くつもりがあります。今の"仕事"も続けていく気がありますが」

 十師族は私が"徳守秋速"であることを知っている。また、私の魔法も。もちろん目の前の人も知っているわけだから、ふむと頷いてくれた。

「結婚は?」
「うっ…痛いところを突きますか」
「仕方ないだろうそこが一番肝要なんだからな」
「答える気無かったのになー」
「ほら、言え」

 普段だったら絶対に言わない。だが、相手は気を許したレア度Sランクの一人だ。十師族という事情も含めて。だから全部話しちゃうよ!

「いいますよーだ。今の所恋人も何もないですよちくしょう。で、詳細は言えませんが四葉――これは詳細不明の分家にというお話で、あと九島などから縁談のお話をいただいています。不思議ですねぇ、こんな小娘の何が欲しいのでしょう」
「能力が珍しいのだからなぁ」
「真面目に答えなくていいですって」

 驚かないというのはさすが十文字の次期当主。いや、それとも何も思わないだけか。そうですよね、あなただって政略結婚の可能性ありますもんね。

「で?引く手数多の栗本令嬢は一体どこに行くか決めたのか?」
「そりゃまだですよー。とにかく、十師族の皆様方には"どこかの家には嫁ぐ気が無くはない"とでもお伝えください」
「何だそれは……まあ分かった。伝えておく」

 十文字先輩が苦笑する。しかし、ちゃんと言いたいことを汲み取って十師族の人たちに伝えてくれるのだから、この人は私にとって大切な友人だ。じゃあ先輩、と明澄は持っていた鞄からテキストを数冊取り出し、笑顔で強請る。

「英文法のこの範囲と、自宅で勉強してる魔法理論のこのセクションまるっと教えてくれます?」

 十文字先輩が一瞬固まる。そして呆れ顔でいつものように、

「お前という奴は…分かった、そんな小動物のような泣きそうな顔をするな」

勉強を教えてくれるという。本当にありがたい。不規則な生活なので塾に行く時間はない。だから、困った時には本当に助かる。しかもこの人、自分であまりにもわからないときは(滅多にないが)七草先輩まで呼んでくれる。本当にありがとうございます!

「まったく、同じ学校の奴らが見たら驚くんじゃないか?学年主席が先輩に泣きついて教えを請うているって」
「いーんです。それに、ここまでして教えを請おうとする同世代の相手は先輩くらいですよ」
「………」
「では、今日もお願いします」

 先輩の顔が赤い気もするが、気にしないでおこう。

彼女の上機嫌の理由は大きなお友達(物理的)にあり


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