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「#甘々」のBL小説を読む
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 あの後、塚内さんから連絡を受けて病院へと向かった。病室の前で立ち止まり、塚内さんやグラントリノさんの声がしたことを理由に廊下で待つことを決めた。――本当は、どこか緊張していたからだけれど。

 しばらく待つこと10分。人の気配が動くのを感じ、いつの間にか地面を見ていた私は顔を上げる。扉を開けて出てきたのはやはり塚内さんとグラントリノさんで、私が会釈すると二人も軽く頭を下げてきた。そして、

「………陽鞠か」
「うん。思ったより元気そうね、俊典」

 二人が開けてくれて見えた病室の中――満身創痍、ケガをしていないところがほとんどない私の夫の姿が見えた。何度見ても、やはり彼がけがをしている姿というものは痛々しく、細い体では耐えられないように見えて不安になる。しかし、いつもより低いところから来る視線が彼のヒーローたるところが死んでいないことを物語っているのも感じ取れた。
 客人の二人はそのまま静かに立ち去り、残された私は先ほどまでの躊躇が嘘のようにあっさりと敷居をまたいだ。ベッドへ近寄り、個室なんだなやっぱり、とか、花を持ってくるべきだったわ、とかいろいろ考えてしまう点では、単に逃げられないから進んだだけで現実から離れようとしているのかもしれない。椅子の目の前まで来てしまったので、持ってきた彼の着替えの入った鞄を適当な場所において自分は椅子に座った。視線の位置がいつものように真っ向から来る。
 ああ、ちゃんと彼は私の目の前にいるのだ。
 それでも確認するかのように彼の胸元、心臓の鼓動が響く位置へと手を伸ばす。彼が私の手を握り、そのまま彼の胸元へと運ぶ。

「………」
「………」

 沈黙が病室を支配する。
 彼の手の温かさを感じながら、きちんと規則正しい拍動を刻む心臓がそこにあったことに、自分が見たものを、感じたものを信じるかのように声を出す。

「お疲れさまでした。――無事で良かった」
「ありがとう。――ちゃんと帰ってきたよ」

 ようやく、こわばった何かがほぐれる感覚がする。もう現実から離れる必要もない。ふう、と息をついて彼の胸から手を離す。そして、とりあえず忘れる前にと持ってきたものの説明をする。それが終わって、さて何から言おうと思ったところで、彼が私に言った。

「…陽鞠、知ってただろう?」
「え?」

 素で驚いて、目を見張って彼を見る。すると面白おかしいのか彼は突然くつくつ笑った。

「朝、雄英の会見の話をしてきただろ?――あれ、陽鞠には一切言ってないし、私も知らなかった」
「…あ」

 嘘。私初っ端から失態してない?まさか寝起きで夢と現実を錯乱した?あれ?
 一人羞恥に悶えながら唸っていると、大きな手が私の頭を撫でる。

「でもまあ、一番はやっぱり、今朝、もう長らく喋ってない訛りが出てたことかな」
「え、」
「出かけ際に『気ぃつけてな』って言ってたの、覚えてないのかい?」
「覚えてないよ…!」

 衝撃のままに顔を上げると、手を避けるように動かして困ったように笑う彼が見えた。
標準語にどっぷり浸かった君が訛るのは大抵、自分に抱えきれない辛さがあるときなんだぞ?そう言って彼は眉を下げた。

「本当は家に帰って聞こうと思っていたのだが…今の君の表情を見たら、夢に見たのかもしれないと思った。そうしたら、今朝の教えていない情報も、言葉の訛りも納得がいってね」

「――いつから見てた?」

 言外に「個性」というワードを読み取りながら、私は長い期間隠してきたことを、陽が上って昨日になったその日を思い返しながら、ようやっと口にした。

「………1年と、ちょっと前から」
「ーー私が、緑谷少年に個性を分け与えたあの日の夜からか…?!」

 うん、そうなの。一呼吸おいて、続ける。

「緑谷出久という後継を見つけたってはしゃいで話すのを聞いた夜から毎晩夢に見て……オールマイトと不気味な敵…オールフォーワンが戦う所。街もグシャグシャで、2人もボロボロ………最後、いつもオールマイトの真の姿で夢は終わる」

 彼の顔がこわばる。それでも、私は務めて変化を出さずに続ける。

「市民も見えたんだけど、出てくる人半袖やから夏やなって。皆雄英の文句言ってるし、相澤くんはテレビに出てるしおかしなことあったんかて感じやった。そして今朝、夢を見んかったから、ああ………ついに来た、て」

 だめ、泣かないで、
 必死に息を吸い、にじむ涙をこらえる。

「オールマイトの残り火が消える日…来てしもうたって。でもうちな、泣いて見送りとうなかった。じゃけ、いつも通りにしてたんや。いつも通り笑顔で見送って、ちゃんと、帰ってきよるの待とうって」

 ああ、失敗してもうたなぁ、うち。
 ぽろぽろと零れ、止まることを知らぬ涙は私の手や服を濡らしていく。1年以上、夢を見るたびに我慢していた涙は堰を切ったように流れて落ちて、服にシミを作っていく。
 そんな私の様子を見て何を思ったのか、彼は私の頭に手を再度乗せた。

「………そろそろ消える予感はしてたんだ。要らぬ心配をかけたくなくて言わなかった。だが、それが逆効果になってしまったね」
「…っく、う、ううっ」
「ヒーローはもう引退する。近いうちにちゃんと発表するから……その騒動が落ち着いたらさ、陽鞠、星を見に行こう。今まで出来なかったことを少しずつ、やっていこう」

 涙の零れ落ちる目で彼の顔を見る。とても穏やかな視線が、私にだけ向けられるその視線がそこにはあった。ああ、もう本当に、あの日の俊典先輩はただの俊典に戻りつつあるのだ、そう思った。

「…うん。じゃあそれをする上での約束ええか?」
「うっ……聞きます聞きますそんなさらに泣き出しそうな顔しないで」

 ちょっと表情でからかってみたが、なんだか高校生に戻ったような反応。――まるで、平和の象徴から、ただの男の人に。
 なら私も、平和の象徴の妻から、ただの私に戻って反応しよう。今なら言えそうな、あの日、無理をするなと言った私の本当の心の内を言おう。

「命をかけて綺麗事するんやのうて、大事な後継や友達、それからうちと、ちゃんと生きてな、俊典先輩」
「……!」
「ついでにもう1つ、約束したって。うちだけは、間違いなくあんたの味方や。じゃけぇ、次からはちゃんとうちに言うんやで。――どんな悲しい未来があろうとも、側におるから。ええな?俊典」
「……約束する。――必ず」

 子供のように小指を絡めあって指切りをする。視線を手元から上げると、若かりし日の彼を見た気がして思わず瞬きをすると、現在の包帯姿に戻る。――もしかして、これも個性が見せた夢なんやろか…と一瞬思ったのは内緒にしておく。
若かりし日とは違う、彼の終わりと新たな始まりを支える言葉を私は言う。

「今までお疲れ様。ほんで……これからもよろしくね」

 若かりし日とは違う、私の想いをくみ取った言葉を彼は言う。

「今までありがとう。これからも美味しいご飯を頼む」

 肩を抱き寄せられ、あの日より大分細くなってしまった身体に包まれる。

「愛しているよ、陽鞠ちゃん」
「……うちもや、俊典先輩」

 想いだけは変わらずに、新しい日々が始まった。

残り火の消えた日の翌日


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