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「#甘々」のBL小説を読む
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 夏、いつもの帰り道。自宅最寄駅かつ雄英高校のある駅で降りた私は、ジリジリ焼き付ける炎天下の中、住宅街に向けて木陰の道を歩き出す。セーラー服だったり、後ろでひとつに緩く結った三つ編みを髪紐で留めるなかなかに類を見ない髪型だったりで歩いているから確かに目立つ自覚はあったけれど、でも。

「あの日からいつも、帰り際にいるから見ていた」

 彼の冷静なようでいて奥底に熱のこもる瞳が私を映す。

「名前を、教えて欲しい」

 私は今起きている現状を予測するなどしてもいなかったのだ。



 4月。
 晴れて高校生になった私は、地元では有名な普通科の制服を着て帰り道を辿っていた。珍しい白と緑のセーラー服なため一目で学校名が割れる上、ここ近辺では雄英に次ぐ高偏差値の学校ということもあって目立つためにこれを着て歩くのはかなり気恥ずかしい。なので私は自宅に戻るため、住宅街に入ろうとしていたのだが。

「あ、」

 雄英高校の生徒とすれ違う。そしてその後に残された落し物を見つけた。慌てて落し物を拾い上げ、男物の革のパスケースであることを認識すると、踵を返してすれ違った雄英高校の生徒ーー男子生徒を追いかける。

「あの、そこの雄英の、紅白綺麗な髪色のお兄さん!」
「…あ?」

 周囲の視線が私に向き、顔に熱が集まる。しかし先を行く雄英のお兄さんーー雄英高校の制服に身を包み、髪は綺麗な紅白と縁起の良さそうな色をした彼はこちらを振り向いて首を傾げたのであなたです!と一言いえば要らぬ視線は減った。そして無事彼の前にたどり着くと綺麗なオッドアイが見えた。彼の瞳のうちの片方は私の青い瞳に似た色をしている。そんなことを認識しつつ息を整えた私は拾ったパスケースを差し出す。

「これ、お兄さんのですか?」
「…あ、俺のだ。すまない」

 いかにも男の子、という手が私の手からパスケースを受け取る。私の頬はホッとしたせいか自然と緩み、良かったね、と彼に笑顔を向けた。

「良かったです。それでは」

 私は軽く会釈をすると元来た道、つまり帰路を急ぐ。先ほどまでニコニコしていた私の顔はもう半泣きになっているだろう。それはそうだ、私の硝子の心は先ほどの視線による恥ずかしさで砕け散ったので、これ以上無駄なダメージは得たくないと、走って住宅街を駆け抜けていく。

 結局自分の心が落ち着き、満足するまで走り続けた私は気付けば自宅の前に立っていた。なんだかんだ家にいつもより早く帰れたのは少し良かったかもしれない。そんなことを考えながら息を整えて、ただいま、と家の中へ入った。

 何だかんだそれが、事の始まりだったのだ。



 それから桜が散り、若葉が萌え出る季節と移り変わっていく間、よく彼とはすれ違うことがあった。私は1人で、忙しい時期だったのでいつも急ぎ足だった。なので彼に声をかける理由も余裕もない。彼も最初こそ1人だったが日が経つにつれちらほら友達と歩いて帰っていたので声をかけられることもなく。
 そうして何もなくあの日のことは私の中で過去として消えていくはずだったーーが、現在進行形で私は彼に話しかけられ、あの日の続きが進んでいる。

「あ、えっと…」

 驚き、そして焦った私の目の前には、毎日のように見ていたからすでに見慣れた少年の姿。あの日と違うのは彼も私も半袖を着ているところだろうか、と無駄な思考に走った頭の中を切り替え、私はこの前の雄英体育祭の映像を思い出し、おぼろげな彼の名前を言ってみる。

「とどろき、しょうとくんですよね。雄英の」
「!なんで…ああ、体育祭」
「はい。ダイジェスト版でしたが拝見させていただきました。ヒーロー科の方だったんですね」

そう言うと彼は少し照れくさそうに髪を触った。が、それでは終わりになるわけもなく、言葉が返ってくる。

「お前は…すぐそばの県立高校か」
「あー…そうです。やっぱり分かりますか」

 白と緑のセーラー服なんてここら辺では私の高校ぐらいだ。同じ県に住んでいる人間なら見たら分かる。

「で、名前は」
「うっ、」
「名前」
「…何故そこまで聞きたいのですか」

 いつの間にかずいっと寄せられていた顔に気づいて後ろに仰け反る。やっとの思いで出た質問に対し、彼は何の変化もないクールな顔であっさり言ってのけた。

「一目惚れをしたのに、相手の名前を知らなかったら告白もできないだろう」

「ーーっ!!!」

 何を、何を言った?!

ーーヒトメボレ、コクハク、…告白?!
 顔が熱い。絶対これは顔が真っ赤になってるやつで。無意識のうちに両手で頬を包んだが、絶対隠しきれていない。というか、

「ひひひひ人違いでは?!」
「それはない。あの高校の制服を着て、後ろで緩い三つ編みをして、髪紐でそれを留めた珍しい格好の女子高生はお前くらいしか見たことがない」

 いつの間にか背中にあったはずのおさげが彼の手元で弄られている。黒い髪に赤くて花の形に組まれた髪紐は間違いなく私のものですわかりますわ!!
 それと、と彼は続けた。

「俺はお前をお前と呼びたくないんだ。だから、名前を教えて欲しい。だめか?」

 そんなことを言われても、困ってしまう。だって、世の中には女の子を狙う不審な奴だっているのだ。そんな人ではないと思うが、知らない人なのだ。警戒はする。だから私は、私はーー

「………保留!!」

 短時間で必死に頭を回した結果。こんなひどい答えが口から飛び出した。彼が拍子抜けといった顔になる。

「は…?」
「どんな人かも知らないのに教えたくないですから!!だから!保留!!」
「ーーっふ、くくくっ」

 私が焦りながら必死に声を発していると、いきなり目の前の彼は笑い始めた。おかしそうにお腹まで抱えて。確かに変なこと言ったけどそこまで笑わなくとも…。
 ひとしきり笑ってから、彼はメモを取り出した。そして何かをサラサラと書いて、私に渡す。受け取って中を開けば、名前とメールアドレスが書いてあった。驚きつつ顔を上げると、彼は笑っていた。

「わかった。だったら、知ってもらうところから始めたい。名前は教えてくれなくていいから、メールのやりとりくらいはしてくれないか?limeだと名前が分かって嫌だろうし」
「………わかり、ました」

 最大限の譲歩、だろう。ここまで配慮してもらったら、もう断れない。
 じゃあ、待ってる。そう言うと彼は駅に向かってスタスタと歩いて去って行った。残された私は、再度紙に視線を落とす。

 轟 焦凍

 その文字の綺麗さと、彼のクールな顔を思い返しながら、大変なことになったと私は今度は片手を頬に当てた。

貴女の名前はなんですか


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