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 とある日の夕方、陽も沈みかけている時間。王都エクバターナにて、仕事終わりのダリューンは帰り支度を済ませて自宅へ帰ろうとしていた。部屋を出て歩き、まさに門を出ようとしたところで、ダリューンは同じく門をくぐろうとする万騎長のシャプールを見つける。

「シャプール殿ではありませんか」
「おお、ダリューン殿」

 シャプールは立ち止まり、ダリューンが早足に追いつくのを待つ。

「シャプール殿も今日はもうあがりですか」
「そうだ。だから帰って酒でも飲もうと思ってな。ダリューン殿も一緒にどうだ?今日はルーナが夕食を作るらしい」
「なんと」

 ダリューンは驚きを口から洩らした。剣術に才能を見出したシャプールの妹ルーナが料理を作れるなど初耳だったから。しかも、彼女は前に料理が苦手だと公言していたはずだ。しかしそれを突っ込むわけにもいかないので、ダリューンはシャプール兄妹の忙しいことを利用させてもらう。
 
「…よろしいのですか?シャプール殿もルナティア殿もわりと忙しい身です。家族水入らずで喋りたいのでは」
「構わん。どうだ?都合が悪ければ後日でいいが」
「…特に予定はありませんし行きます」
「そうか!」

 シャプールはやけに嬉しそうに言うと、ほら行くぞとダリューンを捕まえて屋敷へと歩き始めた。



 そう時間もかからず、王都の中央にあるシャプール邸に到着する。シャプールとお揃いの三つ編みが揺れる背中に、シャプールは声をかけた。

「ルーナ、帰った」
「あ、おかえりなさい兄様――え、嘘、は?!ダリューン様?!」

 シャプールが声をかけた相手――妹のルーナことルナティアは動揺して木皿を落としそうになる。かろうじて落とすことはなかったが、黒髪の短い前髪を揺らして、同じく黒い瞳は兄の隣に立つ人物を映す。

「こんばんは、ルナティア殿。今日はごちそうになる」
「ああえっとこんばんはダリューン様。――兄様!お客が来るだなんて聞いてません!」
「ついさっき誘った」
「ああもう…そんなことだと思いましたよ」

 とりあえずどうぞ、とルナティアがダリューンを席へ連れていく。ダリューンは彼女についていき、案内された場所に座る。ダリューンと向き合うようにルナティアが座り、その間にシャプールが座る。葡萄酒を注ぎ終わってから、食前のあいさつや祈りを捧げ、それから杯を掲げた。

「「「乾杯!」」」

 葡萄酒を飲み始めると、シャプールとダリューンがたわいもない会話を始める。ルナティアはそれを微笑ましく見ながら、ふと昔を思い出した。


 彼に初めて会ったのは数年前、王宮の訓練場だった。
 当時すでに万騎長だった兄様を相手に剣術の試合をしていた時だった。私は飛び跳ねるようにちょこまかと動き、スピード重視の戦闘法で削りに行くスタイル。女性特有のしなやかさと早いスピードを武器に兄様を今日こそ打倒してやる…と思っていたがやはり負けた。内心へこたれていた時に、一人の男性から声を掛けられた。

「おい、お前…」
「ん?ああ、ヴァフリーズ老の甥御さん」

 相手を見てびっくりした。若くして武術の才能を遺憾なく発揮し、最年少での万騎長就任がささやかれるダリューン様だった。驚いて固くなりつつもきちんと頭を下げる。

「素晴らしい腕前だな。膂力もなかなかだしスピードも速い」
「それはありがとうございます」
「ぜひ手合せしたい。名前は?ああ、あと顔を見せてくれると助かる」
「おっと、失礼しました」
 
 私はヘルメット型の防具を取った。三つ編みされた長い黒髪がぱさりと出てきて、同じく黒い瞳でダリューン様を見る。

「私はルナティア。万騎長シャプールの妹です」
 
 ダリューンは不恰好にも口を開けたまま固まった。私は不思議そうに固まっているダリューンを見ていたが、心配になって肩をゆする。

「大丈夫ですか?ダリューン様」


「…お前、女だったのか」

 今度は私が固まる。そしてしばらくしてから震える声で言った。

「…いや、胸がありますからわかりますよねそれくらい」
「………」

 返す言葉がなかったらしい、目の前の黒衣の騎士は目をそらして沈黙する。私はひきつった笑みを見せ、右腕を引いた。そして、

「くたばれ!」

細い腕から放たれた衝撃で、ダリューン様は吹っ飛ぶ羽目になった。



 あの時は悪いことをしたものだ、と思いながら料理を口に運ぶ。すると口の中に肉のうまみと野菜のうまみが広がる。おいしいなーなんて思っていたら、ダリューン様から呟くような声が聞こえた。

「…美味い」

――やったー!!!!
 
 私は内心ガッツポーズをした。あの後、ダリューン様に何としても女性らしいところを見せつけたくて、ずっと練習してきたかいがあった。そしてあわよくば私の料理の腕でダリューン様の胃袋をつかめれば完璧なんじゃないかと思っている。
 ええそうですとも、私なんだかんだダリューン様が好きです。武術の腕前もさながら、脳筋じゃないところもとても好きです。何より、あの強い意志を持った目がどストライク。もうたまらないです。
 そんなことを考えていたからだろうか。

「毎日仕事の後に練習して、いつかうまく作れるようになったら――」
「ちょっ、何言ってんのよ!」

 ばこん。

 反射で兄様を殴ってしまった。昔ダリューン様に喰らわせた一撃よりは軽いように見えたが、それでも酔った兄様を撃沈させるだけの威力があったらしい。兄様が地面に突っ伏す。

「シャプール殿!」
「あ、やっちゃった…」

 私が呆然としている間に、ダリューン様は兄様を仰向けに寝かせ、とりあえず異常がなさそうなのでと、そのまま起きるまで動かさないようにした。その間に復活した私は水で濡らしたタオルを持ってきて、殴られた跡の残る頬を冷やすように置いた。
 
「ごめんなさい兄様。ありがとうございます、ダリューン様」
「いや、礼には及ばんよ。それより…いつかうまく作れるようになったらどうするつもりだったんだ?」
「え?あ…いや、それはー…そのー、ね、うん」

 私は目を泳がせる。それ聞いちゃうの?しかしダリューン様は楽しそうに私を見ながらじっと待っている。これ確信犯なんじゃあなかろうか。
 結局私は折れた。恥ずかしいが、言ってしまう。

「……ダリューン様に食べてほしかったんです」
「…それは、」
「だからあなた好みの味付けになるように頑張って練習して、最近やっとうまく作れるようになったから、その…近いうちにお弁当でも渡してみようかと」

 もう!見ないでください!と言いながら真っ赤になった顔を伏せて手で覆う。ああもう恥ずかしい。

 俯いたルナティアには見えなかったが、この時ダリューンは思わずにやけて、緩みまくった口元を手で隠す羽目になった。

 しばらくして落ち着いたとき、ダリューン様は俯いたままの私の頭へ手を置き、優しく頭を撫でる。そして優しい声でこう言ってくれた。

「とりあえず、明日から頼む」
「うえ、でも、まだその…」
「俺が食べたい」

「わ、わかりました」

 私がその晩、喜びで眠れなかったのは言うまでもない。



 翌日から、連日のように二人が一緒に昼食をとる姿が目撃された。しばらくもしないうちにダリューンはルナティアの料理で胃袋をつかまれ、次第に彼らは恋仲となった。
 ルナティアの目論見は見事達成されたというわけである。

 

胃袋を掴め


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