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 月日は流れる。二、三、五、七、九、十二の隊長が、隊によっては副隊長も居なくなったのでてんやわんやしたり、剣八が十代目から十一代目に代替わりしたり、いろいろあった。

「みんないないんだもんなァ…」

 喜多は一人、いつぞやのお店で兄が食べていたひつまぶしを食す。やっぱり肝焼きの方が好きだが、たまには悪くない。

 …兄とひよ里さんがいなくなって、十二番隊では揉めに揉めまくった結果、二人の位置は暫く空席になることになった。早めに決めたいとは聞いたが、残った面子で十二番隊だけでなく技術開発局をも統率できる人材がほぼいないのだ。正確には、蛆虫の巣出身のマユリさんに隊長職を渡すか否かで揉めている。局長だけなら…という意見もあるようだが、そうするとややこしいことになる。何だかんだスペック高いお兄ちゃんですら兼職していたお陰でスムーズだったところをわざわざ分割だなんて考えられないよねェ。うん。
 
 そんなことを考えながらひつまぶしを完食し、外へ出ると声をかけられる。

「おや、浦原六席」
「藍染ふ…藍染隊長」

 声の主は数日前から隊長羽織を纏い始めた男だった。

「隊長への昇進、おめでとうございます」
「ありがとう。平子隊長に敵うか分からないけれど、僕なりにやっていくつもりだよ」

 男の発言が心にグサリと痛みを伴って刺さる。隠密機動育成出身の経験をフル稼働して感情も何もかもシャットアウト。表情こそ変えなかったが、それでもバレなかった自信はない。

「何か、大変なことはないかい?お兄さんの件があるから、風当たりが強いこともあるだろう」
「いえ、兄が問題児であることを知ってる皆さんは、むしろ同情的ですね」
「はは…君も、なかなか振り回されていたね」
「昔からです」

 視界に差し込まれる金糸の幻影。私は同じような話題でシンジさんと会話した。あの時はとても気分が良かったけど。

「何かあったら、五番隊においで」
「ありがとうございます。ですが、私の居場所は四番隊ですので」

 そう言えば、彼は笑って背を向けた。

 私は笑えない。

「………」

 去っていく背中の漢数字は同じなのに、とてもつまらない会話だった。



 それでも、仕事はあるのだ。進まねばならない。

「呼ばれてきました、四番隊の浦原です」

 藍染との会話の後、喜多は十二番隊の隊舎へと出頭していた。

「よく来たじゃないか、浦原喜多」

 何やら手元で実験を行いながらも歓迎の言葉を告げたのは、十二番隊隊長になる予定の男、涅マユリ。性格と経歴に難ありのマユリさんは、阿近くんに命じて白衣を渡してくる。

「技局の白衣?着ていいんですか?」
「四番隊の白衣は実験には適さないからネ」
「おっしゃる通りですね、お借りしまーす」

 白衣を着たのを見て、マユリさんはニヤリと不気味な笑みを浮かべる。

「さて、浦原六席にはこれから実験の終了を宣言するまで、ずっとここで実験装置として働いてもらうヨ」
「…?」

 首を傾げる。何を言っているのか分からない、と阿近くんを見れば、彼は面倒くさそうに説明を追加した。

「四番隊…卯ノ花隊長には、実験のために浦原六席を借り受けるって連絡済みだ」
「はあ………え、今日だけだよね?」
「いや、緊急時以外は実験終了まで全日」
「ん???????」

 実験終了までって言ったか?と先ほどまでの会話内容を反復する。――――聞き間違えではなさそうだ。

「それでは、これより浦原喜多の体質を生かした鬼道の作成における最終段階、人体実験を開始するヨ」

 酷い宣言を聞いた。そしてその通り、私の四六時中モルモットタイムが始まった。



 その頃、由布子は隊首室へ呼び出され、卯ノ花の言葉に動きを止めていた。

「…私を、十一番隊に」
「そのような話が出ています。事務処理が常に遅れていて隊の運営が危ういので、副隊長を二人置きたいのだそうです」

 驚きで時間が止まった由布子に、卯ノ花は湯飲みを差し出す。普段なら礼を言うのだが、それどころではない由布子はすっかり忘れて微動だにしない。

「あなたは元々、『死なないために』四番隊に入隊したはずです。自分の傷を癒し、倒れることの無いように。…その目的はすでに果たされたのでは?」
「……でも、四番隊は楽しいです」
「刀を振るう場所がないのに?」
「………」

 卯ノ花は自分の湯飲みに口をつけ、黙りこんでしまった部下への言葉を暫し考える。

「あなたは、闘いの中で輝きを得る。その特性を四番隊で生かせる瞬間はほとんど無い。それに、ここにいてもこれ以上強くならないことはお分かりでしょう」

 卯ノ花は思う。

 目前の部下は、四番隊で一番鍛練場に足を運び、部下に稽古をつけるふりをしてはっ倒す瞬間に目を輝かせるとんでもない女だ。彼女のお陰で隊全体の戦闘力は上がったが、四番隊にいて、戦闘力に相当な伸びを見せたのは彼女だけ。

 …正直、戦闘力としては目を見張るものがある。

 ただ、疑問もある。杜屋由布子という女は、それほど闘いに魅入られているのに何故、四番隊にいることに固執するのか。

 それは多分、浦原喜多がいるからだ。杜屋由布子という女は、浦原の側にいることで人間味を僅かに取り戻すのだ。浦原の明るさと優しさが、杜屋の凍りついた何かを溶かすのだろう。色の無い深紫の瞳を煌めかせるのが闘いなら、この人形めいた面持ちを緩ませるのは浦原だ。

 そうならば、それこそ。

「十一番隊に行きなさい。そして、強くなりなさい。…浦原は強い。故に浦原を心配するなら、あなたが強くならねばいけませんよ」

 雪解けは始まった。そろそろ自分に力をつけていかなければ、自分の非力で希望を失うことになる。それは避けるべきだろう。

「昇格試験を受けたいと思います」

 彼女のいつになく輝く真剣な面持ちに、卯ノ花は微笑んだ。



 
 それから一月後、由布子は副官章を身に着け、新たな職場で声を張る。

「二人目の十一番隊副隊長に就任しました、杜屋由布子です。よろしくお願いします」

 ガラの悪い男たちの注目を浴びる中、臆することなく頭を下げた。さらりと滑り落ちる髪はいつぞやに貰った髪留めで一つに束ねられて纏まっている。顔を上げれば、さっそく荒々しい霊圧が周囲を吹き荒れ、由布子は自分の霊圧を押し広げて対抗しつつ、自分の心を落ち着かせる。幸い、四番隊初日の時のような怯えではなく、強者を目の前にした高揚感が勝った。

「オメェ、強いんだってな?!」
「だったらどうなさいますか?」
「自分の目で確かめるよなァ?」

 すらりと抜かれる刀。

「………本当に、脳筋部隊ですね」

 こちらも刀を抜き、鞘を置く。久方振りの戦闘に浮き立つこの情動は、間違いなく四番隊では味わえぬものだ。

「俺は更木剣八だ!行くぜ!」

「咲いて、『薄紅葵』」

 足元に薄紅葵が咲き誇る。

「私は鬼道系斬魄刀です。――――ひ弱だと笑いますか?」
「そいつはやってみてからだ!」

 軽い打ち合いという名の真剣勝負が始まった。霊圧と膂力にモノを言わせた隊長と、技術と能力に賭ける私。得意なことが違う相手、格上の相手、心を躍らせるには十分である。

 故に、力加減はいらないだろう。

「君臨者よ」

 由布子を中心に、薄紅葵の花びらが舞い上がる。

「血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ」

 突き出された荒々しい刃をさらりと避け、数歩下がって体勢を整え直したら『薄紅葵』の切っ先を相手へ向ける。

「焦熱と争乱 海隔て逆巻き南へと歩を進めよ――――破道の三十一 赤火砲」

 霊圧を持っていかれる。しかし、その代償に見合う攻撃が、『薄紅葵』の切っ先と、右に浮いていた花弁の一枚から発せられる。

「どうなってやがる」

――――すごい、

 二方向からの赤火砲を見事避けたり凌ぎ切ったりで処理して見せた自分の隊長に、顔が緩むのを感じた。

「私の斬魄刀の咲かせる花には、私の言葉を乗せられるんです。…疲れますけどね」

 ざわめく周囲を差し置いて、隊長が突っ込んでくるのを『薄紅葵』の壁で邪魔をする。花弁に包まれて鈍った一瞬のスキに背後へと回り込み、首元へ刀を薙いだが。

「気配は分かるぜ」

 見事に捉えられ、弾き返されついでに蹴り飛ばされる。

 …当たりが良すぎて、そこから先の記憶はない。なので、

「やるじゃねえか。――――寝かせておけ!起きたら続行だ!」

もうやめてくれ、斑目くんと綾瀬川くんが必死に止める羽目になったらしいと後から聞いて、私は笑ってしまった。

 卯ノ花隊長の言うとおりだ。

 私は、強くならないと。




失ったもの、まだあるもの