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 世界中で地震があったその日の夜、夢を見た。

 それは長い夢だった。
 中学に通って、高校に通って、大学に通って、スパイをして、マフィアになり、親友を裏切って、世界の命運をかけた戦いに勝利した夢もとい、未来の僕が経験したことの記憶。
 腑に落ちたことは現時点でかなりある。特に、何故バズーカを見知らぬ人に撃つ羽目になったのかについては理解できた。将来ミュージシャンになれないことが分かってしまったことにはヘコんだけれど、別の分野で得意なことがあると分かったり、未来の友人と連絡を取れるようになったり、良いこともある。――――ただ。

『ずっと一緒に過ごしてきた。

 しかし、これからも一緒にいられる保証はない。

 だから僕は、すべてが終わったら、ちゃんと彼女に話そうと思う』

「"彼女"…?誰のことだ…?」

 そこだけが、何日考えてもどうしても理解できない。未来の僕は、かなり強くその思いを持っていたようで、現在の僕もかなり印象に残っている。それにもかかわらず、貰った記憶の中に該当しそうな女性はいない。

「そういえば、脅し文句の中に僕の好きな人の話があったような…」

 部屋に隠してある、先日受け取った未来の僕からの指令書を取り出す。誰の名前が書いてあったか思い出せないが、確かに僕はそれをばらされてはたまらないと、バズーカを撃ったのだ。しかし、どんなに指令書を読み返しても、その内容は全く出てこない。『入江正一の好きな女子は――――』という文面だった気がしたが、それすらない。

「何だ?」

 考えてみても分からないものは分からない。真剣に考えすぎたのか、頭痛がし始めたのでそこまでで切り上げた。

 未来の僕は、誰に、何を伝えたかったのだろう。



 数日後の夕方。学校は何も違和感なく終了した。何かが変わったことも無い、普通の一日だった。帰ろうと廊下を歩いていた時、ふと立ち止まる。

――――イヤホンを拾ったんだっけか。

 フラッシュのように意識へ差し込まれる記憶。確か、未来の僕は少し前にここでイヤホンを拾ったのだ。拾って、そのまま持ち主に返した。教室だっただろうか。

「……僕はそんなことをしていない」

 そうだ。記憶が正しいならば、もうとっくにその行動はしている。なのに自分は記憶と同じ行動はしていない。そのような出来事が無かった。
 えもいわれぬ気持ち悪さを抱えながら教室へ戻ってみる。閉じた引き戸を開けても、外の光が差し込み明るい教室はがらんとして、人の気配は全くなかった。差し込む光はまだ傾ききっておらず、夕日というよりはまだ昼に近い明るさだ。

 記憶が混濁しているのだろうか。未来の僕は良くも悪くもかなり疲れていたし、10年前の記憶に美化されたものが入っていたとしてもおかしくない。また、未来の記憶を貰った時に現在の記憶と混ざることだってあるかもしれない。

 だが、本当にこれはそのようなものなのか?

 おかしいと直感が叫ぶ。もっと必死に記憶を探れと何かが急き立てる感覚が身体を駆け巡る。

 思い出せ。僕は、持ち主にイヤホンを返した。その後、何があった?

 喋っていた。何について?――――分からない。

 そもそも、僕がイヤホンを拾う前に、何かあった気がする。

『ふふ、そうかも』

 陽が傾ぐ教室で、今までに見たことのない喜びを湛える笑顔。

『ごめんなさい、私が長々と語ってしまったから』

 セミロングの髪。

『好きなものについて話したいのは誰だって同じ。…えっと、ごめんなさい、お名前を聞いてもいいかしら』

 中学2年生にも関わらず真新しいセーラー服。

『Grazie ――――ありがとう。…とても、探していたから』

 そうだ、この時初めて、彼女は僕の目の前で笑ったんだっけか。

『宮間柚乃です。どうぞよろしく』

 イヤホンを拾う前に転入してきた、イタリア人の女の子。しかし、今ここに彼女はいない。いないことが普通になっている。誰も彼女を知らない。それを異変ととらえない。未来の僕は彼女を知っているのに、今の僕は彼女を知らない。――――血の気が引く。

「宮間さんがいない」

 そう口にしてもなお、彼女の記憶は揺らぐ。必死に考え続けなければ、するりとすり抜けて消えてしまいそうだった。




明滅する記憶