【忘れないで、私のこと】
そう言って、あの底抜けの幸福をたたえる笑顔で彼女は消えていってしまった。こちらの伸ばした手に反応することも、こちらが叫んだことに返事をすることもなく。
いつまでも無条件で一緒にいられるわけではないことくらい、流石に理解していた。ただ、僕が常に努力をしなくとも、彼女はだいたい隣にいたのだ。
『これから』そうではなくなる、だからちゃんと伝えよう――――そう思って覚悟を決めたのは使命のすべてが終わる前日。綱吉くんたちをちゃんと過去に帰せる、その見込みが完全なものになってから、僕はようやく彼女に対してあらゆることを考えて決めたはずだったのに、至るまでが遅すぎた。
頭が焼けるように痛い。彼女の声が、彼女の名前が、彼女の姿が、彼女の笑顔が。彼女を形作る何もかもが記憶から抜けていく。
――――嫌だ、僕は、僕、は………
あまりにも激しい頭痛に目を瞑る。しばらく苦しんだ後、ハッとして目を開けた。
「………?」
突如収まった頭痛と、何もない研究室跡を眺め、
「………あ、片付け」
『本来するべきこと』を思い出して、その作業に取りかかる。
やっと、全てが終わった。
僕の過ちも、白蘭サンと彼の為した悪事も、マーレリングもなくなった生き残りの世界で、僕は平和を噛み締めた。