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 大学に進学した。日本の大学で、社会学を学んでいる。
 当たり前の話ではあるが、高校の寮を追い出されたので、部屋を借りて一人暮らしを始めた。学校と自宅の行き来で暮らしているのは相変わらずだ。バイトは塾で事務員をしている。テストシーズンや用事があるときなど融通が利きやすいので、在学中は手放す気など毛頭ない。卒業まで居座ってやる予定である。

 今日はCDショップにB+PのCDを買いに来た。ついでに他のアーティストのものもいろいろ買って行くつもりだ。

 そういえば、入江君とは去年の文化祭以来あまり会っていない。というのも、私がイタリア語を教えるのをやめたから。
 あれ以来、入江君の周りに一人の女の子の影が見えるようになった。イタリア語講座は教師の私と生徒の入江君二人ぼっちだし、私も入江君に直接授業の分からないところを聞いていたので、こう、なんというか、もしかしたら彼女かもしれない、もしくは彼女になるかもしれないその女の子に遠慮した。もとい、背後から刺されたくないので逃げ出した。
 幸い、入江君に教えることはもうほとんど無かったし、逃げ出した私を追いかけてくることもなかったから、彼の優しい部分に甘えて私は彼に近づくのをやめた。それ以来、彼が何をしているのかはロボットの世界大会に出たことしか知らない。

 卒業式の時、あの女の子が一人で泣いているのを見た以外は、本当に何も知らない。

 まあそんなことはいいのだ。欲しいCDをレジに差し出す。すでに合計金額は計算済みだったので、さくっとお金を取り出してトレーへ載せる。あとはおつりと商品を貰って退散、

「宮間さん…?!」

 え?

「宮間さん!久しぶり!Come stai?」
「――――Che diavolo...」

 なんてことなの。

 見覚えのある眼鏡、くせ毛。CD販売員のエプロンを付けた店員はまさしく、入江君だった。

「もうすぐ仕事上がるから、ちょっと待っててくれないかな?話がしたいんだ」

 私はCDショップから退散できなかった。


 近所の公園に場所を移す。そこへ移動するまでの間、私は彼の後ろをとぼとぼついていく。身長が伸びたらしい、記憶にある位置よりも高いところに頭がある。なんだか、昔よりがっしりした感じがする。

「ここでいいかな?」
「問題ないわ」

 私が現実逃避をしている間に、公園のベンチへ案内される。私が先に座り、彼が隣に座った。

「久しぶり、宮間さん」
「えっと、うん。久しぶり」
「私服で会うのは初めてだね」

 そうだったか?そうだったな…言われれば初めてのことを指摘され、私は入江君の服装を見る。バンドTシャツに、羽織物のワイシャツ。ジーンズが似合うのか。至って普通の男の子って感じだ。
 …男の子なんだな、と感傷に浸ってしまったのは内緒だ。

「ごめん、予定あったかな?それとも、僕が嫌?」
「えっ、あ!ごめん!何でもないの!予定は何もないし、入江君のことが嫌いなわけでもないから!」

 単に入江君のなつかしさに浸ってただけ、と言いそうになってそこだけは飲み込んだ。恥ずかしすぎるだろう、そんなことを言ったら。
 ドキドキしながら入江君の顔を見ると、入江君は、

「あ〜〜〜〜〜」

呻くように声をあげながら両手で顔を隠す。

「入江君?」
「大丈夫、大丈夫」

 入江君が眼鏡を外し、目元をこする。

「嫌われたのかと思ってたんだ」

 眼鏡をかけなおして、正面を向いた。私も正面を向く。 

「だって、突然逃げ出したかのようにぱったりだったじゃないか」
「………」
「訳は分からなかったけれど、無理に追いかけても宮間さんが苦しいだけだって思ったから、何もしなかった」

 ……本当に、彼は優しい。

「ごめんね」
「謝る必要はないよ。……卒業の時に、なんとなく理由は分かった気がしたけど、確証がなかった」
「……あの子、は?」
「多分、宮間さんが思った通りだと思う。僕は同じ気持ちにはなれなかった」

 そう、と聞いている反応だけを伝える。
 私には何と言っていいか分からなかった。おそらく、言う資格もないだろう。

「でも、嫌われてないんだってわかって安心した。アメリカに行く前に解決できてよかった」
「?」
「進学先、アメリカなんだ」
「てっきり、イタリアに行くかと」
「………考えたけれど、諸般の事情で、ね」

 入江君の顔が陰る。――――そういえば、私は、"見た"のではなかったか?

 唐突に背筋に嫌な汗が伝う。確か私は、これを、入江君の旅立ちを見て、嫌な予感が一杯したのだ。なぜ?何かある?彼の何かを変えてしまう出来事が、彼の旅立つ先にあるというのか。
 でも、何もわからない。私には見せてくれなかったから。

「入江君」

 わからないからこそ、中途半端な私が言えることはこれだけ。

【楽しいことも、苦しいこともたくさんあると思う。でも、あなたなら大丈夫。――――運命は、受け入れるものよ。受け入れて、その先にある幸せを掴むの】
「………」
【だから、何があっても、それがたとえ受け入れ難くとも、最後まであきらめないでね】

 これ、中学生の時にたった一人で日本に移住した元イタリア人の言葉だからね?と最後は茶化すように言ってみる。母直伝の笑顔を浮かべる。
 彼は驚いたように私を見ていた。そして、同じように笑う。

「頑張るよ。約束する」





 後日、私は空港にいた。

 伸びた髪をハーフアップにして、知っている通りの服装をして。

 私が知っているということで何かが変わることのないように。もう、遅いのかもしれないけれど。

 そうして、彼を見送った。 




臆病者の指切り