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 稼げた時間というものは、本当に少ない。格上が相手なのだ、当たり前だ――――そう思っても、もう少し余裕があったっていい、などというのは欲が深すぎるのだろうか。

 少し前に山本さん、スパナ等がボンゴレアジトへ出発した。本陣の戦闘力が下がったことになるのだが、それを敵が見逃すはずは無く、ユニがすでに侵入していたトリカブトに連れていかれた。
 ボンゴレたちが攻撃の爆風で吹き飛ばされる。彼らは非戦闘員を庇うのに必死だ。かく言う私も重傷人の入江君へ被さるようにして彼を庇う。必死にリングのマモンチェーンを外して炎を灯せば、炎の波が瓦礫を弾いた。非戦闘員のくせにリングを持っていてよかった瞬間かもしれない。
 なお顔をあげてみれば、敵は私の方を見向きもしなかったので、おそらく彼らも余裕を失いつつある――――だからといって、こんな仕打ちは止めていただきたい、などというのはさすがにご都合主義が過ぎるだろうか。

「死んじゃえ!」

 嫌な予感を察知して入江君の前に立つのと、かわいい声で物騒な内容を叫ぶ女の子、ブルーベルから、雨属性の攻撃が放たれるのは同時だった。

「入江君!宮間さん!」

 誰かの叫びを聞きながら、壊れた不動産屋を視界に収め、思いのままに炎を灯らせた。


「――――っ、」

 景色は凍る。
 前面へとドーム状に展開した氷の壁は、狭くも分厚く構築したおかげで攻撃から私と入江君を守り通した。

 つめたい、さむい、……

 吐く息は白く、身体は動かない。よく見れば、冷気が立ち上っている。
 戦闘エリアは上空に移ったらしい。ボンゴレが空を舞って戦っているようだ。詳細は、もう聞き取れない。私が、ぼんやりしてきているから。

 じわじわと冷えが伝わる。体の芯まで凍りそうな感覚は、意識すらも引きずり込もうとする。思考が鈍っていく。
 頬を涙が伝う。滑り落ちる端から焼けるような痛みを感じる。

 …ねむい、………さみしい…、ひとりは、いやだなあ…

 ぐい、とハンカチが頬に押し付けられる。零れる端から涙が拭われる。
 ゆっくり視線をあげていくと、入江君が見えた。

「宮間さん、焦っては駄目だ」

 彼は真剣な面持ちをしていた。ふらつきながらも、こちらを真っすぐ見ている。自分だって痛くて、というか重傷なのだから余裕なんて全くない…はず。

「ゆっくり、ゆっくり解いていこう。大丈夫」

 立つ余力があることが不思議な状態だ。なのに、私に声をかけ、私の遅すぎる解除ペースに付き合い、加減を失敗してひび割れた頬にハンカチを当ててくれる。
 上空から聞こえる音は激しい。何ができるわけでもないのに焦る私に、気に留める必要はないと諭す。

「危ない力だ、とても不安定だし、宮間さんにもダメージが入る。でも、この透き通った力は、とても美しい」

 入江君はどこまでも穏やかに言った。私を焦らせるまいと、急かすまいと配慮した結果なのだろう。 それからしばらくして、ようやく常温へと戻った私は、もう大丈夫だ、と頬の傷を押さえてくれていた入江君の手に自分の手を重ねる。 

「ありがとう、入江君」
「いやいや。お礼を言うのは僕の方だよ」

 ハンカチを受け取る。ここで自分の状況に気が付いて、一気に顔に熱が集まる。うわ、なんだこれ、恥ずかしい。照れ隠しに視線をそらしつつ、言うべきことを言う。

「助けてくれてありがとう」
「僕の方こそありがと、っ痛」
「あ!」

 体勢を崩した入江君を支えようとして、力不足で一緒に地面へ落ちるように座り込む。何とか彼を元の位置に寝かせ、傷が再度開きかけていることを確認して、応急処置ではあるが凍らせて傷口を塞ぐ。じわじわと溶ける氷をひたすら維持し、ようやく周囲を確認する。

「………」

 ユニはいつどこから来たのか分からないがγさんに守られ、トリカブトはボンゴレにより撃破された。敵たちは撤退、収穫は無し――――しかし、ボンゴレファミリーは怪我人多数、かなりダメージを負ってしまっている。太猿さん、野猿さんも来ていたらしい。

 状況は、悪化する一方だった。





 夜、並盛町の森の中に私たちはいた。あの人には悪いが、不動産屋が焼けてなくなったので逃げ込んだ。意外にも居心地は良い。
 野営の準備、怪我人の手当などが一通り済み、皆が一息つくひととき。私は、長年の礼を伝えたくて"彼ら"に声をかける。

「ブラックスペルのお三方、改めまして…ユノと申します。どうぞ、よろしくお願いします」

 頭を下げる。私にはすっかり日本式の挨拶が染みついてしまっていて、クッションを敷いて座るのも崩してこそいるが正座だ。10年の日本生活はイタリアの様式を忘れさせるには十分な時間だった。
 驚いた表情をしてこちらを見るが、γさんは以前お話をしたからか、復帰が早い。

「お前…確か、宮間とかいう、ホワイトの事務員」
「ユニが、妹がずっとお世話になって…みなさん、ありがとうございます」
「妹…つーことは姉か。道理でそっくりなわけだ…」

 こりゃあまいった、とγさんから手を差し出されたので、握手に応える。

「ユノ…様?」「お嬢?」
「呼び捨てで構いませんよ。私はジッリョネロとは縁なく生きてきましたので」

 戸惑う太猿さんと野猿さんに笑顔で応対すれば、そっくりだと返される。目の下の痣は無いが、同じ母親に育てられたのだから当然である。当然だと言わせてほしい。
 宮間、とラルさんに呼ばれる。振り向けば、彼女はユニから水を受け取ったところだった。

「ルーチェは…先を見通す不思議な力をもっていた。お前たちにもあるのか?」

 視線が刺さる。入江君だ。どういうことだ、という顔をしている。ああ、彼に対しては秘密ばかりだ。
 ユニがこちらを見る。私は口を開く。

「一応可能ではありますが、先代たちやユニの様に能動的ではありません。眠ったときに見る夢のようなものです」
「私は、かつてはありました…でも近頃は弱まっています」

 視線を下げる。チェーンを巻いたリングに、撫でるように触れた。それはとても冷たい。ユニが私たちの力について語っている。

 妹には時間がない。

 すべての終わりと共に、あの子はいなくなってしまう。

――――不甲斐ない姉を、どうか許して。

 全ての会話を終えて解散した後、私たちは二人、10年ぶりに隣り合って眠った。




 朝、全てが終わった砂塵舞う場所。白蘭が消え、γが消え、ユニが消えた。意味はあったのかというボンゴレの叫びに対し、呆然と、ただ終わりを眺める静かな時間に、突如おしゃぶりが大空の炎を灯して浮かび、こちらへ飛んできて胸元に収まる。いままでずっとそこには無かったものの重みがズシリと伝わる。ユニの言っていたアルコバレーノ誕生時の記憶も受け継ぐ。全てを受け止め切ったとき、ユニの温かい炎を身体が駆け巡った。いつもより力があるような気がするのは、おしゃぶりと二人分の炎があるからだろうか。

「お前…」
「四代目です」

 リボーンさんの声に顔をあげ、復活したアルコバレーノ達を眺める。

「お待ちしていました、皆さん」
「おう、ユニから聞いてるぜ――――ユノ」

 全てが終わりを迎えるためのパーツが揃う。
 入江君が物言いたげな顔をしているが、私は笑顔を向けて、それを言わせなかった。

 もう、私が何も言えなかった。



血と肉と骨でつくった運命