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 メローネ基地が吹っ飛んでから九日後。

「拠点ユニットの足は――――」
「いや装甲の重さがあるからここはこう―――」

 私は入江君とスパナ君のお弁当等飲食物を持って、並盛某所の開発拠点にいた。
 数日前、装置を隠すことに成功したので、彼らは本格的に拠点ユニットの作成を開始した。そして、それから毎日、あーだこーだと意見を戦わせながら手元で機械が組みあがっていく。モニタの先ではジャンニーニさんもいて、なんというか、戦場である。

「あいつら飽きねーな」
「まあ、準備期間とは技術屋の戦争期間でもありますから」

 先日初めてお会いした実体のリボーンさん、今は立体映像の彼と一緒に、彼らの戦いを眺めながらお茶を飲む。日本茶は美味しい。

「悪いな。事務仕事が少なくて」
「いえ、このような状況ですし、私はもともと敵方の人間です。こんな短期間で多くの仕事を任せるには不安が大きいでしょうから」

 ひさびさにゆっくり出来て、楽しいんです。リボーンさんにそう言いながら、暇な三時間で牛乳を煮詰めて作った蘇を口に運ぶ。ほのかな甘みは非常に美味であるが、水分を吸い取られるのが欠点である。またお茶を飲んだ。

「柚乃、親族にアルコバレーノはいるか?」
「――――は?」

 湯飲みを落としそうになる。何を藪から棒に。
 冗談かと彼を見れば、彼は至って真剣だった。

「いるだろう」
「なぜ?」
「お前、痣こそ無いが、顔がルーチェにそっくりだ。それに壊れた腕時計、非トゥリニセッテ対策だろう。まだ、そんなに過敏に反応するような体質ではないようだが、それがないと体調良くないみてーだな」
「………」

 何も言えなくなり、沈黙する。
 どうしたものだろうか。いや、まあ、トゥリニセッテの人柱にバレない保証はなかったから、言ったっていいのかもしれないが。でも、そうか…おばあさまにそっくりときたか…。

「どうして、そうお思いに?」
「この先にある運命を受け入れて、ただそれに向かっている――――諦めではなく、それが希望だと言わんばかりに」
「……おばあさまも、そうだったのでしょうか」
「さあな」

 入江君たちを見る。彼らは輝いている。来たる当日を最高のコンディションで迎えるために、その先にある未来のために、彼らは全力を尽くしている。その姿は美しい。

「その様子だとアルコバレーノはユニのはずだが…」
「大丈夫。近い将来わかります」
「……そうか」

 話は終わりだ、と私は立ち上がる。手を叩いて、機械ばかり見てこちらに振り向きもしない彼らの視線をこちらに向ける。

「はい!二人ともご飯食べる!エネルギーもなしに働き続けることなんかできないのよ!」
「「いただきます」」 

 やってることが母親じみてきたが、私は決してそうではない。 


 夜、入江君たちがボンゴレアジトに帰ってきた。私はと言うと、彼らに昼食を食べさせて先に戻ってきた。リボーンさんの言う通り、表にいて体調がそこまで良いわけではないし、それに。

「おかえりなさい。二人とも、お疲れ様です」

 笑顔で迎えてあげたかった。ただの自己満足だが、私はこれがしたかった。いいか、やってることが母親じみてきたが、私は決してそうではない。

「た…ただいま!」
「ん。…ウチはもう寝ていいか、正一」
「あー、いいよ!お疲れ様!」

 スパナ君は自室へと戻ってしまった。まあ、あれだけ眠そうな顔をしていれば当たり前だろう。入江君も、正直とても眠そうである。

「入江君も眠そうね」
「宮間さんは?」
「私は、この十日間ほぼ何もしてないから元気だよ」
「………なら少し、話がしたい」
「先に寝たほうがいいんじゃない?」
「話しておきたい」

 手首を掴まれる。余裕がないのだろう、少し力が強い。目線を手首から、そっと上へ上げて彼の目があるあたりを見る。目の下のクマは深く、肌が少し荒れている。しかし、瞳はどこまでも穏やかで、焦りや不安で気を張り通した状態ではないとみえる。

「……わかった。お茶持ってくるね、部屋に書類とCDしかないでしょう?」
「う…おっしゃる通りです…」
「紅茶でもいい?今日の気分!」
「任せるよ」

 彼が私の手首を離す。自由になった私は、アジトに割り当てられた自室へといったん戻り、ポットに茶を淹れる準備を始める。

『話がしたい』

 何の話だろう。まさか、昼間の話を聞いていたのだろうか。――――あんなに議論に熱中しておいて?無理だろう、無理だ、無理に決まっている。

 湯が沸いた。茶葉の支度をして、食器とお湯と茶葉を持って入江君の部屋へ向かう。

 ノックをして扉を開ける。

「お待たせ」
「あ…うん」

 入江君の言うように彼の正面に座り、目前のテーブルにお茶を準備する。部屋の整理整頓がなってないのは目をつむる。今までが忙しすぎたのだ、しょうがない。

「さ、どうぞ」
「いただきます。――――おいしい」
「良かった」

 とりあえず、カップを片手に一服する。このまま目的を忘れて喋るだけ喋って解散すればいいと思う。いや、目的知らないけど、でも、ちょっと昼間の話題は君には勘弁してほしいんだ。口が裂けてもそんなことは言えないのだが。

 ドキドキする私の目前に入江君が小箱を置いた。

「これを渡しておきたかったんだ」

 開けてみてよ、と言われたので、カップを手放してその小箱を開封する。中から出てきたのは、透明な石が台座にはめ込まれたシンプルなラペルピン。まさか、と思って波動を流し込んでみるが、特に反応はない。しかし、どうにも力を感じる気がしたので、今度はリングをはめて、同じようにやってみた。すると、冷たく白い炎が揺らめきだす。

「これは…氷河属性?」
「氷河属性の石ではないんだ。リングの炎を増幅させる特殊な石で、まだ研究段階だったんだけど…」

 氷河属性も対応していてよかったよ、と入江君が微笑む。

「明日、果たして君が兵士になるかは分からないけれど、リング保持者としてカウントされてしまった時、何も武装がないだろう?匣もなければ対応する武器もない。だからせめて、炎の威力だけでも上げることが出来たらって思って、研究室に残っていた資料をひっくり返して作ったんだ」
「ああ…非戦闘員なのに」
「ちょっとそこは予測がつかなくて…でも、戦えないもんなあ」

 本当よ、と少し膨れると、何が面白いのか彼はくつくつ笑う。
 一方、私はそれどころではない。

「もう!それよりも入江君はどうするのよ!リングはないけど、炎を灯せる人間なのよ?これで晴属性の戦闘員とカウントされてみなさいな、私以上に危ないじゃない」
「うっ…それなんだよな」

 おなか痛い…と入江君がテーブルに突っ伏す。考えてはいたけれど、という雰囲気だ。

「だったらなんとか交渉なさい、『リングを持っていないから非戦闘員にしてくれ』って」
「うん…頑張るよ…」

 もう、と私が紅茶をまた飲んでいる間に、入江君から寝息が聞こえるようになる。……本当に、私にモノだけ渡して寝てしまった。目的は果たしたということか。

 突っ伏した彼を動かせるほどの力は私にない。ならば、彼の背中に掛け布団をかけてやるくらいが限界か。
 布団を彼の背中にかけてやり、空調を少しぬるめに調整する。カップ類を片して、もう帰るだけになった私は、今度は彼の左隣にぺたりと座った。疲れ切った顔が良く見える。

 眼鏡は外してあげたほうがいいのだろうか。外せば起きてしまいそうだが、外さないとフレームが歪んでしまいそう。

 しばらく悩んで、結局何もしなかった。床に転がる書類やらCDやらを適当に片付け、私がいたという証拠を全て手に持って、静かに部屋を出た。



 誰もいない自室で、もらったラペルピンを眺める。シンプルだけど、彼の優しさが詰まったもの。

「ごめんなさい」

 彼は、私を生き延びさせるために、わざわざ時間を費やしてこれを作ってくれた。なのに、私は、未来ではなく終わりを見ている。

 涙がポロポロと零れて落ちる。何度拭っても止まらない。

 私は、この10年が楽しすぎてしまった。
 後悔をしないよう準備しているうちに、大切なものもひともできてしまって、なくしたくないという感情が育ちすぎてしまって。

「――――っ、どうして…」

 折り合いをつけたのに、これではまるで、何も納得できずに駄々をこねているみたいではないか。
 大人になっただろう、と自分を諫めても、流れるものは止まることを知らない。ひたすら、それこそ渡日前の私のように、ポロポロと零れては服に染みて消えていく。

 ああ、ずっとずっと分かっていたのに。





泣いたところで何も見えない