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「さあて柚乃チャン、特訓といこう」

 大学を卒業して社会人になった。そのフレッシュ新人が何故。

「マモンチェーンを外して…そうそう、で、炎灯してみて」

 イタリアのマフィア所有のビルの中、トレーニングルームでこんな冷たい炎を指に灯しているのだろうか。
 ああ、指先が冷たい。ピキピキと音を立てているのは幻、幻覚だと思っていたい。

「匣が無いのが残念だよな〜…出力上げてみようか」

 実験動物よろしくな私にそう指示を出すのは白蘭。先日から私の職場のボス、つまり雇用主になった。私に白い制服を着せることを決め、短いボトムスは嫌だという希望を聞き入れ、何故かひざ丈のタイトスカートを支給してくれた。まあ、短いよりはいい。

 指示通り出力を上げる。右腕が冷たい。
 もっと、と言われるのでさらに上げる。何だか寒い。
 限界まで上げた時、風景が変わる。

 トレーニングルームの一面、壁も天井も含め、すべてが真っ白になる。
 冷気を立ち上らせ、小さい氷の粒が舞っては輝き、視線を地面へ向ければ、透き通った氷が立っていた。
 風景を一変させる力、それは確かに強かだ。だが。

「…これは危ないね」

 とっさの判断で防御したらしい、大空の炎を指に燻らせる白蘭は、それを解くことなく続ける。

「出力が上がるとキミの体温も下がる。死にはしないけど、身体が凍っていくから、油断すると身体が砕ける。死ぬ気の炎は生命エネルギーではあるけれど、柚乃チャンの場合は本当に生命直結型なわけだ」

 言葉の通りだった。寒い。身体が動かない。無理に動かそうなら、ひび割れるような、それをもっとひどくした痛みがする。実際、指先に割れた跡があり、おそらく体温が元に戻れば血が噴き出す。

 ゆっくり、体温を元に戻す。その間、白蘭は何も言わなかった。
 足の感覚を取り戻す。震えるような寒さが遠くなっていく。指先から血が滲む。吐く息は白から透明に戻り、一面の氷はサラサラと消えてなくなった。
 ふう、と息をつくと膝の力が抜けて頽れる。

「精製度Aの指輪を使いこなすレベルの逸材だけど、匣も無いし、何より命の危険が高すぎるから、柚乃チャンは非戦闘員にするしかない…か」
「他に使用できる人はいないのですか?無理に私にしなくても」
「いないんだよ。7属性のうち君が1つ扱える以外に適性者はいない。だからこの世でたった1人のウルトラレアなんだ」

 正チャン呼んでこようか。そう言って踵を返した白蘭は、現時点の私に対する興味を失ったらしい。私は静かに詰めていた息を吐いた。



 別室へ移動すると、呼び出されていたのか入江君が待機していた。彼はこちらに気付くなり、椅子を倒して立ち上がる。

「宮間、さん…?!何でここに?!」
「就職した」
「なっ――――白蘭サン!どういうことですか?!」
「前から興味があったんだよね、正チャンの幼馴染」

 白蘭はテーブルに置いていた様々な色のゼラニウムに触れる。入江君が嫌そうな顔になった。…花言葉、後で調べておこうか。

「しかも事務仕事の能力が高い。頭脳派を語るホワイトスペルでもトップに食い込むレベルだよ」
「そりゃあ宮間さんは優秀ですよ…!」

 あら、そんな風に思ってくれるのか。それはとても嬉しい。

「そんな感じだからさ、柚乃チャンは正チャンの傍付けにするよ。非戦闘員。君にも見せた通り、リング保持者だ。あ、これ極秘事項ね。属性は特に」
「……はい」
「さ、入江君。私は非戦闘員ですが、事務作業には自信がありますよ。働かせてくださいな」

 私はもう白蘭とこれ以上一緒にいたくない。言外に告げれば、入江君は静かに頷いた。



 入江君に連れられ、施設内を歩いていく。暫くして彼が立ち止まり、セキュリティ認証を行って部屋に立ち入る。部屋の中は書類とPCと音楽CDでごちゃごちゃになっていて、一発で彼の執務室だと分かった。

 彼は私に応接セットのソファに座るように言った。私はただ頷いて従う。

「宮間さん、」
「何?」

 リングに炎を灯し、匣を開匣している。彼の手にとられたのは晴ゴテだった。…よく見れば彼の属性は晴で、リングはマーレリングだった。アメリカにいる間に、何があったんだろう。

「ごめん」

 彼はこちらを見ない。ただ、私の手を取って、ひび割れた肌を焼いた。熱い、かゆい、なんだこれ…。

「あなたのせいではないわ。――――結局のところ、私は自分でここに来たのだから。逃げ出さない選択をしたのは私。だから、入江君は何も悪くないの」

 あの日、空港で別れた後、何かがあったのだ。何かがあって、マフィアに就職している。マーレリング保持者だなんて、どうしてこんなことに。――――そもそも、マーレリングは、こんなものだろうか。おしゃぶりの気配は色濃い。ボンゴレリングは見たこと無いが、白蘭のマーレリングは気配が濃かったのに、入江君のリングは気配が薄い…いや、ちょっと質が違う気がするのだ。

「…でも、また一緒にいられるのは嬉しいわね」

 考えていることは言わないが、本心は言ってみた。そうすれば、彼は一瞬苦しそうに表情を歪めて、しかし、それでも笑った。

「そう言ってくれると助かる。僕も、宮間さんと一緒にいるのは楽しいから、嬉しい」

 そう、そうか。ならば。

「仕事をしましょう。――――お役に立つわよ?」

 私も笑った。とりあえず、この整理整頓がなっていない部屋の掃除から始めようか。



ふたりの幕間はおわり