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 俺が彼女の前に立った時、

「…………!!」

 彼女は見たこともないくらいの驚き顔をした。逆にこっちが驚くわ、とか、そんな顔すんなよ、とかいろいろ頭の中をグルグルしたが、俺は目的を果たすために適切な言葉を紡いだ…つもりだった。

「……あのさ、…空も綺麗だし、散歩でも行かね?」

 何だこれ。あまりにもたどたどしい誘い言葉に、彼女は涙を一滴、目の端からこぼした。遅れて頷いたので、ついて来いと言わんばかりに背を向けて歩き始める。なかなかついてこないことに気づいて後ろを向き、来いよ、と口をパクパクさせれば、ハッとしたように彼女はパタパタと追いついてきた。

「いつもの高台でいいか?」
「…他に、ないなら」
「んじゃ、決まりだな」

 いつだって手を繋いで歩いた散歩コースを、今日は手も距離もいつもより離れて進む。彼女がついてきているのは気配でわかるから、俺は振り向くことも、彼女を視野に入れることもなく無言で歩き続ける。その心中は穏やかではなくて、何を言おう、どうやったら穏便に済むか、いろいろな思いや言葉が渦巻いている。そうこうしているうちに目的地ーー城壁の上に到着し、俺と彼女は城下を見下ろすように立った。

「今日も、賑やかだな」
「……うん」
「風もいつも通り、強い」
「…うん」
「………なあ」

 彼女の方を向く。彼女は西日に照らされ、いつもより暖かな色合いに見える。しかし目は後悔や悲しみ、辛さ、寂しさを映し出していて、冷たい。俺は彼女に泣いてほしくないがゆえに微笑む。

「生きてればそりゃいろんなことがある。だからそう落ち込むなよ、いつまでも泣いてたら不細工が今以上に不細工になるぞ」
「……だったら、何故、」
「お前を庇ったのかって?」

 瞳が揺れる。もともと喜怒哀楽を表現するのは苦手な娘で、周囲に感情を理解されがたいイサラだが、瞳は素直に彼女の感情を映し出す。特に、俺は彼女の目を読み解くのが得意だった。彼女の喜びも、彼女の苦しみも、彼女の怒りも、そして彼女の悲しみも、すべてを感じ取りながら彼女の傍に立ち続けてきた。時には手を差し伸べ、またある時には見守った。伝わらないときは伝え方を教えたりもした。その伝え方を必死に使って、殿下やその側近たちに自分の考えや感情を伝えて、初めて彼らに伝わった時のあの喜び様よ。

 俺に思いを伝えてくれたこともあった。それが嬉しくて抱きしめてやった時の体の柔らかさも、彼女の香りもついでに思い出す。瞳一つで、こんなにも記憶が引きずり出される。それくらい、俺と彼女は一緒にいたのだ。だからこそ、

「護りたかったからに決まってんだろ」

 確かに主君はアルスラーン殿下で、忠誠を誓った相手だ。だが、俺の心は彼女のもので、その心が危機に陥った彼女を救いたいと願えば、その通りに体が動くのは当然のことだろう。

「……っ!」

 彼女の瞳が納得いかない、と悔し気になる。

「目で言おうったって伝わらねぇぞ、忘れたのかよ」
「……っ私、私は………あなたを、護りたかったのに」
「…!」
「いつもいつも…あなたはなんだって分かってくれた、手助けしてくれた、ちゃんと理解してくれた…そんなあなたが、私は、とても、大好きだった。言葉を知らなくて、喋ることができないでいた私に、毎日こっそりパルス語を教えてくれて、私に思いを伝える方法を仕込んでくれた」

 せき込むように呼吸をして、彼女は続ける。

「そんなあなたが危険に陥ったと知って、助けに行きたかった。なのに、逆にこっちも危なくなって、ああもうダメだって思ったときになぜかあなたは私の盾になっていた。――あの時、私が何かできていたら、あなたは死ななかったのに、私は……ずっとこれからも、私のつたない言葉や私のしょうもない感情を理解してほしかった、抱きしめてほしかった…!」

 涙が零れ落ち、彼女は限界を迎えたのか荒い息を整えるべく呼吸をし始めて沈黙する。俺はというと、初めて聞いた彼女の長いフレーズに驚愕したし、なにより拙い発音でもはっきり思いを伝えてきたのはあの日以来だった。喋るのが苦手で喋りたがらず、俺と一緒にいるときも目やジェスチャーで伝えたがった彼女にしては大進歩だ。ああ、俺は、

「俺はお前に何も残せなかったと思ったけど、ちゃんと残ったみたいだな」
「…?」
「パルス語。――うまくなったな」

 ブワッ。
 彼女の涙腺が決壊する。先程までとは比にならない量の涙をポロポロとこぼし、袖で目をこすり始める。ああやめろよ、傷になる。そう思って手を伸ばすが、彼女は泣き止まない上に袖で目を拭うのをやめない。

――ああ、俺は、もう。

 改めて実感して、覚悟を決めた。言いたいことを全てぶちまける。

「あのな、俺はもうここで立ち止まって、お前の前からいなくなるから。だから、ちゃんとお前は生きて行けよ。そんで、殿下たちと一緒に前を向いて進んで行けよ」

 きっともう、最後なのだ。だから、最後くらい、ちゃんと。

「そしていつかはさ、…こんなこと言いたか無いが、俺よりもっとイイ男見つけて幸せになれ。お婆さんになるまで俺のところに来るなよ。何なら二度とこなくても許すから、だから、」

 透ける右手を、せめて見た目だけでも、実体のある彼女の頬に触れているかのように持ち上げる。片手で拭ってやった涙は、俺の手をすり抜けて地面へと落ちる。

「生きてくれよ。俺の分までとか考えずに、お前の人生を全うしてくれ。ーーなに、俺仕込みのパルス語だ。ちゃんと喋れているんだし、これで生きていける」

 彼女を抱きしめる。実体がもうないから、彼女はそうされていることも気付かない。だが、一瞬、いつものように硬直した彼女の反応にどこか気づいてくれていたら、という希望を抱きながら、俺は別れを告げる。

「今までありがとう」

 身体を離して、夕日に溶けるかのように消えゆく自分の姿を見る。そんな時、彼女が顔を上げて、泣きはらした瞳で、それでも彼女なりの綺麗な笑みを見せて、俺はドキリとする。

「――あいしています、ギーヴ…!」

 あの日の言葉。死んでも忘れない、だから。

「俺もだよ。――愛している」

 一人残す彼女が、残りの時を幸せに生きてくれますように。



旅の楽士だった者から愛する人へ


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