☆甘木 梓甫(あまき しほ)
所属:一年十組⇒二年十組⇒三年?
基本お人好しの観察眼に優れる人格者。ただ、それだけのはずだった。
★異常「自己中目録」(マイリスト)
自分が認めた人の異常・過負荷・スキルしか自分に適用されなくなる。また、気に入った人の中でも異常等が影響しないよう切り替えもできる。つまり、都合のいいように状況を整えることができる異常。
都合のいいように状況を整えられるということは都合よく寄ってくる人もいるということであり、自分にとって都合のいい状況は周囲から孤立する可能性もあるということからまさに表裏一体。
発動は気づくまでは無意識になされていたが、気づいてからは意図的に調整できるようになった。サイコロは二個ずつ同じ目を出す。
メガネをかけ、セミロングの髪をシュシュで纏めている、一見冷めた雰囲気の何ともない女の子。頭はそれなり、と本人は言うが上から数えて最速にいる。近眼のため、メガネを外すとただの挙動不審になる。
宗像はジュウサンと関わるきっかけを与えた人間。
高千穂とはおしゃべりが楽しい。
真黒からは普通でいて異常と渡り合えることから興味を持たれる。
日之影には学園生活を守ってもらっていたことにとても感謝しているほか、受験勉強仲間。
屋久島は水泳の師匠。
めだかは気にかける後輩、友人の妹。気に入られた後輩でもある。
善吉は応援したい後輩。
もがなは愛でる対象。かわいい。
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(偶然は運命であるわけがない)
中産階級、平凡な両親、何事もない周辺環境。普通な家庭で生まれ育った私は普通だった。
ただ学校の成績がよかっただけで、推薦入試に受かっただけで、私は特別普通科に入学した。十組になった私の学校生活はエリートに組み込まれた以外は普通で、いい時も悪い時もあるが致命的なことは何らない、平和な日常。だから、その日も何事もなく終わると思った。
たまたまなのか、運命なのか。工事中の時計台へ新しくできた友人達に連れられて近づいた一年生の冬。私は人生最大のピンチを、普通なら味わうことの無いであろう瞬間を味わうことになった。
頭上に広がるのは鉄骨の空。それも統率がとれたものではなく散乱していて、重力に引かれるがままに落下してくる。どうやら、工事のために組まれていた足場が崩れたらしい。
詰んだ、と思った。鉄骨も積まれるけど、何より私の人生が詰んだ、と思った。友人たちは早々に走って逃げ始めたらしいが、私の足はすくんで動かない。ただ目が落ちてくる鉄骨をとらえ、耳が友人の叫びをとらえるだけだった。ああ、もう終わりなのだと、心の中の私が呟いた。
しかし、この事件の二年後の生徒会長 黒神めだかの言葉を借りて言うならば、「人生は劇的」であったらしい。
私のそばを冷たく鋭い空気――――多分、これが殺気というのだ――――が駆け抜ける。そう感じた時には鉄骨の視界に青い髪と同じ箱庭学園の制服が見えた。そして制服から判断するならば男子といえるであろうその生徒は、どこからか日本刀を取り出して、それを振った。
劇的で、不思議な景色だった。彼の剣は鉄を簡単に斬り分けた。それだけではない。斬ると同時に落下点が私にも彼にもならないように調節してみせた。そして、私の目の追い付かぬうちに日本刀をどこかへ収納してみせた。鉄骨の空は彼をよけるかのように広がって、私の周りに落ちていく。彼は何事もなかったかのように、空から地面へ降り立ってみせた。
『――――すごい、』
腰が抜けて、ぺたりとコンクリートに座り込んだ私はたった一言、それだけしか言えなかった。
自分にはできないことを彼はたやすくやってのける。自分にはない力を彼は持っている。自分では生み出せない光景を彼は作ることができる。
暗器を突き出されても、私はただ魔法のように出せるその技術と、それを可能にする彼の能力に惹かれた。私は自分が持たないすごい力を持った彼に一目で心を、思考を奪われたらしい。もう、先ほどの殺気は微塵も感じなかった。ただ感嘆して、称賛して、憧憬する。そんな気持ちだけだった。
だが、それは私だけだったらしい。友人たちは彼を危険だと、私の手をとって脱兎のごとく走りだす。流れゆく視界を目に映しながら、私は後ろを振り返る。たった一人、鉄骨の残骸の輪の中で立つ彼は、ただ私を見ていた。
校門を飛び出し、友人たちは彼が追ってこないことを理由に安心したらしい。帰路の途中に、彼が大量殺人犯らしいということ、誰相手でも殺すために暗器を向けてくること、近づいたら殺されてしまうことを口々に言った。
私は何も答えられなかった。友人が私を心配して言ってくれた事実は、否定するには先ほど目にした光景に当てはまりすぎたからだった。
素直に頷いた私に満足したのか、それとも先ほどの恐怖ゆえか、その日はそれで解散となった。しばらく後、私もおとなしく自宅へたどり着いた。しかし、あれだけの衝撃を受けた後だ。着替えても晩御飯を食べても、入浴しても、自習しても、私の心も思考も浮ついたままで、疲労を感じて布団に潜っても、時計台での出来事を思い出していた。その過去の視界をとらえた記憶を何度もなんども反芻し、ふと気づく。
『お礼を…言い損ねてしまった…』
あれだけの危険から助けてもらったのに、私は普通にお礼も言えずに過ごしている。罪悪感を感じるのも無理はないだろう。しかし、相手は大量殺人犯だ。友人には近づくなと釘を刺された。でも私はお礼を一言、会ってちゃんと言いたい。
『宗像形という男の子に、私を助けてくれたお礼を言いたい』
新しく得た私の願いは、ささやかだが特別秘密なものとなった。
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(見えるものは見たいもの)
密かな願いを抱えてから、私は動き始めた。友人達の会話の合間に巷で流れる噂に耳をそばだて、昼休みや放課後は時々彼女らから離れて一人で彼を探した。私の手元にある情報は乏しくて、とはいえ先生や友人以下知人たちに彼のことを聞くのはきっとダメなのだと直感した以上、誰かに対し口に出せることではなかった。
だが、歩き回っていれば見えるものも聞こえるものも増える。そうして知り得た情報に賭けて、私は人気のないフロアへ向かう。
一年十三組、特別特別科――――普通でない中でもとびきりの、まさに異常と判断された人達の集うクラス。その扉を容赦なく開けると、私は教室内を一通り見渡す。黒板には自習の文字。普通なら欠席者を書くであろう場所には出席者の名前が書かれていて、ただ一人の名前が書かれていた。
「失礼します。――――あ、そこのお兄さん」
真ん中の席に陣取るやたらガタイのいい強そうなお兄さん――――同い年なのだがそんな雰囲気だ――――に声をかけると、彼は信じられないと言わんばかりにこちらをまじまじと見てきた。
「…お前、俺が見えるのか」
いったい何を言っているんだ。あなたしかこの教室にいないんだから、あなた以外誰を見るというのだ。――――なんだよ、変な目で私を見ないでほしい。そんなことよりも自己紹介して名前を聞いて、それから私の知りたいことに答えてほしい。
「私、一年十組の甘木梓甫と言います。あなたのお名前をお聞きしても?」
「…一年十三組、日之影空洞。スペシャルが一体ここに何の用だ」
「宗像形という男の子を知りませんか?このクラスだと聞きました」
私の回答に彼は眉をしかめた。怒らせたかな、と思ったがそうではないらしい。彼の口から出た内容は忠告だったからだ。
「やめとけ。近づくだけで命がないぞ。それに、ジュウサンには登校義務がない。ここで会える可能性はかなり低いと思った方がいいぞ」
「え…そんなあ」
そんなあ、と言いつつも私はどこか納得していた。あんな、人の危機を救えるほどの技量と人の命を容易に刈り取れそうな殺気はどう考えても異常なのだから、毎日登校させれば死人が出そうだ。
とりあえず、と割り切って考えることにした。そんなことは考えればわかることなのだから、気にしていても始まらない。
「甘木、この学校でのクラス分けの意味は知っているな?」
考えていた私に対し何か思うところがあったのか、それともただの親切か、彼は私に説明をくれるらしかった。
「一から九組までが特別のつかない普通科・芸術科・体育科、十から十二組が特別のつく普通科・芸術科・体育科、十三組が特別特別科。十より上の組は特待入学」
正解だ。穏やかな声が昼休みにもかかわらず静かな教室に響く。一問一答形式なのはそれが合理的だと判断したのかもしれない。確かに、私にはとてもいい。こうして疑問が生まれたとき、簡潔に説明してくれる人を私はとても信用できると思う。ただの持論だが。
「クラスの意味は知ってるか。なら、この学校の人間の区分は知っているか?」
「え、何それ…差別主義なの?」
「そういうわけではない。普通は普通、特別はエリート、特別な特別は異常で区分される。お前はエリート、俺は異常だ」
「どうして?日之影くん、やたらガタイがいい以外は異常ではないと思うのだけど。――――あ、そこ?」
もしかして己のガタイの良さを気にしているのだろうか…だとしたら相当悪いことを言ってしまった、と不安そうに見上げるとそうじゃないとあきれ顔をする彼が見えた。結構表情豊かな人だ。
「違う。…なら、明日の昼か放課後に時間があればここに来てみるといい。俺に気づけたら、お前の疑問に答える」
「わかった。明日ね。多分放課後になると思う。今日、昼休みここに来るために、同じクラスの人たちとのごはんすっぽかしたから」
「そうか………甘木、」
何?と言おうとしたところでチャイムが鳴る。待て、これは、もしかして。
「今のが授業再開5分前のチャイムだ」
「帰る!弁当食べる!」
「頑張れ。廊下は走るなよ」
「無理難題課すねえ?!――――とにかくまた明日!」
もちろん全力疾走で教室へ帰った。
友人たちに昼休みどこにいたのかと聞かれたが、それはうまくごまかしておいたつもりだ。
翌日、放課後。私は十三組へ向かった。お気に入りの臙脂色のリュックサックには教科書、ノート、筆記用具、電子辞書、そしていくらかのお菓子。日之影くんと食べようと思って持ってきた。チョコレート(ビター)、グミ、アメ、きなこ棒、蒲焼様太郎エトセトラ。彼が食べられるものがこの中にあればいいな、と思う。
「こんにちはー。日之影くん、蒲焼様太郎食べられる?アメちゃんは?きなこ棒もあるんだけど」
引き戸を開けながら黒板の文字を見る。今日も自習か、うらやましい――――そんなことを内心つぶやきつつ、教室の真ん中、ガタイのいい彼の背中へ声をかける。そうすると面白いように肩を揺らして、こちらを慌てて見た。
「そんな驚かなくてもいいじゃない、日之影空洞くん」
フルネームまでしっかり言ってあげれば、なおさら彼は驚いた顔をした。そして、信じられないと言わんばかりの顔をして、どこかおびえたような気配のする声音で言った。
「お前、なんで俺のことを覚えてる?」
「覚えていたらダメ?私、あなたの友達になったつもりでいたんだけど」
こうあるもんだと言わんばかりに返答すれば、彼はかなり呆れた顔で、それでいて嬉しそうに笑った。良かった。
彼に勧められるまま、隣の席へと着席する。そしてお菓子を広げ、各々好きなものをつまみながら、本題へ入った。
「昨日の約束を果たそう。――――俺の異常は『知られざる英雄』、誰にも気づかれなくなる異常だ」
西日が教室を照らす。オレンジ色の強い光が、日之影くんの輪郭を削り取る。
「普通なら甘木は俺のことを忘れて、放課後にわざわざここまで来ることなく帰宅していたはずだ。なのに、お前は菓子まで持ってここに来た。甘木、その菓子はいつ準備したんだ?」
「今朝、学校に来る前に買ったの。放課後、日之影くんと食べようと思って」
「……信じられん…」
話は理解できた。だが、この西日にさらされた教室で、確かに彼の存在は影として、そして真実として私の目の前にあり続けている。それに。
「私たちもう友達でしょ?忘れる必要なんてないじゃない」
それに尽きるのだ。
胸を張って答えた私に、日之影くんは確かに笑った。
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(周りが異常なら、私は普通であれ)
某月某日の十三組。
「やあ日之影くん――――その子誰?」
「黒神か。お前がここに来るとは珍しいな」
「…えと、この人もこのクラス?」
「ああ。普通に見えるか」
普通に見えるか、と問われたので、私は感じたままをただ答えることにした。
「日之影くんの友人らしいけど……変態に見える」
「そんなー失礼だなあ」
そうですよねごめんなさい、と言葉を返そうとした時には遅かった。
「君がどんな子か分析したいだけじゃないか☆」
「――――っ?!?!」
「興味本位で女子の体を触るな」
「ったた……でもまあ、だいたいわかったかな」
「持久力に欠ける体だね。常に動きがある陸上戦の持久走とかサッカーとかバスケとか大嫌いなタイプだ。それ以外、空中戦のバレーボール、水中戦の水泳は好む傾向がある。実際それ向きの体になってるから、体育で科目選ぶときは参考にしてくれよ。で、胸はEカップだけどボリュームダウンのブラでDにごまかしている。諦めたら?魅力的な胸だし、多分もう少し育つよ」
「っこのヘンタイ!!!」
「ひひひ日之影くん忘れて!!聞いた内容全部!!!」
「聞かなかったことにしてやるから安心しろ」
「覚えてるじゃないか…!!」
「んー、でもまあ、理事長が期待するほど異常なわけでもなさそうだね」
「…?」
「結構高頻度で十三組に来るし、日之影くんの異常をものともしないらしいからどんな人かと思ったけど、肉体見た目ともに普通、頭の中身も学力面は学年トップとはいえアブノーマル性はないって感じか」
「…ねえ、どういうこと?」
「僕はさ、梓甫ちゃん。人のことを分析してレベル99まできっちり育て上げるのが大好きなんだよ」
「えと………つまり、最強目指して育成することが大好きな異常なの?」
「そ。物わかり良いね。さすがスペシャル。で、君はエリートの素質はあるけどアブノーマルの素質はなさそうってことさ」
「僕の名前は黒神真黒。一年十三組だ。よろしくね」
「甘木梓甫、十組。次身体触ってきたら日之影くんが全力でぶん殴るって。よろしく」
「え、まじ?」
「今の今までそんなことは知らなかったがまあいい、全力でぶん殴ろう」
「うわ死ぬ」
__________
昼休み。
「アターック!!」
「ひえっうわあ何っひゃああああっはははは!!やめ!やめて笑っちゃ、っははは!!」
「どうしたんだい梓甫ちゃん!……これはいい眺めだ」
「――――っ日之影くん変態マグロがいる!!」
「ちょっと待って梓甫ちゃ――――ぐはあ」
「誰や自分ら?!しかも一人は死んどるし」
「待て、そこの息も絶え絶えに笑う女子は十三組じゃない」
「へ?!」
「一年十組、甘木梓甫です…」
「ありゃ、それはあかんことしたなあ」
「一年十一組、鍋島猫美や。柔道やっとるねん。よろしくしたってや、梓甫」
「鍋島ちゃんね…よろしく…」
「猫美な」
「あっはい、猫美ちゃん」
「俺は十三組の日之影空洞。そこの死体は黒神だ」
「まだ生きてるって!痛っ…僕は黒神真黒。魚じゃなくて色の方。よろしくね☆」
「そうかいな、よろしく」
「猫美ちゃんだめよ、その変態は隙あれば身体触ってくる」
「ええ…警察突き出した方がええんちゃう?」
「何を言うんだい梓甫ちゃん!僕ほどの紳士そういないって!」
「変態は黙ってて」
「冷たい!!」
__________
「シュシュつけ忘れたかな…?」
「タイが無い…落としたかな…」
「メガネがないうわあああ!」
「うおおマジかよ!!!」
「あ、すみません。ぶつかってしまいましたか」
「いや…その、もしかしてメガネが無いと不自由するのか?」
「視力0.01以下だから無いと困る」
「あー…それは悪いことをした。すまない。立てるか?」
瞬く間にクリーンになった視界は日焼けした浅黒い肌の手を映す。その手をとって立ち上がって視界を上へずらすと、いたずらが成功したけど罪悪感があるというような顔をしている男の子だった。
「これも返すわ」
「あ、シュシュにタイ。…え?」
「もしかして盗った?」
「ああ。気づかれるもしくは失敗すると踏んでいたが、どうも成功したらしい」
「俺は一年十三組高千穂仕草だ。お前さんが十組の甘木梓甫でいいのかな?」
「うん、合ってる。日之影くんから聞いたの?それとも黒神くん?」
「いーや、宗像形だ」
「いいのか、宗像」
「多分あいつは、お前と普通に友達になれる人間だと思うぞ」
「僕と友達になれる時点で普通じゃないだろ。――――殺意抜きの友人は不可能だ。それができるというのなら、彼女は相当強力な異常になる」
「彼女はノーマルなんだ。異常になる必要はない」
「…普通、ねえ」
高千穂のつぶやきは、春にしては冷たい、乾いた空気に消えた。
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「…ありがとうございます」
「どういたしまして。君は…いいよ、同い年だ。敬語はいらない」
「?」
「君は、もし自分が何か特別な力を持っていたら、それでどうしたい?」
「………」
「単なる興味だ。簡単に答えてくれて構わない」
「――――特別な力があるなら、わたしは、何事もなく過ごせるようにしたい。そうね、都合よくことが回ればいいのに、と思う」
「もし、その力があったら、君はきっちりそれをコントロールするかね?」
「………たぶん、しない」
「だって、日常はコントロールできないから人生楽しく回るんだもの。コントロールできるようになる理由がない。それに、本当に都合よく回る能力なら、わたしが意識しなくたって都合よく回るでしょう」
「そうか。あくまでも、特別なままでいるつもりか。まあそうだな、異常を自覚する気なく放置するのと、異常がないと思っているのは大差あるな――――だが甘木梓甫、私はお前が気に入った」
「糸島軍規だ。きっとまた会う。その時は覚えていてくれたまえよ」
__________
新学期。
甘木梓甫は去年同様十組であった。
上の空な頭は春休み中の出来事を思い出していた。
春休みのとある日。昼前に起きた梓甫は携帯に入っていたメールを見ると慌てて身支度を整えて、財布と携帯だけをカバンへ入れて家を飛び出した。髪を結ぶのも忘れて走って着いた駅でバスに乗り込み、落ち着かないと言わんばかりの表情で扉のそばに立つとそわそわする。落ち着かないのでせめて手を動かそうと携帯を取り出し、先ほどのメール画面を見る。
『こんにちは。今から病院で会えないかな?いやあ、いろいろあって怪我というかまあなんかそんな感じで入院してるんだよね☆つまり暇なんだよ!あと重大報告もしたいからきてくれると嬉しいな』
「素直に来いって命令すればいいのに…友達なんだからそれくらい聞いてあげるってば」
到着するや否や病院へ向かって走り出し、受付を済ませてからは足早に廊下を歩く。そして目的の名前を見つけた。
すぐにでも手を伸ばして戸を引き開けそうな自分を諌め、深呼吸をして落ち着く。落ち着いたような。落ち着かないような。それでも確実に焦りが抜けた手が戸をノックする。入っておいで、といつもの彼の声がする。戸を引いて開けると、彼がくすくす笑い始める。
「大分焦って来てくれたんだね。髪ボサボサだよ」
「そんなことよりなんなのその…怪我じゃないよねそれ、病気してたことなんて聞いてない、し、」
「黒神くん学校辞めたの」
「うん。体力が落ちちゃったし、普通の生活するには問題が多すぎるから。この世の地獄を見るには安い代償……梓甫ちゃん」
「そんなに泣かないでよ、拭ってあげられないから」
「ひ、1人で泣いてるだけ!拭わなくてよろしい変態マグロ!」
「元気ならいいか」
「梓甫ちゃん。きっとこの調子なら君は学園の理事長に呼び出されることになるだろう。でも、君は普通だ。そうあるべきだ。だから、どんなに魅力的な誘いを受けても絶対に断ってほしい」
「今はわからないだろうけれど、必ず理解できる瞬間が来る。それまでは普通に、過ごしていてほしい。…僕は、君のそのいいところを異常とは認めたくないから」
「黒神くん…」
「今までありがとう、梓甫ちゃん。また会えるといいね。そうそう、来年…梓甫ちゃんが三年生になった時に僕の妹がきっとここに入学してくるから、その時は可愛がってあげてよ。僕の、自慢の妹だから」
「甘木さん、放課後に理事長室へ向かってください。理事長からお知らせすることがあるそうです」
__________
「やあこんにちは甘木センパイ」
「……新入生だよね?」
「ボクチャン一年十三組雲仙冥利、風紀委員でっす!校則違反をした甘木センパイを取り締まるためにやってきまし――――た!!!!」
「だめだよ、取り締まりと称して学校の設備壊したら…ってかさ、すごい量のスーパーボールだね。当たったら痛そう」
「そこまでだ雲仙冥利」
「あ、日之影くん」
「………!!!」
「彼女が校則違反をしたというが、それはどこだ?俺は一年の時からこいつを知ってるが校則違反とは縁のない奴だぞ」
「………」
「場合によっちゃあお前に容赦はしないが」
「とりあえず今日は帰ります」
「何だったんだ彼…」
「で、甘木。お前、この攻撃避けたのか?」
「?、いいや?彼が当てなかったの。すごい腕前だよね」
「あ、理事長に呼ばれてたんだ。行かないと」
「…甘木、何かあったら俺を呼べ。遠慮はいらない」
「うん、分かった。いつもありがとう」
「失礼します。二年十組甘木です」
「こんにちは、甘木さん。さあ座って」
「学園生活はいかがですかな?」
「楽しいです。今年の春から友人が1人中退になったのはとても悲しいですが」
「黒神君ですか、あれは残念でした。優秀な生徒でしたが…」
「さて、甘木さん。ここにサイコロがあります。一度に振っていただけますかな?」
出たサイコロの目はバラバラ。
「………」
「………」
「ありがとうございます」
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「こんにちは、はじめまして。私は三年十組、甘木梓甫といいます。今回は目安箱への投書に目を通していただいて有難うございます」
「はじめましてだな、甘木三年生。私は黒神めだかだ」
「さて、本題に入るが…何故宗像形に?あなたは十組で、彼は十三組だぞ?」
「…助けてもらったお礼を、未だに言えていないんです」
「どうか、お願いです。今で言えなかったお礼を言う手伝いを、していただけませんか」
「時計塔…!」
「宗像形はここにいる」
「――――甘木、梓甫」
「宗像くんは人殺しなんかじゃないもの。そんなの、ずっと知ってる」
「甘木先輩、応急手当はできますか?」
「うん」
「なら、これを貸しておきます」
「さ、行きますよ!!」
「喜界島会計、」「いいから!!」
「黒神さん、無理をしないでね。人吉くんも、阿久根くんも、喜界島さんも。――――明日、ちゃんとお礼を言わせてね」
「喜界島さん、いいのか?」
「心配無いよ。おそらく、甘木先輩よりも宗像先輩の方が、彼女に伝えたいことは多いはずだから」
「自分の失敗を物理的に止めた甘木先輩を見る宗像先輩の目は、人吉や私たちに向ける目とは全く違ったの」
「そうだな。――――何というか、友達が欲しい人らしからぬ、大事な人を見る目だった」
「君の手が先」
「……甘木梓甫」
「はい、痛っ」
「ごめん、……君のことは覚えてるよ。二年前、落下物を斬って助けた。それから、度々君が僕を探していることも知っているし、目的を例外数名を除いて誰にも言わないでそれをやっていたことも知ってる、そして僕は君から逃げていた」
「なぜ、」
「殺してしまうのが怖かった。君ほど殺した後に困りそうな人はいなかった。僕は、君に誰よりも死んでほしくないと思った」
「君は、ただ唯一、殺人衝動に駆られても殺せないと思った。殺意が、どうやっても君に向かない――――それは、とても怖い」
「だが、君はまた死にかけた。そして、僕はまた君を助けた」
「僕は、君に生きていてもらいたい」
「うれしい」
「ねえ、宗像くん。――――ずっと、助けてくれてありがとう。これからも、助けてくれたらうれしいし、今度は、私もあなたを助けられたらいいなって思うの」
「お友達になりましょう!宗像くん、お友達は、助け合うものなのよ!」
「……形」
「?」
「名前で」
「わかったわ、形くん!なら私も名前で呼んでほしいの」
「わかった。梓甫」
「梓甫」
「うい?」
「……形くん、これは、友達に対して、することでは、ないわ」
「そうか。でも、こうしたかった」
「う……」
「嫌だった?」
「ぜ、全然……」
「友達より恋人のほうがしっくりくるんだけど」
「………じゃあ、それ、で…それでお願いします…」
__________
(甘木梓甫はどうラベリングされるのか)
「お前、何で宗像を探してんだ?」
「…助けてもらったお礼が言えてない」
「手紙とかにしておけばいいんじゃねえの?あいつ、人を殺したくて仕方がない異常らしくて、容易に人に近づけないらしいから」
一年生最後の登校日、甘木梓甫は言った。
「………おかしいわ。彼、私を助けてくれやしたけれど、誰も殺していなかった。まるで、逃げて行く私たちに安心していたかのように」
甘木梓甫は気づいていた。誰からのヒントもなく、彼女は自分の眼と心だけで宗像形という男の本質を見抜いていた。――――それが、単に宗像形の自主努力に気づいたということではなく、宗像形の異常な殺人衝動を適用しない、極めて普通の状態を見て気づいたことだとしたら。
「……糸島軍規、くん」
「久しいな、甘木梓甫。覚えていてくれるとは律儀な奴だ。いや、無意識にお前の都合が悪いと感じ取ったからかな?」
「君といると私の死番虫が無かったようになるのだよ。きっと、発動されると都合が悪いのだろう。宗像形の殺意も、日之影空洞の見えざる英雄も、本気で発動されるとたまったもんじゃない。だが、高千穂仕草の自動反射も、黒神真黒の解析も、発動されて困ることは何らない。君には大層都合が良かったはずだ」
「………!!」
「甘木梓甫。お前は異常だよ」
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「私、医学部に行きたい」
「形くん、よく怪我をするでしょう?それに、将来しようとしていることも、怪我がつきものになるでしょう?だから、私が治すの。どうかしら?」
「怪我はするつもりないし、しても普通の医学では治らない場合だっておそらくある」
「そこは追加で学べばいいじゃない。宗像家は分かるんでしょう?」
「……梓甫、そういうことは…僕に言わせてほしかった」
「なにを言って…アッ」
「梓甫が医者になって、僕が一人前になったら、またその時に」
「はい」