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 数日後。私の願いは次の授業の支度をしていた時に崩れた。

「USJが敵襲に遭ってる!!」

ーー相澤先輩に13号、それに1−Aのみんな…!

 反射的に立ち上がった私の袖を隣に座るミッドナイトが引っ張って制する。しかしその手は職員室へ駆け戻ってきた雄英高校校長の声で放される。

「佐倉くん、エルセロムで急行してくれ!オールマイトはもう行っちゃったから、フォローを。私たちもかき集められるだけ集めて向かう」
「……エルセロムですか」

 申し訳なさそうな表情を浮かべる校長に対し、今の私はきっと喜びの表情をしているに違いない。

「そうだ。頼めるかな。すぐに行けるのは君しかいないから」
「はい」

 職員室を飛び出して教員専用の更衣室に駆け込み、コスチュームを引っ張り出す。慣れきった手つきでさっさと着替え、ゴーグルまで完備。そしてロッカールームを飛び出すと階段を駆け上がり、廊下の窓を開け、手をかけて。

ーーすみません!後でちゃんと閉めますから!!

 躊躇なく窓から飛び立った。手袋の手首部分、太い留め具に仕込んだワイヤーを手頃な木や壁やらに撃って、蜘蛛男顔負けの動作で振り子のように移動し、現場へ飛ぶように急ぐ。ワイヤーが打ち込めないところは空気中の水分を氷に変え、足場を作って走るなど工夫しながら、最速の移動を心がける。

「ヒーロー?…誰だろう」
「こんな人雄英にいたっけ?」

 教室棟の生徒たちの注目がこちらに集まる。しかし恥ずかしがっている場合ではない。ワイヤーの張り先、足場を確認しながら着々と道を進む。

ーー中の様子はどうなってる?

 ドーム状になっているから、モニターをズームさせようと何だろうと中の様子は分からない。それゆえに、今は願うしかない。

「お願い…間に合って。どうか、崩す敵がいませんように」

 ドアをぶち壊されたーー多分先行したオールマイトだろうーーゲートが近づき、それをくぐり抜けるために高度を下げる。そしてゲートをうまく抜けた瞬間、現場の状態が視界に入る。即座にゴーグルのモニターが私の見ている箇所を拡大して、様々なものがアップに見えるようになった。しかし、そこに見える景色はいいものではない。目下、背中に傷を負った13号と生徒達、頭をぶつけ合って気絶した敵、敵をなぎ倒していく生徒たち、不気味な雰囲気を漂わせる敵と対峙するオールマイト。そして、生徒に介抱されるイレイザーヘッド。

ーーイレイザー…!!!

 目をみはる。モニタに映る彼は血塗れで、特に顔の損傷がひどい。なんてことだろう………瞬時に腸が煮え繰り返る怒りに駆られそうになったが、なんとか唇を噛むことで冷静を取り戻す。血の味を感じながら、周囲をモニタリングする。

ーーあそこにはオールマイトがいる。だったら、私は別のところに…

 水難ゾーン、倒壊ゾーン、土砂ゾーンは攻略済みのようだ。敵が軒並み倒れている。入り口は…危険そうだが生徒の数が多いからまだ持つかも。そうしてしばらく確認して見つける一番生徒の命が危険そうな激戦地。
 山岳ゾーンにて八百万さんと耳郎さんが対峙する敵、その手の中に上鳴くん。上鳴くんは個性の反動を狙われ捕まったのだろうか。だとしたら、そこから攻略しないとまずい。

「とっとと攻略してーー敵を潰す」

 身体に熱が回るのを感じつつワイヤーを崖の方に向けて飛ばす。そしてかなりの重圧に耐えながら、ワイヤーを巻き取りつつハイスピードで地面すれすれを振り子状に揺られて再度上昇。浮いた状態で崖上に到着し、背を向ける敵の左肩へワイヤーを撃ち込む。

――そこからは一瞬だ。
 左肩への攻撃で敵が手を離したため、上鳴くんが地面に落ちる。その間にワイヤーを巻き取って下降、そのまま敵の背中に着地かつ蹴りを加える。いやあ、ワイヤーの刺す方と手首の固定パーツ両方に巻き取り機能をつけておいてよかった、と常々思うが、こういう敵に直接アタックしたいときは本当にこれを作ってくれたエンジニアの友人に感謝する。おかげで敵に地面を舐めさせ、自分は膝の屈伸をしながら着地すると同時に、分子操作で敵から水分を抜くことができるのだから。

「うがああああ!!!」

 水分不足は生命にとって生死を分けるほどの危機的状況を生み出す。それは誰もがそうなるので、スピード重視で敵を捕縛したい時はだいたい水分を抜いて弱らせるのが十八番だ。水分が抜けなさそうな時は仕方ないので別の手立てを考えるが、今日は必要なさそうだ。酸素を抜いてもいいのだが、呼吸困難になられては助ける手立てはないし、空気の酸素を抜くことにもつながるので水分にしている。
 あくまでも私が攻撃しているのは生命なので許容範囲の範疇で指を鳴らす。水分が不足し、動けなくなった敵をポケットから取り出した捕縛道具で雁字搦めにして、立ち上がる。そして上鳴くんの容体を確認する。

「大丈夫?」
「ウェイ…」
「問題………なさげだな」

 解放されたという事実に喜びつつ、まだ状況を完全には理解していなさそうな八百万さんと耳郎さん、上鳴くんに背を向けて次の現場へ急ごうとしたが、そういえば、と顔だけ後ろに向けて声をかける。

「そこの二人、よく耐えた。そして三人とも、よく生き延びた」
「あ、…あなたは、」
「エルセロム。ーーあと少しで君らの先生たちがやってくる」

 もういいだろう。大人としての役割はここでは果たした。次は、中の様子が察知できない火災ゾーン。

ーー生徒が誰もいないならここは飛ばしたい…!

 エルセロムの個性は分子を操作する個性だ。少しコストはかかるが原子まで分解して操作することも可能。火災現場でもその能力は活用できるが、個人的には暑さや火はとても苦手だ。というか、夏は基本的に外に出たくないという程度には暑さが苦手。もちろん、熱を生み出す火も、この状況では嫌な条件なのである。

 ワイヤーを張って移動し、火災ゾーン入り口に降り立つ。そしてドアを開け、中に足を踏み入れるが、熱風が吹いてくるし暑いし火だらけだしで苦手が詰まっている。在学中から夏と火災現場は嫌いだったんだよなぁ、と内心ぼやきながら、声を張る。

「私はプロヒーローのエルセロム!ーー誰かいるか?!」

「尾白です!」

ーー尾白猿夫くんか!尻尾の武闘派!

 エルセロムだぁ?!声に誘われてやってきた敵の近接攻撃を流し、水分を抜いては止める作業をしながら、彼に声をかける。

「入り口の方に移動してこれるか?!」
「行きます!」
「無理をするなよ!」

 敵がまた一人私を殴ろうとしたので、左手でその拳を掴んで外側へひねる。そしてついでに水分を抜いて戦闘不可能にし、

「あなた軽そう」

痩せ型で小さい敵だったので、ハンマー投げの要領で自分を取り巻く敵達に投げつけると、華麗にヒットしてもう一人ダウンさせた。おっと忘れてた、と指を鳴らす間にも容赦なく襲いかかる敵に、ワイヤーを撃ち込んで痛みによって足止めさせ、さらにそれを引っ張って振り回せば2、3人巻き添えを食らわせて気絶させる。あと10人くらいかな?と特定のコマンドで食い込ませたワイヤーを解除して巻き戻しながら考える。そして尾白くんがやってきた頃には、

「まあこんなもんかな」

私の周囲は気絶して倒れる敵の山になっていた。その状況を見た尾白くんは顔を引きつらせている。まあ驚くよね。私は足元の敵をつついてみるが、うむ…へんじがない、ただのしかばねのようだ。いや、生きてるけどさ。

「えっと、ありがとうございます」
「よく耐え抜いたな。お疲れのとこ悪いがーー」

 私は別のポケットから大量の警察支給の拘束縄を取り出して彼に渡す。

「これで拘束できそうな輩を拘束しといてくれると助かる」
「どうやったらこれがポケットに入るんですか………わかりました」

 とてもまともなツッコミをいただいた。企業秘密だから教えないけど。
 とにかく、これで火災ゾーンの救出は済んだから、と外に出る。次は暴風・大雨ゾーンか、と思いきやどこから来たのか、気絶から目覚めたらしい敵たちが集団で移動しているのがモニターの動体拡大機能によって見える。その団体の行く先は、セントラル広場、つまりはオールマイトの所。

「…尾白、拘束が終わったら風雨ゾーンに向かってくれ」

 そう言うと拘束を頑張ってもらっている尾白くんを置いて走り出す。十分に接近してから手頃な木にワイヤーを撃って身体を浮上させ、目星をつけた敵の肩にワイヤーを突き刺すと、それを土台にしてワイヤーを巻き取って空中から接近。足と手で敵に触れ、水分は抜かずにワイヤーの先端を抜くと、襲いかかってくる両サイドを避けるように後退する。そして頭を見事にぶつけ合った二人もタッチし、さらに前進して跳ねながら手際よく触っていく。そして最前線まで触れる作業を済ませると、こちらの敵に気づいていた轟くんたちの側にワイヤーで進み、生徒たちに牽制のため背中を向けるよう着地するや否や、

「抜けろ」

 敵が一気に蒸気を発し始める。悲鳴をあげのたうちまわる敵を見ながら、私今すごいきついなぁ、と思う。全身にビリビリとした痺れる痛みが掻き毟るように広がるのが何とも。
 よくよく数えれば同時に15体。そりゃ辛いです。効率も悪いので、時間がかかる。その間に…なかなか地獄絵図な光景から目を離さず、生徒たちに指示を飛ばす。

「そこの三人、名前は」
「爆豪勝己」
「切島鋭児郎」
「轟焦凍」

 本当は知っている名前だ。だが、初対面を装うにはこうするしかないから許してほしい。

「爆豪、切島、轟。私が止めてる敵の身体を拘束してくれ。手早くな。じゃないと敵が死ぬ」

 これで頼む、と大量の捕縛ロープをまた別のポケットから引き出す。どうやってしまっているかは((以下略
 そんなことをしているうちに意識が揺らぎ始める。ああ、きついな。同時に15人はやっぱりまずかったか。

「おい!できたぞ!」

 いつでもガラの悪い爆豪くんが私に声をかける。本当にてきぱきと捕縛してくれたので、私はすぐに指を鳴らす。負担が消え、揺らぎかけた意識は疲労を残してなんとか戻る。荒い息を整えて、彼らの顔を見る。

「………捕縛した奴ら、生きてる?」
「大丈夫だぜ!」

 元気な切島くんが返事をくれる。よかった、どうやら上手いこと済んだらしい。そしてラストの轟くん。彼はこちらにスタスタと戻ってくると一言。

「あんた、エルセロム?」
「………ああ、そうだ」

 根掘り葉掘り聞かれるの嫌だし、次に行こう。そう思って背を向けると、背後から続きが聞こえた。

「だいぶエグい攻撃だな。水分操作の個性か?」
「さあ?どうだろうね」

 容赦ない攻撃!私の心は砕けそうだ!
 あと轟くん、私の個性は水分操作じゃないよ!惜しいね!

「だが助かった。ーーありがとうございます」
「…それは、生き残ってからイレイザーや13号、オールマイトに言ってやれ」

ーー…口は不躾だけど良い子なのよねぇ

 そう思いながらワイヤーを張り、広場へ向かう。咳き込みながら移動し、気持ちの悪い脳味噌剥き出しの敵にワイヤーを撃つ。目下、気持ち悪い見た目の敵を殴らんと駆けてくる平和の象徴に対し、

「オールマイト!!ストップ!!」

 叫んで割り込む。そして、

「何発か殴らせろ…!!」

接近がてら頭を蹴り飛ばし、ワイヤーを抜いて着地するや否や身体を回転させて、地面を蹴って近づき、盛大に殴る。もともと近接格闘は得意だし、ブーツや手袋に仕込まれた素材のフォローもあってたいていの敵は昏倒させられる……のだが、ビクともしないその巨体は私の左腕を掴んで地面にねじ伏せる。

「エルセロム!!」
「かはっ……!!」

 地面に叩きつけられる形となり、身体の隅から隅まで不規則に揺さぶられる中、思考と個性のコントロールだけは手放さずに次の一手を打つ。

ーーフルスピード!!!

 水分が先ほどとは比にならないスピードで抜け始める。その驚きか力が抜けた隙に、肺から押し出された空気を咳き込みつつ吸い、腕を救出して右手のワイヤーでオールマイトの隣、緑谷くんたちの側へと距離をとる。

「こいつ…!」
「ショック吸収するんだ、あと怪力」
「成る程な。恐ろしいまでの怪力だった…ジャケットに仕込んだ衝撃吸収材がなかったらこんなもんでは済まなかっただろう」

 しかし、水分が減っても一向にくたばる様子がない。抜いても抜いても回復するその様子は、

「超再生、ってとこか…」

どうやらあの黒い何かは厄介の権化らしい。敵に向けて手を突き出す。意味はなく、ついやってしまう癖だ。そして成実は蒸発から切り替え、

ーー蒸発した水分と空気中の酸素・水素を水に変換、収束

敵の頭を空気中から現れた水で覆う。ヘルメットのようにまとわりつく水のおかげで呼吸もままならなくなった敵は膝をつき、動きが止まる。しかし、ゴーグルの奥の目は細まり、眉はきつい角度を描く。

ーー短時間で使いすぎた…!!

 激しい頭痛が襲いかかる。心臓も苦しい。身体も焼けるように熱く、限界だと悲鳴をあげている。そりゃそうだ。一度に15人に個性使ったり、普通の人なら瞬殺できる勢いで攻撃しても死なない黒い物体とかをフルスピードで相手すれば身体に相当負担がかかるはず。足元がおぼつかなくなって思わず膝をつく。

「エルセロム、」
「平気、だから早くして」
「っ…分かった」

 オールマイト、血!それに時間だってーー……緑谷くんの叫びがぼんやりと聞こえてくる。それを笑顔で流したらしいオールマイトは強く地面を蹴り込んで攻撃に走る。その風圧すら耐えられず、しゃがんだ姿勢からよろける。

「エルセロム!」
「触るな!!」
「でもーー」

 誰かの泣くような声が聞こえる。そんなことをどこか遠いところに感じつつ、側に来て私を支えようとした緑谷くんの手をはねのけた。しかし限界だった。彼の顔をモニタ越しに見た私は、もはや無意識に言う。

「相澤先輩を、助けて」

 エルセロムではない。
 私の、佐倉成実の切実な思いを告げた口。
 何を勝手にーーと思う間もなく力が抜けた。身体が傾き、個性が解除される。

ーーごめん、オールマイト…

 そしてあっという間に身体は地面とご対面。意識が朦朧とし始め、爆風や叫び声を遠い壁のようなものの向こうに聞きながら、私は目を閉じた。

願うは無事だけ


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