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「#エロ」のBL小説を読む
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 某日、私は新幹線に乗って都会へやってきた。

「うひゃー…ここまで人にあふれてるのは久々…」

 どこを見ても人、人、人。ヒーローコスチュームのブラウス、タイトスカート姿で、白衣はリュックサックに詰めて来たが、正解だったようだ。流石に恥ずかしい。

 スマホを取り出して、目的地までの地図を再度確認する。行き先はサー・ナイトアイ事務所二階の会議室。HN経由でサー・ナイトアイから任侠団体制圧のご指名を受けたのでさらっとやって来たが、ちょっぴり時間がギリギリだ。

 すたこらさっさと移動して、迷うことなく建物へ入る。爽やかな挨拶をくれたバブルガールに案内してもらえば、部屋の中は賑やか。やはり面子はもう揃っているようだ。

「おはようございます」
「誰だオメー」
「エルセロムと申します」

 知らない人に睨まれたので、とりあえずぺこりと頭を下げて挨拶。ざわめきだした室内を無視して壁際へと向かい、リュックサックから白衣やら何やらを取り出して装備した。仕事の準備は完了である。

「エルセロム」
「?!」

 勢いよく振り返る。聞き覚えがありすぎる声。

「イレイザー…?!え、デクくんはともかく、何で生徒がここに…?」

 しかも想定外の雄英大集合である。ヤクザを制圧しに行く話に何故子供を連れていくのか――――その疑問は次の発言で一気に消化されたが。

「直接関わっちまった奴がいる」
「想像ついたんでもういいです。デクくんとルミリオンくんでしょう」
「間接的に関わった奴もいる」
「え……烈怒くんとサンイーターくん…?」
「正解だ」

 当ててしまった。まあ学内で報告にあったサンイーター個性消失・復旧の話からあたりをつけただけなのだが、どうやらヤクザとそれは密接に関わっているらしい。

――――胸糞悪すぎ案件の予感………

 嫌な予感を思考から一掃する。切り替えは大事。

 目の前では「ん?俺?」と首を傾げる烈怒くんはさておき、サンイーターくんが絶望的な面持ちをしてへたり込んでしまった。

「ああ…覚えられているなんて……きっと俺があまりにも問題児だから…」
「サンイーターくんは社会科の成績とってもいいもの。毎回律義に問題文を読んでくれて嬉しいわ」

 ポポッ、と照れたのか顔色が良くなってへたり込みから復活した彼に笑う。「え、あの量読みきれるんすか?!」「読めるよ…?」なんてやり取りが聞こえるが、切島くんは読解スピードをもうちょっと上げよう!



 それから程なくして、ミーティングが始まった。

「――――死穢八斎會という指定敵団体について…」

 今回のチームアップの主役はサー・ナイトアイ事務所。そこのサイドキックのお二人の説明を静かに聞いていたが、どうにもそわそわして落ち着かない。

 原因は分かっている。隣に座るイレイザーでも、視界の隅にいるファットマンの真ん丸さに魅力を感じていることでもない。

「"個性"を壊す"クスリ"」
「人の血ィや細胞が入っとった」

 身の毛がよだつ。

「若頭、治崎の”個性”は『オーバーホール』」
「治崎には娘がいる」

 あの暗い部屋。化学の本を抱えて布団に座る子供。

「そんなこと――――!」

 そう叫んだ時にはもう、荒々しい物音と共に立ち上がっていた。

「子供に犯罪の片棒を担がせるだなんて、傷を負わせるだなんてそんなこと、」
「落ち着け」
「………すみません」

 イレイザーに白衣の袖を引かれて着席する。目に見えて取り乱してしまったからか、彼の手が袖から離れることはない。

 自分でも、冷静でない自覚はあった。俯いて見つめる指先が冷たい。

 話は進んでいく。治崎の娘もとい、エリちゃんの居場所を特定し、保護すること。情報収集の話からつながる、サー・ナイトアイの個性。

「未来を予知できるなら、俺たちの行く末を見ればいいじゃないですか」

 視線を上げる。なぜかは分からないけれど、自然とサー・ナイトアイの顔へ目がいった。

「それは…出来ない」

 彼の面持ちは暗い。――――近しいものを感じた。

 サー・ナイトアイは理由を並べる。周囲のヒーローは合理性に欠ける彼の理由を否定する。どこまでも平行線な会話の中、その“近しいもの”の理由を見つけ出す。

「死が、見えるから――――そして、それを回避する確証を持てないから、ですか」

 部屋が静まり返る。皆が、先輩が、生徒たちが、そしてサー・ナイトアイがこちらを見る。

「だとしたら、それは…乱用できない個性だと、私は思います」

 私の個性も、乱用できないから。使い方を誤れば、どんな個性よりも簡単に、残酷に、人を壊してしまうから。

 そうは言えず黙り込んだ私に、先輩は息を吐く。

 重苦しい静けさが広がった部屋で、リューキュウの落ち着いた声が響く。

「とりあえずやりましょう。”困ってる子がいる”、これが最も重要よ」

 そこからサー・ナイトアイによって強制的に打ち切られたミーティング。彼のサイドキックから、個別に資料を配布して解散することを知らされる。先輩の手はいつの間にか袖から離されていた。

 私が呼ばれたのは最後。資料を受け取り、詳細に目を通した後、サイドキックではなくサー・ナイトアイに声を掛けられる。

「エルセロム、少しお話しても?」
「構いません」

 こちらへ、と別室に案内。応接用と思しきソファに座らされ、正面に彼が座る。

 何が起こるか分からずに戸惑っていると、ナイトアイが口元を押さえた。嫌悪感ではない。笑っている。

「久しぶりだ、エルセロム」

 その言葉を言われる理由が分からなかった。私は真剣に記憶の奥底まで必死に探すが、この特徴的な緑の頭は存在しない。

「…ご一緒したことありましたか?」
「君の未来を見て、佐倉夫妻に引き合わせるきっかけを作ったのは私だ」

――――………!

 遠い昔、父さんと母さんに初めて手を引かれた病院の廊下を思い出す。

『今日から、君のお父さんとお母さんになる二人だよ』

 言葉はなかった。お互い、何を言っていいか分からなかったからだと思う。でも、二人と手を繋いで、あの長いようで短い廊下を歩いた瞬間から、私たちは家族になって、喜怒哀楽のすべての時に二人が必ずいて。

「君の今は、とてもユニークなんじゃないのか?」
「…はい」
「良かった。…私は安心したんだ。あの日全てを失った君の感情は色づいて育ち、こんなにも豊かになったのだと」

 "わたし"を、この人は知っている。

「壊理ちゃん救出、必ず果たそう」

 差し出された手を握る。やはり、知らない手だった。



私は知らない、わたしは知っている


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