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 某日、ヒーロー仮免許の試験場で、相澤は一人考え込んでいた。

(結果は……上々)

 うちのクラスの仮免試験が終わった。結果は18人合格、2人不合格。ただし、その不合格者は講習を受講し個別テストに合格すれば仮免許が発行される。

(爆豪が問題か)

 轟の方は試験中にもかかわらず散々揉めていたが、結局問題は解決したらしい。相手とのやり取りの様子を遠目に見ただけだが、穏やかな雰囲気だったので深く聞く必要はあるまい。

 一方の爆豪は、良くも悪くもストレートな物言い…もとい、暴言が足を引っ張っている。的確な判断、努力に裏打ちされた優れた個性使用、ヒーローでも上位に食い込む素質は持っているものの、いら立ちをぶちまける様な言葉遣いがよろしくない。

(一体何に腹を立てている?)

 こういうとき、成実ならどう判断するのだろうか。介入は最後まで避けるだろうが、現時点で彼の苛立ちの要素まできっちり判断付け、必要なことはするはずなのだ。

「イレイザー」

 後ろから、昔事務所が隣だったジョークが声をかけてくる。

「せっかくの機会だし、今後合同の練習でもやれないかな」
「ああ…それいいかもな」

 合同練習の機会は貴重だ。日ごろは校内で行われる練習も、外部の人間が入れば変わる部分が多いし、そこに的確に対処していく判断力を育てるにはいい機会となる。

「やっぱそう思うよな!好きだぜイレイザー!」

 やかましい。それに、誤解を生むような発言は困る。一日散々聞いてやったが、いい加減止めるべきだ。しかし、仲たがいをしたいわけではないので、比較的慎重に言葉を選んでいく。

「………洒落にならないからやめてくれないか、ジョーク」

 ジョークが黙る。彼女の双眸が目いっぱい開かれる。

「…まさかイレイザー、彼女できたの?」
「ああ」
「な、何かやべーもの食ったの?」
「普通に美味いぞ」
「他人の手料理食べるんだ」
「そいつは…付き合い長いからな」
「どうしてその子にしたの?参考程度に聞かせてよ」

 今度はこちらが黙る。何て言えばいいのだろう。いや、好きなところは山ほどあるが、それをどう言ったものか判断がつかない。

 結局、「あいつはすごい奴なんだ」というありきたりかつ内容不足も甚だしい文章が飛び出て終わった。ジョークが噴き出して笑い始める。

「ひーっひっひっひ!ウケる!全然わかんねえ!」
「身バレしたくないらしいからな(今はそうでもないけど)」

 適当に別れの挨拶を告げて、試験終わりの生徒たちを引き連れ帰路のバス、生徒たちが眠りについて静かな空間で一人考える。

(今日は散々好きって言われた)

 日頃なかなか言われることのない言葉だ。…いや、一人だけ、その言葉を使ってくる女がいるけれども。

――――そう言えば、俺はちゃんとあいつに『好き』を伝えたことがあっただろうか。




 佐倉成実。

 2歳年下の後輩、職場の同僚、そして最近、いわゆる交際相手になった女。

 出会いは雄英高校時代。最初は個性への興味だった。

 体育祭ステージ全体を包む大波を霧散させるだけの個性がどれ程のものなのか。実際、凄い個性だ。水だけに干渉するのかと思っていたら対象はあらゆるものだった上、分子操作と言いつつも本当はこの世にある原子全てに干渉できるのでどんな分子も結合したり分解したりできてしまうという強力なものだった。それを精密に操作し、知識の積み重ねによって的確な使用ができるのだから、彼女の積み重ねた努力は並大抵のものではない。

 それを知るまでの間に、彼女自身についても様々なことを知った。

 自分の個性の操作が不完全なこと。並大抵ではない努力は全てそれのためのものだ。今では暴走させることも暴発させることもない。危ない橋を渡っても確実に成功する。

 大切な友人が2人いること。その2人も、彼女を大切な友人だと思っていて、恐らく1人は"本気で"大切に思っているだろう。お陰でよく睨まれた。中指を立てられていそうな気がするし、呪われていそうな気もした。多分気のせいではない。

 近接格闘が得意なこと。マイクがよく伸されていた。俺は捕縛布で縛り上げたので問題なかった。…ただ、彼女が個性をあまり躊躇わなくなってからは全く使えなくなった手だ。初めて捕縛布を黒鉛に組み替えられた時の絶望感は言葉にできない。左ストレートを食らって伸された。しかも個性使用後のインターバル時間と同じ時間で倒されるため、そこの対策を死ぬ気でする遠因になった。

――――………。

 そこまで知るほど深入りするつもりはなかったのだ。ただ、会話は楽しく、マイクも彼女とその友人たちを気に入って、結局関わりは続いた。友人の作ったゴミを処理する際、時折見せる個性操作の危なっかしさに介入したことは1度や2度ではない。

 そう…世話を焼いた。1年生の俺ができなくて、死んだ友人ができたことを、3年生の俺はやっていた。マイクは成長したんじゃね?などと茶化してくれたが、実際は違う。

 死んだ友人と佐倉成実という後輩を重ねて見ていた。本来なら交わることのない人間を引き寄せ、相手のダメな部分もひっくるめて認める彼女はよく似ていたから。

 だが、その思い違いはすぐに終わった。

『私はバケモノだから』

 地雷を踏みぬいたその日、彼女の深淵を見つめる双眸に光はなかった。あるのは闇。彼女だけに背負わされた重荷。今思えば、彼女の隠したい部分を俺が引き出させた形だろう。

 彼女は優しいから、それは無かったことにしてくれた。今思えば、俺はその優しさに甘え――――その日から、佐倉成実を見るようになった。

 笑顔が太陽のように明るい。だが実は、光の裏に抱える闇も大きい。それでも、彼女は自分に力をつけ、抗い、前を向く。俺にとっては眩しいほどの強さだ。

 料理が上手だ。特に和食で彼女の本領は発揮される。だが、何でも美味い。栄養バランス等きっちり考え込まれているところがまた凄いのだ。この便利な時代に非合理的だとは思うが。

 結構強欲で、あれもこれもしたがる。しかし、全てを自分のものにしていく。その結果がヒーローと社会科教師の肩書なのだから、恐ろしい奴だ。

 そこまで分かった時、俺は既に彼女を1人の女性として見ていることを思い知らされた。世話を焼いているつもりだったが、単に自分は彼女と関わりたいだけだった。だからもう学生でもあるまいし、教師としてのキャリアは彼女の方が上にも関わらず、

『相澤先輩!』

と彼女が追いかけてくるのは、俺にとってはかなり嬉しい。それをもっと早く言えば、俺は彼女に先を越されることなく今の関係になれたかもしれないが――――やはり、自分の抱えるものと折り合いをつけながら生きる彼女のペースを崩してはいけないと、彼女の事情が分からないなりに考え、黙ってきて良かったと思う。

 そうしなければ成実は首を横に振っただろうし、

「もしもし」
『はい』
「成実、今どこにいる」
『寮の自室に。出ましょうか?』
「いや…いい」
『うふふ、電話してくれて嬉しいです』

仕事が終わって自室に帰った後、こうして気軽に電話をできる相手にはならなかっただろう。俺が、ではない。成実が、だ。

「どうだった、今日は」
『つつがなく!…あー、でも、2年生の公民が――――』

 夕食もヒーロー関連の仕事も風呂も済ませて寝るだけになった時間を埋めるかのように、成実の明るい声がスピーカー越しに聞こえる。授業の話、そこから発展して関連分野の話と展開していくあたり、彼女の知識量が半端ではないことが良く分かる。雑学サイトかよお前。

『そちらはどうだったんですか?』
「あー…いろいろあった。明日結果見てみろ、お前驚かないと思う」
『嫌な予感がするなぁ………明日を待ちます』
「あとは…久々に昔事務所が隣だった奴と会ったよ。彼女ができたのか?と聞かれたから肯定しておいた。お前の身バレはちゃんと避けた」
『うわあ………』
「いつものように結婚を求められたから断ってきた」
『……モテますね、あなた』

 成実がハッキリと不貞腐れた。…珍しい反応だ。付き合う前、いつかの時に言われたことを言ってみる。

「お、嫉妬か?」
『べっ別に私はその人に物理的に負けるとか考えてないですから!』

 物理、想定外の回答が来た。お前は戦闘民族か何かなのか。…いや、分かっている。かわいい奴だ。

「安心しろよ。………ヒーローとして、個性という合理、教師という非合理、どちらも追求し、モノにして押し通すお前から、俺はずっと目を離せないでいる」
『………』
「好きだ、成実」

 言った。言ってやった。
 心臓が早鐘を打つ。顔に熱が上って、口元を左手で覆った。…早く返事しろ、恥ずかしいだろ。

『…うふ、うへへへへ。嬉しいですねえ…!』

 奇妙な笑いと共に、成実が1人電話の先で喜んでいる。どうなっているのやら、実際に見たかったかもしれない。

『私も好きです。厳しい振る舞いのくせして本当は甘いってところが特にいいです。あと、よく見ていてくれるのでとても頼れるところ!』
「そうか」

 返事がまた何とも照れくさくて堪らない。1人感情の波に耐えていると、もうこんな時間、と成実の声が聞こえる。

『そろそろ寝ます。おやすみなさい、消太さん』
「………おやすみ、成実」

 唐突に呼ばれた名前にノックアウトされる。…ああ、畜生。

 結局、ベタ惚れなのは俺の方ってヤツだ。


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