×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

 早朝、普通科フロアの空き教室にて。

 私は教壇に立ち、チョークを持って板書を書き進めている。

「佐倉先生」
「何かな、心操くん」

 心操くんは生徒用の椅子に座り、資料集とノートを広げてシャーペンを持っている。首元にはイレイザーヘッド御用達の捕縛布が巻かれており、その上にある顔は困惑の表情を見せた。

「何故、格闘訓練なのに座学なんですか?」
「私は理論派なのだよ」
「………」

 困惑は呆れへと変化した。君、先輩と雰囲気似てるよ。

「体の動かし方は感覚だっていう人もいるけどね、感覚のままにやり続けると早々に体が壊れるの。普通科からヒーロー科に転属したいなら、ちゃんと体の仕組みを理解しておいた方がいい」

 あと、と言葉をつづけながら、前振りもなくチョークを心操くんの首と肩の間、ちょうど捕縛布だけのところに投げつける。

 案の定、避ける動作すら行わなかった彼の捕縛布にチョークが埋まった。そうなって初めて気づいたらしい彼は、顔色を若干悪くした。ヒヤリハット体験は大事。

「君は狭いところでの戦闘を先にマスターした方がいい。個性と戦闘スタイルから、どうやっても奇襲型短期決戦をすることになる。そういう戦いをすることが多いのって、主に狭いところなんだ。そこは広いところよりも少ない動きで確実に攻撃をかわす必要がある。そういう意味ではちょうどいいよね」

 そう話している間に、投げつけたチョークは粉となって散ったので指を鳴らす。…どうやら、私の個性使用の気配も察知していないようだ。

「気づきは大事。せんぱ…イレイザーヘッドなら、チョークかわしてついでに捕縛布を私の頭に向けてるぞ」
「…!」
「まあその捕縛布の解体は簡単なんだけど、重要なのは反射的な回避と攻撃。突如起こる事件に、ヒーローは躊躇する暇なんてないから」

 心操くんの顔つきが変わった。私のやりたいことがよく分かったらしい。手を挙げるので質問を許可する。

「椅子から離れることは問題ないですか」
「もちろん。でも、これは座学だからできる限り座っててほしい」
「頑張ります」

 よろしくお願いします、と彼が頭を垂れて、格闘訓練は始まった。

 初日2時間の感想としては、「心操くんめっちゃ飲み込み早い」。これからが楽しみである。



 昼前になって、予め呼ばれていた訓練場へ顔を出す。

「今日は1人追加で呼んである」
「わ、私がきた…!」
「「「佐倉先生だー!」」」
「はい、エルセロムです。どうぞよろしく」

 A組の反応が良くて安心した。ちょっと照れていたら「茶番はいいから早くしろ」と小突かれたので、姿勢を正して生徒たちに向き直る。彼らも切り替えが早いあたり、優秀な子たちだ。

「私からは、『個性の開始地点』『必殺技』の話をするわ」

 そう言いながら、眼鏡の上にゴーグルをかける。ゴーグル越しに見る生徒たちの期待の視線がつらい、恥ずかしい。だがまあ、やるからにはきっちりとやる。

「個性を使う時、皆は決まった位置――――主に『手から』使うことが多いわよね。でも、本当にその個性は手からしか使えないもの?足は?腕は?首は?」

 八百万さんが頷いている。彼女は大きいものを作るときに肌の露出が必要な故に、全身を使うことは慣れているのだろう。

「単純強化型の人たちも、その強化を纏う起点がいつも同じではない?でも、そこを起動の瞬間に突かれたら困るわよね?それに、強度だって操作しないといけない。難しいねえ」

 確かに、とつぶやく声が聞こえる。掴みは上々だと思わせてほしい。

「私の個性は触れたものに干渉できる。だから常に触れている空気は全身どこからでも干渉できるようにした。実演すると、このようになる」

 身動ぎひとつせず頭上に一瞬雨が降る。即座に指を鳴らし、水素と酸素の結合を止めた。濡れた身体を個性で乾かし、ポケットから食紅を取り出して手に振りかけながら話を続ける。

「これは派手な例。この室内全域を対象にできるけれど、負荷が大きい。その負荷を減らしつつ長期戦闘を行うために、私の場合、タイツ部分や靴のゴム底や手袋は生成するものを通すようにしてある。感覚的には皮膚の延長線って感じで、こうして足でワックスを地面に塗ることができる」

 足でずずっと地面を擦ると、食紅の色をしたワックスが地面に塗られた。

「地味だけど、これで足を滑らせて御用になった敵はかなりいる。使い時と場所で戦況を有利にひっくり返す…こんなに狭い部分にしか干渉しないけれど、負荷が少なくて済む。私の常勝パターンの1つ」

 負荷を操作するのもまた大変よねと呟きながら、先輩に蹴りかかる。彼も慣れたように弾き、拳を突き出すと、私だって慣れたようにかわして拳を使う。こっそり白衣の下から砂を撒く。

「そしてこのように、動きながら本格的に個性を使えるようにするとなお良い」

 片足を蹴り上げて横凪ぎに頭を狙い、あちらは脛を腕で受け止めた。ただ、私のひざ下に張ってあった油分固形物の層で滑って、先輩の態勢が崩れる。狙って押し通そうとする私の一撃を、ギリギリのところで避けられる。

 個性を使い、戦闘エリアに水を撒く。跳ねる水で足をずぶ濡れにしながらも模擬格闘を続け、最後は足元に溜まった水の下に仕込まれたつるつるの石英を踏ませた。

 先輩が対応する間もなく滑って正面につんのめったところを支え、指を鳴らして戦闘が終了する。

「…やられた」
「やられ役ありがとうございます」

 今のネタ分かった奴いるか?という先輩の質問に、八百万さんが手を上げる。

「相澤先生が蹴りを受け止めたとき、腕を滑らせるような様子がありましたが、恐らく佐倉先生の膝から下に潤滑油のようなものが生成されていて、それで相澤先生の防御を邪魔したのだと思います。また、先程から佐倉先生が砂を白衣の下から撒いていました。砂の主成分は二酸化ケイ素ですから、最後、相澤先生が滑った水の下につるつるの石英が形成されているはずです。水たまりは、カモフラージュ目的だったのでしょう」
「そういうことだ」

 この同時並行で進行する個性使用。しかも、足と手で作っているものが違う。これが私の強み。

「えっじゃあ格闘しながら作ってたってこと?!」
「化学式については複雑すぎない限りは無意識でも扱える」
「つ…強い…!」

 照れるなあ、そんなに褒めないでよ。

「ハイ相澤先生!」
「切島」
「何で捕縛布使わないんすか?」
「こいつは炭素でできている。炭素から生成されるものを恐れて俺は使うのをやめた」
「…ダイヤモンド、世界で一番硬い鉱物」

 轟くんがぽつりと言葉を零す。

「確かに、相澤先生の個性のインターバル中に作り上げられてしまっては、逃れようがないわね」
「触れさえすればどの部位からでも個性を使う…脅威だなあ」

 子供たちが自発的に考えを話し合う。その内容にニッコリしていると、相澤先輩が情報を追加。

「ちなみに、今の戦闘時間は俺のインターバルより短い。つまり俺は逃れられなかった」
「エルセロムが激つよ説…!」
「イレイザーは加減してくれましたが本気の力業で押しきられたら負けてしまうので…そうですね、雄英だとハウンドドッグには練習でもとても勝てない」

 生徒の感想に指摘を入れつつ、自分が把握している苦手についても話しておいた方がいいだろう、と言葉を続ける。

「あと、スナイプのような遠距離型の個性は苦手。触れないと発動しない」
「でも空気抜いたら1発じゃね?」
「私1人しかいなかったらそれでも良いのだけど、現実はうまく行かないわ」
「あー…」
「まあどうせ近接戦に持ち込むけれど」
「佐倉先生が脳筋説…!」
「なにがともあれ、最後は自分の得意を押し売りするのがヒーローよ」

 胸を張ってそう言えば、相澤先輩が親指を立ててくれる。良かった。

「そういうことだ。訓練始め!」

 先輩の号令で生徒たちが各々訓練を始める。4月に入学した彼らは見違えるほど強くなっているが、これがまたさらに伸びていくと思うと、期待に口の端が緩んでしまう。

 頑張る子供は、やっぱり応援してあげたい。

 一人気合を入れ直して、とりあえず目についた生徒からアドバイスをして回った。


理論派脳筋エルセロム


戻る