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 神野区内某所。
 Mt.レディの踏み込みで開始される脳無格納庫制圧作戦に、私は参加していた。

「行け!」

 合図とともに飛び出す。皆が拘束していない脳無に触れ、順に骨を破壊していく。これらが骨格を持つことは分かっている。容赦が必要ない以上、私は四肢の骨を粉砕していく。超再生の個性があっても、破損個所が大きければ復旧には時間を食うだろう。

 ラグドール、と叫びが聞こえた。
 声の方を向くと、虎がチームメイトを発見したらしい、女性を抱きかかえている。サッと駆け寄って個性で布を作り、虎の腕にいる女性にかけてやる。

「すまぬ」
「いえ、無事でよかったです」
「エルセロム!奥を頼む」
「っ、はい」

 返事もそこそこに、壁へワイヤーを撃って水槽に登る。手を突っ込んで中にいる脳無の骨も容赦なくバラバラにしていく。
 早く、早く奥に行かないと。奥にもまだこれらがあるはずだから、

「すまない虎。前々から"良い"個性だと……丁度いいから…貰うことにしたんだ」

――――不気味な声に動きを止める。…敵だ。

「こんな身体になってからストックも随分と減ってしまってね…」

 私の方が奥にいる。…背中が取れる。

「!」

 ジーニストが敵を拘束すると同時に飛び出す。走りと落下の勢いそのまま足蹴りを喰らわせようとして、

「――――っ!」

 そこから先の記憶はない。





 建物が吹き飛ばされ、残骸と化した中で、形を保って建物の隙間に転がる化学者をヘルメットの奥から見る。ゴーグルで隠れた顔は全く分からないが、彼女の内面は丸わかり。
 サーチ、それはとても便利で"良い"個性だ。

「ふむ……エルセロム。昔から君は何だろうと思っていたが…あまりにも"良い"個性じゃないか」

 プロヒーロー、エルセロム。彼女は、彼女の個性は、必ず弔の役に立つ。非常に魅力的なので欲しいが、これは弔のために残しておかなくてはならない。

「アドバイスしよう」

 使うには頭脳が求められる。だが、その頭脳の持ち主が個性の持ち主。人と個性が一致した、優秀な個体。それはまさに。

「エルセロムは、彼女は『魔法のアイテム』。必要になったら手に入れなさい。そうだなあ、『プレゼントプリーズ』とでも言ってみるといいさ」

 時が来るまでは放っておいていい。管理は面倒だ。どうせ、全ては君のためにある。だからその時が来るまで、そして君の願いのために――――

「弔、君は戦いを続けろ」

 



「――――っあ、…ぐ…?!な、にが…ど……」

 何があった、どうなっている?
 記憶が飛んでいる。なんか口の中が臭くて不味い。血か?というか身体中が痛い。間違いなく良くない状況だ。
 視界はオールマイトの背中、敵の正面。転がっている地面は建物の床らしく、砂地ではない。

 立ち上がろうと身体に力を籠める。腕や脚に何かぶつかったような痛みはあったが、骨まで折れている気配は無かった。鉛のように重たい身体を何とか持ち上げて立ち上がり、建物から出たところで、声が聞こえた。

「どこです?」

 こっち、と女性の声が聞こえる。ふらつきながら向かえば、建物の隙間から上半身を出したお姉さんが見えた。

「身体が、挟まっちゃって…!」
「今助ける。動かないように」

 駆け寄り、お姉さんがいるところへ身体を滑り込ませる。確認すれば、お姉さんの足が倒壊した建物の隙間に入り込んでしまっていた。潰されてはいない。次に身体の状態を確認する。潰されたところは無いが、傷からの出血が多い。放っておいていいものではなかった。建物のがれきはすぐに崩れそうではないと判断して、企業秘密ポケットから取り出した素材とむき出しの地面の土でテーブルを作って私たちの頭上を守り、次の行動を決める。

「…先に止血」

 深呼吸をして彼女に触れ、流れ出た血液を傷の蓋となるようにうまく固めていく。流れる血液を固めず、流れて表へ出てきた血液だけに個性を干渉させて、可能な限り分厚く固めていく。
 本当は縫うべき傷だ。それを、応急的に血液で埋めて固めてしまおうというのだ。…個性としては苦にならずとも、人にそれを施しているというのは、とても。

「――――…できた」

 額に浮かんだ汗を拭う。視界に銀砂が飛んで、緊張していたことがわかる。
 何とか固めることは成功した。だが、衝撃が加わればすぐに開いてしまうだろう。早く専門職のところへ連れていくべきである。

 次に、瓦礫の成分を特定していく。見た目で分からないものはゴーグルの機能で特定し、鉄などあからさまなものは容赦なく個性で足周辺に円を描くよう解体していく。個性フルスロットルで分子構造そのものを破壊してもいいのだが、それをすると辛うじて保たれている残骸のバランスを崩す危険がある以上一瞬で全てを破壊しなくてはならなくなるため、現実的ではない。
 ゴーグルの機能が発する警告。視界の端、敵がこちらを向いた。――――ああ畜生!

「こっちは気にしなくていい、オールマイト!」

 インカムを聞く余裕があるか、聞こえているかは分からないが、大声で叫ぶなり白衣を脱いでお姉さんに被せる。重たすぎて緩衝材で包んで無理矢理腰に括り付けてきた人形2号機――――中身の材質は圧縮鋼鉄、そりゃあ重い――――それを容赦なく解体し、周囲に転がる建物の残骸やむき出しになった地面から抽出して作成した金属やらセラミックやらと合わせて疑似コンポジットアーマーを作り上げるな否や、私は白衣を被った彼女に頭側から、敵を遮るように覆いかぶさって抱きしめ、作ったものを私たちにコーティングしていく。私の個性だからできる芸当。

「あなたも、私も一緒に帰るの」

 生徒たち、世話になっている人たち、父さんに母さん、透子ちゃんに造里ちゃん、相澤先輩。私を心配してくれる人がたくさんいる。お姉さんにだって、きっとそういう人たち、いるでしょう?だから、だから!

「絶対に死なない」

 次の瞬間、衝撃波と爆風がすべてを揺らす。体中が痛い。

「――――………?」

 そうしてしばらくして、何もかもが収まったのを感じ、アーマーを解いていく。ずびずびと泣いている気配が傍からする。

「お姉さん、大丈夫そうだね」
「あなたも…!」
「敵に向けた背中が痛いけど、概ね問題ないかな…」

 軋む身体で振り返る。予想よりも受けた衝撃が弱すぎる――――ああ、やっぱり。

「オールマイト」

 ズタボロでガリガリの、世間一般に知られたくない姿をした彼が、私たちを守っていた。
 嫌な感じがした。彼の心が折れかけている。見ているこちらが泣きたくなるような、絶望したくなるような背中。
 ふざけるんじゃない。あなたは平和の象徴、No.1ヒーローだろうに。

「守ってもらってあれだけど――――しっかりなさい!」

 酷い言い草だ。でもだめだ。あなたは光でいなくてはならない。負けたらいけない。負けたら、このお姉さんも私も、あなたも、生きて帰れない。
 私は身体に鞭打ってまたお姉さんを動けなくしている残骸の解体を始める。一刻も早く、ここから立ち去らないと、いつまでも邪魔になる。

「負けないで…」

 お姉さんが叫ぶ。

「オールマイト、お願い――――救けて」

 あともう少し。奥の方へ手を伸ばし、触れて解体していく。崩して、壊して、足が自由になって。

「ヒーローは守るものが多いんだよAFO!」

 指を鳴らしてお姉さんを建物から引っこ抜く。今だ、と白衣ごと彼女を抱きかかえて戦場から離れる。走って走って、転げそうになったところをエンデヴァーに掬い上げられる。

「っ!」
「下がってろ」

 エンデヴァーから別のヒーローに受け渡される。お姉さんを引き渡し、次いで駆け付けたヒーロー達の1人に支えられる。

「――――だから負けないんだよ」

 戦場を振り返って聞こえたその声は、確かに平和の象徴だった。




 そして、戦いは平和の象徴の勝利に終わった。

 その象徴の終焉と引き換えに。

 大きすぎる代償だった。


ターニングポイント


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