それは突然だった。
『成実!休みが取れたの!旅行行こ!』
高校時代から友人をしている医者、見抜透子から前振りもなく旅行に誘われた。カレンダーを確認すれば学校の授業がない時期であったので、有休を消化するにはちょうど良かった。故に私は声をかけられて数分後には校長にお伺いを立てていた。私も私だ。
『あのー、2日ほど休みをいただいてもいいですか?』
『うん!いいよ!』
『えっ早』
『楽しんでおいで』
なんてこったい、即決で許可が下りた。校長も校長だった。それからはサラサラと有給届を出して流れるように決裁され、
『旅行に行きます!』
『いつ』
『先輩が林間合宿を過ごしている間です!』
『誰と』
『現時点で透子ちゃんです!』
『そうか』
そんな会話を相澤先輩と交わして数日後の休日。
「お買い物♪お買い物♪」
「ネタが古い」
「母が最近歌っていたのに?!」
「佐倉家の時間軸やべえな」
何十年前のCMだ、と突っ込みを貰いながら自動ドアを通過して建物の中へと入る。
私たちは郊外のショッピングモールに来ていた。私は旅行の準備、相澤先輩は林間学校の準備で必要なものが出てきたので、デートも兼ねて一緒に来たわけだが、私たちデートで買い物ばかりしていないだろうか。…まあ、そんなものか。
なお、今回も先輩は髪を結っている。私がその髪型を気に入っていると気づいたらしい。正直心拍数は上がる。悔しいが白旗をあげてひとり万歳を叫ぶしかなくなるあたり、私は非常にちょろい女だと思う。
「今日は何を買うんだ」
「まずは眼鏡を」
「眼鏡?」
はい、と返事をしながらエスカレーターに乗る。目的地は3階だ。
「最近とんと視力が落ちまして…テスト作ってるときから、ちょっと見えにくいなーとは思っていたんですけど、疲労が取れても変化なし。これは完全に視力低下ってやつですよね」
「そうだな。状態によっては作っておいた方がいい」
専門店へ到着し、店員さんに状況を説明する。簡易的に視力検査をしてもらい、車の免許更新の時に困ると言われたので眼鏡の作成を決めた。視力を測り、店内を巡ってフレームを吟味する。そうは言っても、あまり迷うことなく形は絞られる。
「これ、どうですか?」
「合理的なデザインは好きだ」
「カタチ決定です!」
あとは色だ。どうしようかな〜とカラフルなフレームを眺めていると、横から手が迷いなく伸ばされる。肩を叩かれ、横を向けば選ばれたフレームが私の顔にかけられた。
「!」
「この色は良く似合う」
先輩が笑う。顔に熱が集まるのがよくわかる。
ほら見てみろ、と促され、ぎこちない動きでなんとか鏡をのぞき込めば真っ赤な頬をした私の顔が、先輩の選んだ色の眼鏡をかけていても違和感なく映る。
「……これにします」
なんだかかなり気恥ずかしいが、これがいいのでそのまま注文。購入に成功した。
しばらく時間がかかるといわれたので帰りに取りに来ることにして店を出る。行く先に次々と現れる店の中をきょろきょろと眺めながら歩いていると、
「危ねえぞ」
「え、うわっ」
寄せられる。反応する間もなく真横を正面から人が駆け抜けていく。
何だ、と周囲を見渡すと、血相変えて彼を追いかけていく警備員の姿。事件だ。ヒーローを呼べという声はしないが…万引きだ、という声がした気がする。
「平気か?」
「あ…りがとうございます」
声をかけられてはっとする。よくよく自分の状況を確認すれば、左肩相澤先輩の胸、右肩相澤先輩の手、つまりはリア充ムーブメント…?!
ときめきと恥ずかしさの熱で茹でダコになりそうなのをなんとか冷ましながら、すすっ…と先輩から距離を取るべく平行移動しようとして、
「じゃあまだあああ!!!」
「万引き犯だ、捕まえてくれ!」
先ほどの人が後ろに警備員を引き連れてこちらに走ってくることに気付いた。暴れる空間を生み出すために先輩を突き飛ばす。申し訳ない。そして軸足を踏み込み、流れるように走ってきた犯人を引っ掴み、流れるまま地面に投げる。
「ぐわっ――――誰だオメー!」
「非番なので名乗りません!」
中学の授業で習った柔道が火を吹く。地面へ投げつけつつも頭を打たないように相手の腕を引っ張っておいたので意識は刈り取れない。抵抗してひっくり返ったところに腕をねじり上げて固め、動きを止める。
「観念なさい!」
「いでででででで」
「成実、手伝うか?」
「それより警備員さん連れてきてほしい…です!」
先輩が完全に傍観者となる中(確かに手の出しようは無い)、警備員さんがやって来たのでなんとか自分が制御しきれるうちに拘束してもらう。そして私だけバックヤードへついていくことになり、話をいくらか聞かれている間に警察が来て、私は少しの拘束時間で役目は終わったと解放される。
「佐倉さん、ご協力ありがとうございました」
「後はよろしくお願いします」
そうして表へ帰ってきた。買い物袋をいくらか引っ提げた相澤先輩が手を振ってくれる。どうやら自分の用事を済ませてきたらしい。
「眼鏡だ」
「ありがとうございます」
ついでに眼鏡を回収してくれたらしい。とても助かる。先輩チョイスの眼鏡をかけると、視界がいつもよりクリアに見える。……先輩がカッコよく見えたので外した。
「何故外す」
「さーて洋服洋服〜」
残りの買い物を済ませて、ショッピングモールを後にした。
2人で帰路を辿る。混雑の中、はぐれる予定もないのにはぐれない様にと、ちゃっかり手を繋ぐ。
「今回も事件に巻き込まれるとか私たちのデートに平穏が足りなさすぎでは?」
「……『近接格闘の"佐倉"』、久々に見た」
「やめてください」
突然始まった高校時代の話に思わず真顔になる。先輩が楽しそうだ。
「場外ラインぎりぎりのタイミングで、自分よりガタイのいい男を投げ飛ばして判定勝ちしてたな」
「皆騒ぎすぎなんですよ。私、大したことしてない」
「ウチの体育祭において目に見える個性の使い方をしないでトーナメント戦を上位8人に食い込んでいく女子高生はおそらく他にいない」
「これから現れるかもしれないじゃないですか」
「今に至るまでいない、つまりお前が特殊だろ」
「ぐぬぬ…」
何も言えなくなって黙り込む。
いや、だってさ、しょうがないじゃん?個性を人に使うのが怖いんだったら物に使ってそこへ人を誘導するしかないっていうか、そもそも個性を全国規模で知られたくなかったというか。
まあ、過去の話だ。
未来の話をしよう。
「次は…もしかして先輩が林間学校から帰った後ですか?」
「意外と長いな」
指折りで会えない日数を数える。大した日数ではないが、雄英で働き始めてからはわりと毎日顔を合わせているので不思議な気分だ。
「お土産何がいいです?」
「い……食べ物」
「いらないって言おうとしましたね」
「一緒に食べられるものがいい」
「………」
酷いごまかしを聞いたので白い目で見ようとしたが、その後の発言に言葉が詰まる。そんなうちに解散場所へとたどり着き、立ち止まって一言。
「一緒に食べられるものだ。これについては非合理的でもいい」
顔が近くて頬を火照らせている間に、じゃあな、と背を向けられて解散されてしまった。先輩の耳が赤い。やはり、彼にとっても柄ではない行動をしてしまったらしかった。なんだ、可愛いじゃないですか。
「…成程、次はお家デートか」
恐らくそうだろう、と勝手に解釈する。だって、非合理的でもいいってことは鍋とかでもいいってことでしょう?先輩の食べる手間がちょっと面倒でもいいってことでしょう?
――――うわあ、ちょっと楽しみすぎて踊る。
とにかく、お土産は美味しいものだ。たくさん買い込んでこよう。
旅行に行く前から後のことを考えていることに笑ってしまった。考えている内容を透子ちゃんに知られるときっと怒られてしまうので、当日はちゃんと黙っておく。何はともあれ、楽しみだ。