後日。私は覚悟を決めた。
「おはようございます」
「おは――――成実ちゃん、その恰好!?」
職員室に入ると、その場にいたヒーローたちからの視線がザクザクと刺さる。睡先輩は驚きの表情をしたのは最初だけ、私の服装を観察し始めた。マイク先輩に至っては無言でしかも顎が落ちているのだが大丈夫だろうか。
「新コスチュームです。イメージは科学者、白衣が特徴ですね。この白衣、高校の同級生が開発してくれた特殊繊維で、かなりの攻撃を貫通することなく防いでくれる優れものなんですよ〜」
ゴーグルは従来のゴーグルと同じように固定できるタイプだが、見た目がスノーゴーグルから防護ゴーグルに近いものとなった。機能はアップデートされたにもかかわらずコンパクトに搭載しているため軽くていい。白衣の下は一見普通なスクエアネックのデザインブラウスに膝丈タイトスカート、黒タイツ。どれもヒーローコスチュームで使う素材で作られた伸縮性吸湿放熱その他諸々が優秀な私服に見えるヒーローウエアだ。そして、やはり白衣にもウエアにも、企業秘密のポケットを装備しているのでどこからでも道具が出てくる。また、アンバランスではあるが手袋とショートブーツはごつい。ここら辺は仕込まないといけないのでそういう仕様にしてもらった。優秀なサポート器具製作者はどんなわがままも叶えてくれるのでこれからも崇拝して生きていきたい。
「どうです?マッドなサイエンティストになれそうでしょ?」
「社会科教師なのにサイエンティスト」
「情報過多だな」
先輩たちが思い思いの感想を述べていく中、後ろから声がかかる。
「過多と言うか錯綜だろ最早」
背後から現れた相澤先輩はそう言って、自分の座席に着く。おはようございます、と挨拶すれば、いつもの様におはよう、と挨拶を返される。それを切欠にいつもの日常を開始しようとして、睡先輩が違うでしょ!!!と叫ぶので私は固まる。
「そうじゃないわよ成実ちゃん!ちょっとイレイザーも何か言いなさい!」
あ、違うってそういうことですね?――――くだらない現実逃避の間に、相澤先輩はこちらを向いて一言。
「お前、公表するのか」
私の返事も短い。
「はい」
「そうか。お前なら大丈夫だろ」
それっきり、相澤先輩は仕事を始めた。私も仕事を始めようとして、そうじゃないと睡先輩とマイク先輩に肩を引っ掴まれる。
「佐倉ちゃん、マジでどうしたんだよ?!」
「そうよ!あれだけ徹底していたのにどうしたの!」
「…いろいろ考えて、結論を出したんですけど――――私と、エルセロムを結びつけることにします」
安堵やら心配やら綯い交ぜにした複雑すぎる表情を見せる2人に、私は今日何回言ったか分からなくなるほど言うことになるテンプレートの第1回目を言う。
「国立雄英高校ヒーロー科教師、プロヒーローのエルセロムです。皆さん、改めてよろしくお願いします」
とりあえず、朝から睡先輩とマイク先輩には泣かれた。
仕事終わり、私は定時と共に退勤した相澤先輩を捕まえた。何様だ…?と睨まれたのを無視して、おそらくその睨み以上にゲッソリしているであろう表情で、残りわずかな精神力で言葉を吐き出す。
「酒……酒を………」
「……うちに来るか?」
「お願いします…」
1日勇気を振り絞って生活したのだ、精神安定剤が欲しい。
そんなことでスーパーに寄り、食事と酒を買い込んでいく。麦焼酎、芋焼酎、日本酒、果実酒、とにかく酒。私があまりにも酒ばかり買うからか、相澤先輩が珍しく自発的に食事を買い込んでいる。すごい。
相澤先輩の家に着くや否や、
「まだ酒に手は出すなよ。準備してやるから座ってろ。酒には手を付けるなよ」
「1と3が同じです」
強制的に着席させられた。疲れていたので私も大人しく従った。誰かが来る気配も誰かを呼んでいる気配も無いので、ああ2人だけか、と疲れ切った脳で考える。
「…で、何で突然お前は公表する気になったんだ?」
ガサガサ等物音がするキッチンから、相澤先輩の声が聞こえる。
「もう大丈夫だと思ったので」
「そうか。――――『お前なら大丈夫だろ』」
買ってきた食材を切ったり混ぜたりしただけの簡単な、それでいて完璧なおつまみがやってくる。グラスを受け取り、各々好きな酒を注ぐ。
「では、乾杯」「かんぱーい」
2人だけの祝宴。長い付き合いだが、酒がある状態は初めてだ。
「お前、ほどほどにしろよ」
「疲れたんですー」
こっこっこっ…とひたすら酒を飲み、合間に食べ物を詰める。おいしい。私の個性が着実にアルコールを摂取した端から解体していくので全く酔わない。酒=ノンアルコールドリンクであることが私限定で成立する瞬間である。
「先輩、前も言ってくださいましたよね。『お前なら大丈夫だろ』って」
「ああ、言った。お前が教師をすると言った時に」
「嬉しかったです。そして、今もこうして大丈夫でいられているので、きっと今回も大丈夫だと思います。先輩がそう言ってくださいましたから」
「単純だな」
酒を飲む。今度は正真正銘の酒を。
私は、今までずっと言いたくて、言えなかったことを言う。
「先輩が、わたしを褒めてくれたこと、わたしを肯定してくれたこと、わたしの背中を押してくれたこと…全部、覚えているんです」
「お前…酔ってるだろ」
「酔ってなどいません。知っているでしょう、私が体内のアルコールを個性で一瞬にして解体できることくらい」
「………ああ」
息を吸う。言葉を発する。
「私はあなたが大好きです。この世の誰よりも、私にはあなたがいいように見えるんです」
言い切って、グラスに残る酒を全て煽った。そうして恥ずかしくなって沈黙すると、突如先輩が目元を手で覆って俯く。
「?!」
「………あー…お前、昔から状況が整うと電光石火・猪突猛進だよな…」
「え?」
「昔から『あー何か抱えてんだろうなー、踏ん切りつくまではなー』って待つだけ待って、状況が整ったように見えたから言ってやろうと思ったらこのザマ。前は雄英での教職にでも誘ってやろうかと思ったら職場に来るし、今回は俺から言おうと思って場を整えたら先に言われた。どうなってんだよお前」
「何言ってるんです先輩…?」
酒のせいか先輩がやたら饒舌。あと前はって何?昔って何?知らない情報がたくさんあるんですが。というか、え?何を言うんです?このままだと私、自惚れてしまうんですがそれは。
「俺もだよ、成実」
先輩が顔を上げてそう言った。顔が赤いなあ…って、え?――――思考が真っ白になる。そして。
「え」
言葉の意味を咀嚼した瞬間、心拍数が跳ね上がる。全身が熱い。待って待って、もしかして、先輩も私のことを大好きと言ってくれるんですか?本当?
「あと、お前がわざと酔ったことも知っている。このヘタレ」
「ぐっ…!」
ヘタレという言葉にぐうの音も出なくなっていると、唐突に視界が相澤先輩になる。言葉のままだ。視界が――――というか、えっと。
「これくらいは先手を打たせてもらうぞ」
「え、――――うわぁ」
ほのかに香るアルコールと唇から伝わる熱で、私はダメになった。