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 至急助けてほしい。
 ヒーローネットワークではなく、個人的な連絡機能を利用して私の端末に入った救援要請に、私は休日お構いなしに友人が修理してくれたコスチュームを身に纏って外へ飛び出した。彼の人がよこしたサイドキックの運転する車で移動し、到着するや否や車から飛び降りて連絡をよこした本人の元へ急ぐ。

「待たせたな、エンデヴァー」
「遅い」

 郊外の化学工場に私を呼び出したのはエンデヴァー。伊達に場数を踏んでいない彼から佐倉成実に救援要請が入るのは珍しい。それ故に私は急いでここまで来たのだ。実際、彼の顔は苛立ちと焦りに覆われていて、その隣に立つ警察の塚内さんも打つ手なしというような顔をしていて。

「どんな状況?」
「敵が立て籠もった先は化学薬品工場…劇薬やら、爆発したらシャレにならないものが山ほどある。容易に攻撃をかけられない」

――薬品…!

 なるほど、と思った。エンデヴァーには最悪の相性かもしれない。だが、私なら。

「時間さえあれば鎮圧できる」

 化学式さえ分かれば、薬品工場は私の独壇場になる。私の個性が真の意味で実力を発揮する素晴らしい場所。それをいろんな意味で理解しているから、エンデヴァーはわざわざ私を呼んだに違いなかった。

「…任せた。悔しいが、この現場なら誰よりも役に立つ"それなりの"個性だからな」

 実際そうだったらしい。ツンデレがいつもより軟化して素直になっている。
 私は薬品一覧の資料を受け取り、さらっと目を通してから必要な物資や態勢を整えるために、目上の二人へ指示を飛ばし始める。

「携帯型の酸素マスクを頂戴。あと、ここら辺にいる多数の人間を敷地外まで離脱させて」
「わかった」
「どこまで影響が出るかわからないから、もしもっと離脱区域を広げる必要があれば連絡する。あと塚内さんとエンデヴァー、どうか、今回のことで私のことはすべて握りつぶしてほしい」
「お前またそんなことを…!!!」
「仕方ないだろう」

 殴りかかる代わりという勢いで炎の威力を倍増させたエンデヴァーを、塚内さんが止めに入ってくれる。勇者だなあ。

「私の個性が知れたら困る。――悪用されたら、1人2人じゃ済まない」

 私の言葉に、エンデヴァーがギロリと睨みつけてくる。

「まさか1人で行く気か?!」
「はい、当然でしょう」
「お前、頼れる人の1人や2人いないのか」
「エンデヴァーも塚内さんも頼りにしてますよ?」
「多分そういう意味ではないんじゃないか…?」

 エンデヴァーが怒気を纏い、塚内さんがまあまあ、となだめるような光景をぼんやりと見ていると、急に見覚えのある捕縛武器が見えて、

「まあ待てよ」
「いっ?!痛い痛い!――イレイザーヘッド!本当に頭無くなるから!」

頭をギチギチ締め上げられる。めちゃんこ痛い!!

「俺がついていきます。それでいいでしょう」
「は?!――お前誰だ」
「息子さんの担任をしている者です」
「頼れる先輩のイレイザーヘッドです」

 エンデヴァーに紹介している間に拘束道具が緩められ、ギチギチという恐ろしい音は消えていったので一安心した。手で触れてもちゃんと頭は形を残している。ああ、よかった。

「てかなんで先輩ここにいるんですか?ストーカーですか?」
「さっきから現場にいた。様子見をしていたらお前が出てきた」

 道理でお早い到着。うるせえ。そんなくだらないやり取りをする私たちを見て、エンデヴァーが珍しく呆れるような、それでいて口元の緩んだ微妙な表情を見せる。

「…エルセロム、お前友達とかいたんだな」
「失礼な…まあいいです、行ってきます」

 そんな間に準備が整い、相澤先輩にも予備の酸素マスクを渡して現場へ向かう。その足を、エンデヴァーの声が止める。

「…エルセロム」
「?」
「気をつけろよ」
「はい。ありがとうございます」

 さっきとは違い、炎はとても穏やかに揺れる。私がゴーグルとネックウォーマーの下で微笑んだのを、彼は確かにとらえたようだった。






「さて、何から始めるんだ?」

 工場の窓ガラスをこっそり分解し、音もたてずに現場へ侵入した私たちは、隠密にしては堂々過ぎる足取りで中を進んでいく。まあヒーローだしそこはいいことにしたいよね。
 本当は、敵の気配も敵が何かした様子もないだけなのだが。

「とりあえず会敵して倒して拘束して、途中で危険性の高い薬品を見つければ分解しておくべきですよね…」
「そうだな」

 イレイザーヘッドを先頭に歩き、私はリストを見ながらどのように分解していくか目星をつけていく。劇物が多く、それを利用されている可能性を考えると私はほぼ解体専門になるのだろう。例えば、急に甘い香りがしてきた今の現状とか、近くにある二人程度の人の気配とか。

「エルセロム」
「誰かが爆発物を持っていますね、しかも現地生産」
「そうか、なら目の前にいるぞ」

 そういわれて目線を上げると、確かに通路をふさぐように立つでっぷり太った人間がいた。服装やこちらに敵対する意思を持っている様子から確実に敵であり、その敵は手からするすると何かを作り上げている。

「やあ、ヒーロー。こんな危険な場所にたった二人しかよこさないなんて、しかも無名じゃないか――なめてんのかコルア!!!」
「悪いがヒーローも暇じゃあないんでね」

 先輩が戦闘に入る。その間私はというと、よく喋る敵からやたら甘い匂いが漂うこと、若干痩せ始めた敵から生産されたものがどうやら脂肪を使っていることを分析する。ならば簡単な話だ。

「イレイザー、離れて」
「喰らえセルライトラッシュ!」

 割り込んで敵を掴み、個性を使う。さすれば、でっぷり太った敵と生産物は気体と黒い粉を撒き散らしながら瞬時に細り、倒れる。イレイザーヘッドはふう、と息をつき、ゴーグルを下げずに私に視線を向ける。

「この一瞬で無力化の上、ダイエットまで成功させるとは」

 理屈は?こちらからはゴーグルで見えづらい目で睨みつけながらそう伝えてくる。どうせわかっているのだろうと言えば、想像の通りの行動を彼はとった。

「敵はセルライトを使っているようだったな。想像つくのは、有り余る脂肪を爆薬として使われるニトログリセリンに変換する個性。お前はそれをグリセリンにして、そこからさらに水と窒素にしたというとこか」
「はい。水素と窒素と酸素をニトロから元に戻してあげれば、残る化学式は炭素、水素、酸素で構成される。うまくやれば、炭素と水になる」

 水は気化させた。では、残りの炭素は何に使うか。私はポケットからゴキブリ駆除用のホウ酸ダンゴを取り出し、

「炭素とホウ素で炭化ホウ素」

 サァと音を立てて構築された不透明の物体は、分厚くドーム状となって私たちを覆う。そのおかげで遠方から放たれた攻撃はドームに当たって分散していき、見事中の人間を守りきった。なお、炭化ホウ素はダイヤモンドに次ぐ硬度を持ち、防弾チョッキ等に利用されている。

「どんな攻撃も、硬い壁には勝てない」
「成る程」

「っひい!」

 悲鳴を上げて逃げ始める何かの個性を持った敵の位置を視界に収める。即座に炭化ホウ素を分解していけば、半壊したドームから飛び出したイレイザーヘッドの個性が敵の個性を無力化し、イレイザーヘッド本人が殴って意識を刈り取る。

「……何で社会科教員やってるんだか」

 化学の教員でもやってろよ、と呟く声が聞こえたので返事を返す。

「歴史や公民の方が楽しかったですし、それに私数学と物理、英語ができないので嫌でも文系になるしかなかったんですよね」

 いい隠れ蓑にはなりました。そうは言わず、炭化ホウ素から出来上がった黒鉛とホウ酸ダンゴをミラクルポケット(企業秘密)に詰める。余った炭素は先ほどのセルライトを変換したときに発生した酸素と結合させて二酸化炭素にして空気中に放出した。あとは植物の諸君、頼んだ。

 そんなこんなで遭遇する少ない敵を倒して進み、現在地は工場の半分を進んだところ。どうやら敵の数は少なく、練度も少ない――エンデヴァーの言うようなザコの集団らしいが、これではほぼ素人だ。
 そんな奴らがなぜ、わざわざ化学工場なんかを陣取ろうと思ったのか。薬品が欲しかったのかもしれないが、今まで見てきた様子だと、何かを作った形跡も、触った形跡もないのだ。だが、次に制圧しようとしているのはこの工場でも一番大きい部屋だ。多分、そこに何かがある。
 
「ドラ〇エみたい」
「…何の話だ」
「次の部屋は大部屋です、ゲームならそこでボス戦ですよ」
「………行くぞ」
「すみませんふざけました怒らないで」

 バカバカしい、と踵を返した様子を見ると、彼は何も感じていないらしい。
 なら、私が感じるこの違和感は、ただの杞憂なのだろうか。


気づく幸せ、気づかない幸せ


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