×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

 12年前の5月、体育祭日和の晴天。外は真っ青な空の広がる中、私といえば屋内、リカバリーガールの出張保健室で膝を抱えて座り、外を映すモニターを見ていた。そこに映るのは一年のトーナメント戦。本当なら、私もそこにいたのだけれど、私は、佐倉成実は棄権した。

「…みんな良いなぁ」
「だったら出ればよかったじゃないか」

 その通りだ。でも、

「………もしもの時が怖いんです」

 脳裏に映る血の記憶。私の個性が引き起こした大惨事。忘れることなく残ったそれは、私の身体をこわばらせ、冷や汗をかかせる。

「気持ちはわかるが、それでは前に進めないだろう」

 リカバリーガールの複雑そうな顔がこちらを見る。思わず顔ごとそらして床を見ながら、早く今日が終わることを祈った。その時、

「怪我治してもらえませんか」

ドアが開くや否や、そう言ってきた男子生徒。見た感じは高身長、何だか…小汚い感じ?そんな失礼なことを思っていたら、長い前髪の間から2つの目がギロリとこちらを見た。思わず肩が揺れる。怖い。

 リカバリーガールはあんたか、とつかつか歩み寄り、怪我の様子を見る。どうやら手の甲を切ったらしい。血が滲み出ているが、そこまでの怪我ではなさそうだ。実際そうだったらしく、リカバリーガールはくるりを彼に背を向ける。

「これくらいなら疲労してまで治さんでも平気だ。痛くないんだろう?」
「まあ浅く切っただけですし」

 彼女はぽすん、と自分の椅子に座る。そして、保健室のソファで膝を抱えていた私に杖を向ける。

「成実ちゃん、やったげな」
「ええ?!」

 我ながら情けない声が出る。それを無視してリカバリーガールは続ける。

「あくまで血液と空気を操作するだけだ。それに、相澤はあんたにとってちょうどいい個性を持ってる」
「………?」
「とにかくやってみい」

 膝を抱える腕を離して、彼の顔を見た。彼はやれるならやってくれ、と細い手を突き出してくる。怖いもの知らずなのかな…と思いつつ、その目がどこか試すような目をしていることにも気づく。期待してもらっているらしい。なら、その期待には応えねばならないだろう。私は地面に足の裏をつけ、立ち上がると彼に歩み寄る。そして、救急箱のもとに彼を連れて行き、近くの椅子に座らせる。

「失礼します」

 緊張しながら手を持ち上げ、表面に出てくる血液に対象を絞る。血漿の水分を酸素と水素に分解して気化させようと意識すれば、血液から水分が抜け、流れ出る血液は固形になって後続を堰き止める。適度なところで指を鳴らし、今度はアルコール脱脂綿に手を伸ばすと、流れた血液や汚れを拭いて落とす。そして最後に絆創膏を貼って、

「……………」

今度は酸素と水素で水を作り、その水分を皮膚に取り込ませることでどうやら今回のキズの一因となっている手の乾燥を改善。それから指を鳴らして終わり。いつの間にか詰まっていた息を吐き出す。

「で、出来ました」
「器用なもんだな……なんか肌の感じも違うし」
「乾燥してたので水分補給させました…あの、ハンドクリーム塗ったほうが良いですよ」
「面倒」
「うっ……」

 彼は立ち上がって踵を返そうとしたので、待って、と利用者記入用紙と鉛筆を突き出す。

「あ、あの、最後に名前とクラスの記入をお願いします」
「ん」

 すんなり受け取った彼はスラスラと項目を埋めていき、紙と鉛筆を私に返した。そして、まっすぐこちらを見下ろしてくると、ボソリと、しかしはっきりと言った。

「ありがとな」
「!」

 長い髪の中に埋もれた2つの目がこちらを見る。その目は優しさと強さを感じさせる、いかにも頼れる先輩らしい雰囲気。さっきの睨む目とは大違いだ。あまりの変化についていけなくてぼけっとしている間に、彼は保健室を出て行った。

「上手くできたじゃないか」

 ふくらはぎを杖で突かれる。右を見ればリカバリーガールがニコニコしてこちらを見ているので、私はとりあえず、

「どっと疲れた………」

 ため息をつき、椅子に崩れ落ちる。そりゃあ人に直接個性を使ったのは久々だし、暴発しないように配慮だらけだった。でも、上手くいった。ちょっと嬉しいかも。特に最後のあの視線はご褒美のように思えた。なんだかんだいい顔をしていらっしゃった…かも。

「彼、いい人でしたね」

 そう言ってリカバリーガールを見ると、彼女は珍しく驚きを前面に出して私を見た。しばらくたっぷり固まると、一頻り笑う。そんなおかしなことを言っただろうか…。

「………まあ、合理性を追求しすぎるのがキズだがね」

 でも悪い奴じゃないよ、と彼女は続けた。うん、そうだと思う。

ーーヒーロー科3年、相澤消太

 書いてもらった紙を見返し、名前と顔を心に刻むように覚える。なんだか不思議な感じ。今までにない高揚感が胸を埋めていて、顔がほてる。

 そういえば、彼の個性を聞かなかったな…。
 でも、同じ学校だからまたいつか会えるかも。

 その時に聞いてみよう、と次会える瞬間を楽しみに待つ私だった。

新入生と相澤先輩の体育祭


戻る