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 体育祭も終わったうららかな朝。体育祭で発見した生徒の様々な悩みやしがらみを分析しては頭の中でぐるぐると考えながら職場へ到着する。
 とりあえず、轟くんのほうはいい顔になった。もう少し様子を見て、声をかけてあげる必要があれば声をかけよう。お父さんのほうにはおとなしくしているよう圧力をね…。
 緑谷くんのあの異常なまでの他者への自己犠牲は少し悩まないとまずそうだ。どんなに有能な人間であろうと、仕事をすべて一人でやろうとすれば結局体調を崩して死ぬのだ。そうでなければ過労死なんて言葉は作られなかったはず。それが分からないと彼はいつまでも自分を犠牲にし続ける。
 そして爆豪くんのあの焦りの正体ももう少し観察して見抜かなくてはならないだろう。ヒーロー科ほど課題が山積しているとはどういうことなの……。
 ちなみに普通科は心操くんの様子見をしようかな、と思っているんで「おはよう」うわああああ!

「びっくりした……あ、おはようございます、相澤先輩。包帯取れたんですね」
「まあな。お前歩きながら考え事するのはいいが、もう少し周囲との意識は保てよ」

 現にお前、マイクのあのクソ五月蠅い挨拶を無視するってどんな集中力だ。そう言われて周囲を見渡せば確かに前方に肩を落としたマイク先輩が見えた。申し訳ないことをした気がする。後で飴か何かを献上して許してもらおう。そこまで考えて再び相澤先輩を見た時、どこか落ち着きのない様子に私は少し驚く。

「なあ、佐倉」
「何ですか先輩。なにか落ち着かないことでも」

 あー…、となんだか高校生のように言葉を詰まらせる。その様子も珍しくて、じっと観察していると、彼は顔ごと私からそらしながら爆弾発言を投下した。

「なにかして欲しいことないか。そうだな、プライベートで」

 は?え?

「――待って?!どういう風の吹き回し?!合理性狂いの相澤先輩にあるまじき発言!!!」

 あの!休日も平日の夜も合理的に生き抜く相澤先輩が!私のために!時間を取ろうとしているだなんてそんなこととても信じられない!

「やっぱりやめるか」

 私があんまりにも失礼なことを考えていたからか、そう言って取り消そうとしてきた先輩に私は平謝りした。そしてしばらく考えて、一つの結論を出す。

「………じゃあ、お買い物手伝ってください」
「それでいいのか」
「場所は湘南でお願いします」
「アバウトかよ…まあ、わかった。土曜日でいいか?」
「はっはい!!」

 そうしてまさかの相澤先輩とのデートのような予定が入った。
 もちろん、今日は仕事が仕事にならなかった。睡先輩に冷やかされた。



 やってきました当日。袖をまくって七分丈にしたおしゃれな空色のシャツ、ひざ下まである白のフレアスカート、紺色のパンプスといつもより気合を入れたつもりの恰好に青いリボンのカンカン帽を被って家を出た。髪はいつものようには結ばないでさらりと流してある。カンカン帽を被るのは日差しが強いのが苦手だからです。湘南って海のイメージだし、なんか日差し強そうじゃない?…ガキくさいと言われたら外すけど。まあとにかく、私は結構浮かれている。

 待ち合わせ場所の駅に着けばやはり相澤先輩は到着していた。いつものようにシンプルで合理的な格好をしているが、いつもと違うのはそれが部屋着やヒーローコスチュームではないというところ、さらに髪を後ろで束ねて、おさげをわっか状にゴムに通しているということで。

「……先輩、まともな私服もってらしたのですね、髪形も比較的まともです」
「シバくぞ」
「やめてくださいしんでしまいます」

 ご褒美にもならない。
 とりあえず店入るぞ、と言う相澤先輩に続いてショッピングモールへと突入した。私の欲しいものを聞いてきて、私がそれに店名とセットで答えると、じゃああっちか、とつかつか歩いて、それでいて私の歩幅に合わせて進んでいく。なんだかなあ、いつもと違って積極的な気がするんだよ…

「ペース崩れる…」
「何か言ったか」
「いいえ何も」

 地獄耳はいつも通りか。ちょっと安心した。
 それからはいたって普通に過ごした。買い物がてらいくつかの店を冷やかし、お昼には私にとっては物珍しいと感じたスウェーデン料理を食べ、日本とは違う味付けのミートボールに満足し、分量の多すぎるイモペーストと格闘する羽目になった。なんやかんや食事を終えればまた歩き始め、店を回るが、その間相澤先輩は一切寝袋も眠い疲れた帰りたいの言葉も持ち出さなかった。

 なんだか不思議、相澤先輩ではなくていつもより病的に静かなマイク先輩が私の相手をしてるんじゃないかとちょっと疑った。しかし突発的に英語が飛び出さないし、ちょっかいを出せば私服である以上捕縛道具を持ち出せない先輩はいつものように睨みつけてきたし、なにより――

BOOOOOM!!!!!!!!!!!

 突然の爆発音と不規則な振動。職業病か、私も先輩もとっさに周囲を確認し、ちょうど吹き抜けになっている三階から下を覗きこめば、一階で個性で暴れまわり、爆発音と煙や塵をまき散らしていく犯罪者の姿。しかも厄介なことに集団だ。蜘蛛の子を散らすように逃げていく一般人に対し、蜘蛛の子を散らすように展開した敵は店を荒らし、金目の物を奪っていく。時折一般人に手を出す輩がいるあたり、タチはかなり悪い。

「まずいですね」
「まじかよ…」

 行ってくる。そう言って荷物と私を置いて階下へと向かっていった。間違いなくイレイザーヘッドの捕縛道具をどこからか装備し、ゴムを解いてゴーグルをかけた彼はきっとヒーローとして敵の暴れまわる一階で敵を制圧するつもりなのだろう。だとしたら、私がやるべきことは一つしかない。

 今日一日で買い込んだ荷物など放り、あらかじめ貼り出されている避難経路を確認して、

「大丈夫ですか?立てます?けがしてないですか?」

パニックの中座り込んでしまった私と同じお客さんに声をかける。落ち着かない女性客に逃げるべき方向を伝え、けがをした人には内緒ですよ?と告げて、こっそり個性で処置をして近くの人に背負ってもらうなどして、逃げ遅れた人を回収しつつ避難経路を進む。途中でトイレも確認し、残っている人がいないかを確認しながらとりあえず二階へとたどり着いたとき、逃げ惑っていた人々が立ち止まっていることに気づく。

「どうしたのですか?」
「避難経路が使えないんだ!」
「そんな…なぜ」
「敵が足止めしちまってどうしようもならないらしい!」

 人混みをかき分けて避難経路の階段へ向かうと、倒れたヒーローと塗り壁のように階段を封鎖した敵がいた。どうやら一般人には直接手を下していないようだが、個性で作ったらしい弾丸が塗り壁ヴィラン(たった今命名した)の足元に転がっているあたり、ゴムのようにはじき返してしまうらしい。厄介だ。

「あの、すみません。通行の邪魔なので通していただけませんか?」

 ダメもとで聞いてみる。しかし、返ってきたのは想定通り、

「なぁに言ってんだよバーカ!!お前らには人質になってもらうんだよぉ!」

というクズみたいな輩が発しそうな(というか敵だし)言葉だった。むう、困った。

――個性が使えれば、こんな湿潤な塗り壁一瞬で乾燥させるのに…!!

 無理。今、私は佐倉成実だ。ヒーロー資格はあれど、エルセロムとは一線を画した存在のつもり。だから、ここで個性を使ってしまえば、私がそれであることが露呈してしまう。

『秘匿主義も度が過ぎると自分の首を締めるぞ?』

 エンデヴァーに言われた言葉が脳内を巡る。確かにその通りだったなあ。
 やっぱり、『あいあむエルセロム!』なんて言えばいいのかなあ。
 まあどうにかなる、と覚悟を決めて個性を使おうとして、

「使えない…!?」
「おい」

 なんだかデジャヴだなぁと感じる傍ら、振り向いた先のヒーローに奥底からの安堵と歓喜に声が震える。

「イレイザーヘッド、」
「何一般人が一丁前に戦おうとしてんだよ」

 彼はずかずか歩み寄ってくると私にあてた個性を解き、塗り壁ヴィランに使う。

「げっ!」
「やはり異形型では無かったか…」

 先ほどまでの封鎖がうそのよう、ただの人型に戻った元塗り壁は一瞬にして相澤先輩の捕縛道具の御用となり、人質になりかけた一般人が避難経路を進み始める。

「イレイザーヘッド、ありがとうございます」
「とりあえず任せておけ。――今日はお前に借りを返す日なんだからな」

 そう早口に言って再び制圧へ向かった彼をぼんやり見つめる。

――今、借りを返すと言った?

 お姉さん早く逃げないと!私が足をすくませたと勘違いしたほかの女性客に連れられて階段を駆け下りる間、私の思考は現実から離れて今までの記憶をたどる。

 いつだろう。
 私がイレイザーヘッドに礼を言われるようなことをしたことがあっただろうか。
 どちらかというといつも私が先輩に助けてもらって、気を遣ってもらってばかりなのに。

 そうやって外に出ても思いつかない私はひたすら思考にふけり、警察に事情を聴きたいと声をかけられたときにようやく現実へ帰り着いたが、答えはわからなかった。





 夜、帰路に就くにはふさわしい時間帯。

「先輩!」
「終わったか」

 警察の事情聴取から解放され、警察署の出入り口の自動ドアを抜けた私を先輩は外で待っていてくれたらしい。

「散々だったな。これ、回収してきた」
「まあ、仕方ありません。荷物ありがとうございます、仕事終わるの早いですね」

 先輩から荷物を受け取ろうとするが、伸ばした手をひょいと躱され、頭にはいつの間にかなくしたと思っていた帽子が被せられる。

「帰るぞ。解散するまでは持っててやる」
「……はい、…あの、帽子ありがとうございます」

 背を向けて駅へ歩き始めた先輩の横につき、顔を見上げるがぼさぼさの髪が邪魔して腹立たしい。これはホームについたら電車を待つ間にいろいろさせていただきたいものだ…そう我慢して改札を通り、ホームの空いている座席に二人で座った時にそれを実行する。

「相澤先輩」
「何だ」

「髪結ばせてください。――今日の私のお願い事聞いてくれる企画なんですよね?」
「……はあ」

 溜息を了承と受け取り、私は個性で先輩の髪を潤わせながら櫛を取り出して髪を梳く。朝と同じ髪形になるよう束ね、ゴムを要求すれば素直に差し出された。するすると結び、くるんと髪を通せば、私が先輩を横から見ても表情が分かるようになった。

「満足したか」
「まだまだこれからですよ」
「何だよ…」
「私、先輩に貸した覚えないです」
「何のことだ」
「言っていたではないですか。――今日は借りを返す日だと」
「……ああ、それか」

 お前聞いてないもんな。そう言って徐に伸ばされた手が私の左頬を擦るように撫でる。突然のスキンシップに驚き、しばらくカチコチに固まっていたが、少し感じる痛みにそこが体育祭前にけがをした部分だと思い至る。

「俺のせいでケガも無理もさせたからな。少しはお前に何か返してやらねえと」
「それは先輩のせいでは、」
「俺がもう少し有能なら得ることのなかった傷だ」

 ぴしゃりと言われて二の句が継げない。いつの間にか真っすぐこちらを見ていた瞳に気おされて、私は諦めて受け入れた。

「それで、あの言葉だったんですね」
「納得したか?」
「はい、それはとても」

 先輩の手が離れていくのを掴み、ちゃっかり個性で乾燥した肌を潤わせてから離す。

「お前なあ」
「嫌なら手入れすることです。――先輩、今日は事件に巻き込まれて散々ではありましたが、私としてはいいものを見れましたし満足しています」

 俺の紳士振りか?
 それもそうですが、 

「イレイザーヘッドのヒーロー活動を間近で見られるなんて、生徒以外はなかなかないじゃないですか。私の眼の前で活動する時はだいたい私も活動しないといけない状況ってことも多いですし」

 そう。久々にはっきり見たのだ。先輩がヒーローらしくかっこよく、けがもしない、安心してみていられる活動の姿。教鞭を執る者としてのヒーローではなく、ただのアングラ系ヒーローであるイレイザーヘッドがごくまれに見せる、日の目を見ながらの活動を見ることができたのだ。
 なんだか、高校の時に遠目に演習の様子を見ていた時のことを思い出したなあ。

「相澤先輩、ありがとうございます。いい一日でした」

 私が心底嬉しくてたまらないといわんばかりに笑うと、彼は珍しく素直に笑って、よかったと呟くように言った。


ああ、それはレアな光景


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