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 学校が再開となり、怪我をした相澤先輩と私も学校で仕事を再開する。相澤先輩は痛々しいミイラ男姿だ。…後遺症、重くないと良いけど。
 私はスーツで隠れる所はサポーターや包帯で固めてある。今日の夜、リカバリーガールに治して貰えば完治といったところか。そんなことを考えながら歩いていると、切島くんが私の名前を呼んで、芦戸さんや上鳴くんと一緒に駆けてくる。

「佐倉先生!もしかしてエルセロムですか?!」

ーーへ?

 今、エルセロムって言った?

「いや、違います」

 一瞬で背中に冷や汗が出始める。轟くんか?!それともエルセロムファンか?!
 当時ヒーロー科で三本指に入る学業成績だった私が瞬時に組み立てた完全無欠の言い訳を慎重に気を使って最大限誤解のない言葉で、努力家の少年と赤点間近の少年少女へ告げる。

「友達なのよ。あの日はたまたま雄英にお客さまとして来ててね、それであんな事件が起きたから速攻で助けに行ってくれたの」
「え、じゃあ緑谷達の前で相澤先生のこと先輩って呼んでたのも」
「私と一緒で雄英出身よ」
「そんなことがあるの…?」

 信じられん、という声音に何を言えばよいか次の選択肢を選び始めた脳内に、

「んなことがあるんだよ」

不機嫌そうな、くぐもった声が響く。これはもしや。

「げっ相澤先生!!」
「あら相澤先輩」

 想像の通りではあったが、一瞬エジプトのミイラに見えたのは許してほしい。

「佐倉もエルセロムも困った後輩だ。手を焼かせるし、非合理的だし」
「うっ…」

 心にぐっさり刺さりますね!えげつないね!
 そういっても真実なので否定ができない。いつまでも私の突っ走りやすいところは抑えられない時が多い。でも、そこを止めてくれるゆえに、どうしても頼ってしまう節もある。

「だが、優秀だった」
「!!」

 何ですかその落として上げるスタイル!!

「……なんか、先輩っていつまでも呼ぶ佐倉先生の気持ちがわかる気がする」

 芦戸さんが妙な納得を見せる。それは落としてから上げると喜ぶ私の性質を見抜いたうえで言っているのだろうか。だとしたら恥ずかしい。

「とりあえず早く教室戻れ、授業すんぞ」

 しっしっ、と追い払われ結局深いところまで聞くことなく去っていった生徒たちに安堵していると、あきれたような視線がグサグサと包帯の下から突き刺さる。

「ご迷惑をおかけしました…?」
「どう考えても疑問文じゃねぇだろ、肯定文にしろ」
「ご迷惑をおかけしました」

 それでよし、そう言ってため息をつく。

「もっと合理的に生きればいいものを。――ヒーロー名バラすとかな」
「それはちょっと恥ずかしいので」

 ……本当は羞恥心とかではない。
 個性とヒーロー名を、個性と私をイコールで結びたくないだけなのだ。

 過去の私が引き起こした事件と今の私を、結びつけたくないだけなのだ。

 至って冷静に、いつも通り誤魔化しの笑顔を浮かべた私は、一歩引いて話題を変える。

「次の授業名前決め大会ですよね。後で睡先輩たちと向かいます」
「……ああ」

 不服そうな先輩を残し、私は過去から逃げるように踵を返して職員室へと戻る。それを昔から呼び止めることも追いかけることもしない先輩に、私は結局甘えている。そしてそこを良いと思ってしまっている。
 私は先輩に、自分の都合の良い事ばかり押し付けているのかもしれない。だとしたら、私は相当嫌な奴だ。



 私の名前は生まれた時から佐倉成実だったわけではない。全く違う、別の名前があった。今の故郷は横浜だが、昔は全く違う場所に住んでいた。

 私は幼い時から個性を制御できた。いや、そうできるように訓練させられた。だから小学校に入るまでに個性で分子を操作する基本的なことはたやすくできたし、少し頑張れば分子から深入りした原子を操作する発展的なこともそれなりにできるようになっていた。
 それはすなわち、私は努力次第で何でも作ることができるということだった。例外は生命だけで、それ以外のものなら根気と知識さえあれば作れてしまう。生命は作れずとも、その器は作り上げることができてしまう。そんな個性を、ちょっと周囲より欲望の強い大人は利用しようと考えるのは当たり前のことで。幼い私がそうであることの異常に気づけないのも当たり前のことだったはずだ。私はあの日がなかったら、あの時の不調がなかったら、私は、私は――

 そこまで考えて、思考を追い出すように頭を振る。詰まった息を吐きだして、苦しい思いも息に乗せて呼吸を整える。私は×××ではないのだ、落ち着け。私には大好きな、今の名前がある。

「私の名前は、佐倉成実……」

 刷り込むように言う。私が今という場所から消え去ってしまうような、足元が崩れ去るような恐怖を拭い去るために。

私の名前は


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