泣きながら寝てしまったのか。アッシュが次に目を覚ましたのは夜中。体のだるさも消え、傷がある以外はそんなに普段と変わらない気がした。
ベッドから出て、履物を履かずにベランダへ出る。雲間から差し込む月明かりが心地よい。
こんなに落ち着いて月を見たのはいつ振りだろう。アッシュは月が好きだ。太陽の光はじりじりと肌を焼き付けて存在を体感させるが、月はそうではない。ひっそりと、しかし必ずそこにある、影のように存在する月が好きだった。
「おい、」
周囲が寝静まり、静けさが支配する世界に、別の気配と声が飛び込んできた。反射的に横を向くと、隣のベランダに20代前半くらいの男が立っている。アッシュは気付けなかった自分に驚きつつ、冷静に相手を観察した。黒髪に黒衣。黒ばっかりだな…ってそうじゃない。なかなか筋肉質な体つきをしている。武人なのは間違いない。
「そんな警戒してくれるな。俺はダリューン。叔父上…ヴァフリーズの甥で、ここに住んでいる。アッシュ…だったか?」
「ヴァフリーズ様の…失礼しました。私はアッシュ、行き倒れのところをヴァフリーズ様にお救い頂きました」
アッシュは頭を下げてお辞儀をする。その動作を完遂するまでの間に、ダリューンはアッシュの年の割に洗練された動きは武人のものであることを見抜いた。それと同時に、やはり持っていた武装は彼女のものなのだ、とも考える。
「そうか。アッシュ、武器は確認したか?一応手入れをしておいたのだが」
あ、忘れてた。そういうとアッシュは部屋の中へ戻り、細剣と弓を手に取る。そしてそれをベランダへ持ち出すと、弓を側に置いてから細剣を鞘から引き抜いて手に持つ。
「…こんなに綺麗だったんだ」
月明かりに輝く銀色の刀身。肩にかかるくらいの紺色の髪と月明かりで明るい赤に見える瞳が表面に映る。上品に光る剣の持ち手は同じ銀を使って作られており、青い金属で装飾されている。鞘は青緑色で、シンプルに作られている。アッシュは適当に奪ったものがこんな上物だとは知らなかったため、驚きで思わず口を開けた。
「それを知らずに使っていたのか。ーーまあ、元々汚れていてさらに休む間も無く使っていたら気づかないか」
弓も見てみろ、ダリューンが言えばアッシュは慣れた様子で剣を鞘に戻し、壁に立てかけた。そして弓を取り、袋を取り去って月明かりに照らしてはまた口をぽかんとした様子で開けた。
「それの材質はよくわからん。だがいい品であることに変わりはない。お前は年に見合わぬレベルでいい武装を持っている」
「…そうだったみたいですね」
緑色のボディに装飾はない。しかし、それが上質なものであることは一目瞭然だった。矢は普通のものなので特に感想はない。
「これからパルスで生活するなら、その武装は目立ちすぎる。だから、明日になったら普通の剣と弓を準備してやる。剣は細い方が良いのだな?」
「え、あ、…ありがとうございます。剣は細い物が良いです」
「分かった。では俺はそろそろ寝る。アッシュも早く休めよ」
手を振ってダリューンが自室の中へ戻っていく。アッシュはそれを見送った後、
「…おやすみなさい」
そう小さく言って自分も部屋に入った。武器を元あった場所に置いて履物を脱いでベッドに潜る。そして、先ほど気づいた新たな事実に心を踊らせる。
――そうだ、ダリューン様の言うとおりだ、ここはパルスなのだ。今まで気づかなかったが、自分にとって新しい生活が待っているのだ。旅をしようが、どこかに定住しようが、もう追われることも、縛られる事もない。
ちょっと嬉しくて、気分が上がっていたがあっという間に、意識は再び眠りについた。どうやら、身体はまだ疲れているようだ。