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「おはよう」

 同じ赤い瞳を見続けてもう3日目。

「おはようございます。――今日は馬じゃないんですね」
「殴るぞ」
「暴力反対です」

 私はだいぶ、彼に慣れたらしい。


 
 朝食を摂り、野営道具を片付けると馬で移動を開始する。アルスラーン様達と移動している時のような迂回や足止めは何らなく、非常にスムーズに移動ができる。しかも、警戒するべきは山賊だけという今までになく難易度の下がる移動だ。そうなれば、自然と口数も増える。たわいもない会話を続ける中、彼が一番反応したのはこれだった。

「ロタの歴史?は?お前知らねえの?」

 彼が驚きのあまり冷静さに事欠く表情をしたのはなかなか面白い。だが、話題としては笑っている場合ではないので、至極真面目に知ることを話す。

「ロタがパルスがある間に生まれた民族であること、ずっと流浪していたこと、私の祖先がそれは嫌だと100年位前にルシタニアに定住してそれ以来優秀な人材をルシタニア王宮や都市部に輩出しては外貨を稼いでいたことくらいしか知りません」
「ロタの伝統的宗教は?」
「……イアルダボート教?」
「………パルス出身なんだぞ?」
「はい…」

 参ったぞ、と彼が馬上で頭を抱えるのを横目に、知らぬものは知らぬと私は開き直る。しばらくしてため息とともに、彼は呟くように言った。

「………ロタは300年前に誕生した」
「え?そんな割と新しい民族なんですか」
「ああ、そうだ。元はただのパルス人の一族さ。その一族はたいてい目が赤くてな、しかもこの色味はなかなかいないから一目で同胞だとわかる。便利だな」
「はあ、なるほど…」

 それがなぜこんなことになるのか。続きを求めて彼を見れば、彼は遠くを――いつの間にかよく見えるような距離になったデマヴァント山を見つめながら、有名な詩吟を歌う。


  荒涼たるマザンダラーンの野に
  カイ・ホスローの王旗ひるがえれば
  邪悪なる蛇王の軍勢は逃げまどいぬ
  春雷におびえたる羊の群れのごとくに


「……英雄王が、蛇王を倒した」
「そう。それがきっかけで、俺たちは流浪する民族になった。何故一族で流浪するのか、しかも血が途絶えることを良しとしない理由すら分からない。普通、住む場所もないとなれば消えたくて仕方なくなったくらいしか思いつかないが、ロタは生き残ることを定められている。だから数は増えずとも、連綿と血も口承も文化も伝わっていく……ただ言えるのは、俺たちの祖先は決して蛇王の味方ではなかったこと、パルスを裏切らなかったってことだな。そうでなきゃ、祖先はかっ消えてただろうし」
「…………」
「今のお前に言えるのは、ここまでだな」
「どうして、」
「もう時間切れだ」

 彼が指をさした方向へ顔を向けると、ペシャワール城塞西の川が見えた。時間切れとは、私がパルスのイシュラーナに戻るという意味の事だったか。

 イシュラーナは立ち止まったシェゾの横に並び、フードを被ったまま頭を下げた。

「お陰でペシャワール付近にまで辿り着けました、本当にありがとうございます」
「良かったな。次は仲間とはぐれないようせいぜい気をつけて旅をしろよ」
「はい、気をつけます」

 シェゾがフードの下でなにやら表情を動かす。隠れて見えないが、多分笑っているのだろう。

「ほら、早く行け。俺はもう行かねばならぬから」
「そうですか……道中にはお気をつけください。――それでは」

 手綱を手繰ってヴィルミナを歩かせる。しばらくして振り返るとそこにはもう彼の姿はなかった。

「遠き先祖の同胞…いずれまた会うかもしれないな」

 そうルシタニア語で呟くと、イシュラーナは再び前を向いて道を進んだ。



 しばらく進んだとき、見慣れた3人――アルスラーン様と兄さん、ナルサスさん、エラムくん、ファランギースさん、ギーヴの姿を遠目に見た。向こうもこちらに気づいたようで、手を振ってくる。安堵と喜びでヴィルミナを走らせた。

「よかった!会えました!」

 馬から降り、殿下に握手をしてから、兄さんに抱き着く。砂と汗と血と金属と、様々なにおいが混じってよく分からないが、兄さんがちゃんと生きているという証拠だ。

「すまない、怖い思いをさせた」
「いいえ、さっきまで人と一緒でしたからそこまでは。殿下も皆さんも無事で何よりです」
「イシュラーナ様、その人というのは?」
「流浪の民の方が、ここまで案内してくれました」
「ふむ…ロタか。いつかお礼をしなければな」

 兄さんたちに事情を説明し、兄さんたちの事情も聴いてお互いに無事を喜ぶ。そして新人と思しき赤髪の女の子に声をかける。

「あの、初めましてですよね」
「うん!私はアルフリード、ナルサスの妻だよ!」
「…………」

 快活な声音でもたらされた情報の衝撃度合いに思わずフリーズしたのは仕方がないと言ってほしい。ナルサスさんの否定する声やエラムくんの怒声が聞こえるけど聞いてしまった情報の真偽は?え?

「イサラ、戻ってこい」
「…います…いますけど…え?ナルサスさんにお嫁さん?いや歳的には兄さんと一緒でもうお嫁さんいて良いんだけど…」
「頼むやめてくれイシュラーナ」

 兄さんに懇願されて復旧した私は、その要因となったアルフリードさんに声をかけられる。

「それより名前を教えておくれよ!イサラちゃん?イシュラーナちゃん?」
「あ、…えっと。私の名前はイシュラーナ。私の義父の甥がダリューン兄さんです」
「イシュラーナね!」
「は、はい」

 よろしくね!と握手を交わし、エラムくんと論争を始める変わり身の早さに私は追いつけない。一人でうんうんと状況を整理していると、隣で兄さんがくすくす笑う。

「お前の周りにはいたことのないタイプだな」
「はい…少々びっくりしました」
「世界は広いってやつだ」
「そうですね」

 知らない事が山ほど有る。それを痛感しながら、私は復旧した頭で思いついたことを兄さんに伝える。

「兄さん、私は早くお義姉様が欲しいです。優しくて気立ての良い方がいいですね」
「………勘弁してくれ…」

 くすくす笑っていた顔からげんなりした顔へ早変わりする兄さんを見て、今度は私が笑う。そうして久々の会話をした私たちは移動をするために馬に乗り、落とされた橋の代替経路を探すのであった。


再会を願えば


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