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 翌朝、目覚めた私は視界いっぱいに見覚えのない馬の顔を見た。

「シェゾさんが馬に……これは悪い夢だ」
「ざけんな、俺はここだ」

 視点をそらすと仏頂面でこちらをにらむ赤目黒髪の男。ああ、ちゃんと昨日の救世主はここにいた。落ち着いた私は腹筋だけでさくっと起き上がると、馬の頭を撫でてやる。怯えないあたり、恐ろしく人懐こい。ただ、顔が強面すぎる。身に纏った雰囲気も飼いならされた馬特有の穏やかさはなく、どちらかというと抜身の剣のような鋭さがある。間違いなく、これは野生馬なのではなかろうか。

「馬……ってか野生馬ですか。どうしたんですか」
「拾った」

「は」

 もう一回言ってくださいます?
 拾った。

 同じやり取りをもう一度して、全く聞き間違いでも何でもないことを認識する。認識して――

「嘘待って信じられない、野生馬なのに?」
「そこはロタ300年の歴史な」

私は頭を抱えた。




 馬であったりすでに支度されていた朝食であったり、いろいろ聞きたいことは山積していたが、時間もない私たちは朝食後、目的地へ向かって歩き始めた。魔法で姿を認識されない私たちの移動は非常に簡単なもので、つい最近までの行軍と比べたら圧倒的な速さで道程を進んでいる。

「イシュラーナ」
「はい」
「お前、何があってパルスに来た」

 ついに聞かれたか、と思った。彼はあまり彼の情報を話したがらないが、それはルシタニアにいるはずの私が一人でパルスにいること、そして本当なら私はルシタニア王宮に仕えているところがパルス王宮に仕えているーー正確にはアルスラーン殿下に仕えていることがなぜなのか把握できないからだろう。

 土地を持たないロタは従来、容易に他者を信じられない。ただ、認められれば血のつながりがなくとも受け入れる流浪の民。本来の流れを汲んでいるほうに育った彼はきっとそうなのだ。だとしたら、私はうまく彼に説明しないと信頼も情報も得られない、というわけだ。

「髪色と宗教観が気に入らない親に殺されそうになって逃げて義理の父となる人に拾われて連れて行ってもらった先がパルスでした」
「虐待か」
「――っ、」

 こうも的確に撃ち抜くか。しかも、容赦がない。
 無意識のうちに首をすくめる。震える体を抱きしめて、自分の示した反応に困惑していると、フードの上からガシガシと頭を乱暴に撫でられる。荒々しくもどこか温かい何かを感じるその手に、荒々しく波打った感情が少し鎮まる。ああ、なんだか心地いい。不思議。

「生かされる理由は従順とその頭の素質だけだったらしいな。――定住した奴らのよくやることさ。しかし、ルシタニアのロタは紺の髪の意味を忘れたのか…?ロタの言語のように…?」
「…どういうことですか?」
「紺の髪は深い意味を持つ。――その意味は、お前が自分で知るべき内容だ。俺は知らないし、仮に知っていても言うことはできない」
「………」
「で、拾われてからどうだった」

 続きを話せ、という要求に、私は素直に答える。

「私を、イシュラーナを育ててくれたのはヴァフリーズ老とダリューン卿です。彼らは当たり前のように私を娘、従妹と位置付けて、私に衣食住とほしいものを与えてくれて、本当の家族のように育ててくれました。――いえ、きっと、本当に家族だったと思います。泣いても、笑っても、怒っても、楽しくても、彼らはいつだってそばにいて、私の感情を受け止めてくれて、共有してくれて、良い事は褒めてくれるし、間違いは叱ってくれる。血のつながる家族にはなかった様々なことが、血のつながらない彼らとは当たり前のようにあった」
 
 今二人はそばにいないけれど、それでも幸せな記憶は身体が温まる。思い出した寂しさや悲しさもあるけれど、それでも、私は確かに幸せだと思い出せる。

「それに、いい主君にも出会いました。アルスラーン様は部下を大切にします。生まれも身分も関係なく。おごることなく自分を磨いて、守られるだけでなく守れるように努力する。差別主義者でもないので、誰に対しても上から接することはないです。そうですね、例えるなら止まり木、でしょうか。きっと彼が正しきことを学び、考え、行動するようになったら、きっと後世に残る王となるのだと私は本気で思っています」

 それに私にとっては大切な友人でもあるのです、と付け加えのようで一番大切なことを言う。そうしてシェゾを見上げれば、彼はフードの中で口角を上げたのが分かった。

「そうか。……お前は自分で選んで、今の状況にあるのか」

 先ほどまでとは違う種類の穏やかさを持つ深紅の瞳が、驚く私を映す。

「文句無しだ」

 そう言って、彼は私の頭を再度ガシガシと撫でた。乱暴でもやさしさのあるその動作は、まるで別行動でペシャワールへ向かっているであろう義従兄と似通ったものがある、と思ったのは内緒だ。




 日も沈み、今日の移動を終了した私たちは野宿の支度をした。ロタのテントの張り方を教わり、ロタがあちこちに作っているという洞窟を利用した貯蔵庫の一つへ案内され、物資を少々いただいて夕食にした。
 今日の夕食はキノコと魚を葉で包んで蒸し焼きにしたもの、それから、やたら薄く焼かれて硬くなった穀類の香りがする板。昨日より落ち着いたせいか、テンションも味も普通に感じられる。

「かなり西側の、北の国の、えっと確か、クリスプ・ブレッド」
「そうだ。携帯食にしてる。――定住しても知識は桁外れだな」

 パルスから行くにはルシタニアやその向こうよりも遠く、それこそたどり着けるかわからないほど離れた場所にある国、確か海賊の国の主食であったはずだ。それがなぜ、ここにあるのか――それは目前にいるこの男、もとい家族や属する集団が少なくともかなり西側に行ったことがあるということに他ならない。はるか遠くといわれるところまで行商してみせるその行動力、そしてこちらまで帰還するその気力・体力はいったいどこから来るのだろう。そんなものは、私のいた賢者の里、もとい定住者のロタ達にはないものだ。ただ、動かずして手に入れられるものは何が何でも手にしたが。

「これは古い書物で私が勝手に手に入れたものです。お金になる知識はいつでも最新ですし、村人全員が知っていましたけれど古い知識はハズレ者の私しか知らないかもしれません」
「ふむ……そうか、だから流浪の技術は失われたわけだな」

 クリスプ・ブレッドを割るように噛み切って、咀嚼しながらも静かに顔を上げる。そうして見えた凪いだ深紅は私ではなく、私の後ろで草を食べているであろう馬たちを見つめていた。

「馬を拾ってくるのは流浪するうえで欠かせない技術だ。特に戦の時代には調教馬が逃げて野生化したりするんだよ。それを見つけて飼いならしてロタは生きているからこんなの朝飯前だ。まあ、あいつは本当に野生に近いが…お前の住むところでは、必要のないものだったんだろう」

 そうなのか、とただ思う。
 確かに、彼の持つランプも、テントも、私が知るよりも広い外界から手に入れたものや知識の集合体だ。それは、私が外に出ないから、定住してしまった先祖の娘だから手に入れられないものなのはよく理解ができた。
 そうならば、と思ってしまった。

「あなたは、流浪する民は、私の紺色を嫌わないのですか」
「…俺たちは、その意味を分かっているからな。分かっているものは、怖くない」

 やはりそうか。
 私の知らない、私の真実も、彼や彼の同胞はよく知っているのだ。
 彼は私を紺色というだけで差別をしない。差別が生まれる理由はいつだって、相手を怖がったり、さげすんだり、嫌うことにあるが、その要因は相手を理解できないからだ。理解があれば、そんなことは起こらない。
 私のいた場所は、知識に固執はしても、理解には欠けていたように思う。

「……ルシタニアのロタとはえらい違いですね。私もそっちに生まれたら幸せだったのかしら」
「さあな。永遠に定住しないなりの苦労はある。だがまあ、定住を決めたロターー賢者の里は知識で食ってきた。その歴史があるからお前はそこまで知識に困らない生活が出来ているのを忘れるな。あと、こっちに生まれてたらこうしてルシタニアに仲間と追われる生活をしていなかったことも考えてから次は言え」

「………はい、そうします」

 忘れてはいけない。そう言われた。
 そうならば、きっと、私の今は大切にしてもいい、大切にされてもいいものなのだ。
 そこには知識も理解もあると、そういうことなのだろう。

 こじつけのようでしかない。でも、私はそれで納得してしまった。そうして、

「目がもうくっつきそうだ。ほら寝ろ。明日は早いぞ」
「はい。…おやすみなさい」

幸せな気持ちで今日は眠れる。


黒の髪、紺の髪


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