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「#切ない」のBL小説を読む
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 夜も深まる時間帯。イシュラーナの耳はドアの向こう、廊下が騒がしくなったのを捉えた。聞こえるのはホディールと殿下の声。ホディールは狼狽し、殿下は怒っているように聞こえる。

 そろそろか、とファランギースとともにのそのそ布団から這い出たイシュラーナは伸びを1つ。そして手早く剣と弓を装備し、フードを被り、馬に積む緑の弓と銀の剣は手に持った。

 そうしばらくしないうちに、号令がかかる。

「ダリューン!イサラ!ナルサス!ギーヴ!ファランギース!エラム!起きてくれ!すぐにこの城を出る!!」

 ファランギースと互いに顔を見合い、ドアを開ける。そして外に出れば皆生き生きとした顔ーー兄さんは完全にお怒りモードだがーーをしていた。お怒りモードの兄さんは横目でホディール…豪奢な金の鎧をつけた彼を睨みつけると一言言った。

「このような場所に長居は無用と存じます」

 とてもかっこいい。決まってます。イシュラーナは内心、拍手喝采で褒めまくっていたのだが、

「いい女もあんまりいないしね」

というギーヴの一言でそのテンションは一気に急降下した。その様子を見てか、隣に立っていたエラムくんがホディールに背を向けて立ち去るときにこちらを横目に苦笑いしたのは見逃さなかった。

 とにかく殿下が出て行くと仰ったので、と一行はつかつか外へ歩く。各々馬を出し、荷物を積んで馬に跨る。

「ヴィルミナごめんね、起こしたね」

 そうぼそりと呟けば、気にするなとでも言うようにブルブル首を振ったイシュラーナの愛馬。イシュラーナがフードの中で微笑んだその横では、ホディールが忠義面だの邪な道だの、悪人だのうるさい。…だんだん腹が立ってきた。今すぐにでも弓で射殺そうか…など、物騒なことを考え出した私は大分怒っているようだ。落ち着かねば。

「無用の疑いを招いたのは我が身の不徳…もはやお止めはいたしません、せめて殿下の御乗馬のくつわを我が部下に取らせましょう」

 先ほどの態度から反転したホディールはそう言って部下をよこした。しかし彼らが殿下の馬のくつわを取らせる前に、

「王太子殿下に近付くに短剣を隠し持つとはどういうことか。それとも、この土地ではこれが王侯に対する礼儀とでも言うか?」

 異常に気付いていたファランギースとギーヴがすでに行動を取っていた。行かせた部下を斬られ、顔を怒りに歪めたホディールは自前の兵に守られながら後ろを見て弓兵に号令をかける。しかしそれもナルサスの策の範疇、エラムによってすでに弦は切られているので仕事にならない。

 思うように進まず荒れ狂うホディールに、ナルサスは門を開けるよう告げる。ファランギースの指摘、ギーヴの的確な防衛、ナルサスの策、ダリューン兄妹の睨み、そして殿下の怒り。あくまでも城主、それだけの賢さがあるホディールなら、ここで素直に通してくれれば良い方…というのが予測にはあったが、現実は甘くない。

「!」

 諦めの悪いホディールの視線の先で火が消される。一瞬にして闇夜と同化した景色の中、敵が動く。

「王太子を捕らえろ!!」
「この闇に乗じて押し包め!!」

 敵となったパルス兵の槍や剣がターゲットーー殿下に向け突き出される。そこへ馬に跨ったイシュラーナが飛ぶように割り込み、

「私はわりかし夜目が利くようでしてね、あなた方の行動はよく見える」

 剣を抜きざまに斬りつけ、兵の手から得物を強引に落とす。

「イサラ!」
「御無事そうでなによりです。ーーアルスラーン殿下に手を出そうなど…万死に値します」

 赤い目で睨み付ければ、彼らは恐怖で身をすくませる。
 そんなに恐れなくたって食って殺すわけではないのですーー無礼がなければ。
 だって彼らは私たちと同じパルス国民ですものーー無礼がなければ。

 まあ、

「無礼なことをしたら罰が下るのは当然」

そう言って容赦なく切り捨てた。私の背後からやってくる剣は殿下が弾き躱してくれたので、礼を言って護衛を継続しつつ遊撃に回る。そうして時間を稼ぎ、

「お前たちの主人は死んだ!!」

 兄さんのその一声で、敵は降伏した。

「殿下、なんともありませんか」
「大丈夫。ありがとう、イサラ」
「いえ、私も助けられました。ありがとうございます」

 戦意を喪失した兵士たちを横目に、さてこれからどうするか…と頭を回す。とりあえずここを出て、その後は何処に向かうべきか。北?それとも東?
 いつの間にかつむっていた目を開ける。すると殿下が私に背を向けて進んでいるのが見えた。確かその先にあるのはーー奴隷小屋。

ーーまさか!

「殿下!」

 だめ、とイシュラーナが続けようとした矢先、それはナルサスに遮られる。複雑そうな表情の彼を見て、口を噤む。

「…誰にとて、直接体験しなければわからないことは山ほどある。今回は、そういう時だ」
「……ナルサスさんは体験したんですね、この先を」
「ああ。ーー俺にも若い時はあった」
「…わかりました」

 殿下のことは追いかけたダリューンに任せ、イシュラーナは馬上から地面に降りて矢や剣を補充する。そして、再度ヴィルミナに跨ると先を行き始めたナルサスやファランギース達についていく。

 殿下は案内役となった兵士に従って城塞内を進んでいく。一番後ろに続いているので彼の小さな背中を見ているのだが、先が読めている身としては彼の自信ありげなその背中は直視するには苦しい気持ちがする。 そうしているうちに目的地へたどり着き、家だというのに外から鍵がかかっている牢獄のような扉を殿下が開放する。少し前でエラムが心配そうな顔でナルサスさんを見ているのが視界に入り、もっと前ではいつ出るかとタイミングを見計らう兄さんが見えた。

 殿下が扉を開けた。声を掛けた。

 静けさは怒号で修羅場へと変わった。

「イシュラーナ、エラム、行くぞ」

 ナルサスさんの一声で暴徒と化した奴隷達から逃げるべく、馬の速力を最速まで上げる。信頼はしているがやはり不安で後ろを振り返り、状況を確認する。

「兄さん!」
「大丈夫だ。このまま城を出よう」

 殿下の馬は、と周囲を見渡すとギーヴさんがすでに手綱を握っており、腹は立つが流石だと思う。
 怨念と悲哀の叫びを背中に、私たちはカシャーン城塞を後にした。

正しきは何ぞ


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