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 しばらく後、夜も深まる頃。
 会食を終え、ホディールに連れられ皆で廊下を歩く。兄さんの横に並んで歩いていると、右腕を肘で軽く突かれた。ん、と右上を見上げると、兄さんの不安そうな目線と合う。なので、笑みを浮かべて何も問題ないことを表情で伝える。どうやら、さっきの異変に気づいていたらしい。

ーーやっぱりもっと鍛えねば…

 自分はまだまだだと実感しながら、前を行くホディールを見る。太った体に豪奢な格好…よほど財力があるのだろうが、それだったらもっと別のところにお金を使えばいいのに、と内心でつぶやく。
 父さんは血の繋がらない私のためにお金を使ってくれたし、世の中には孤児がたくさんいるのだから彼らに使ったりとか考えないのか、と思う。だって、今を背負うのは大人かもしれないが、将来を背負うのは子供なのだ。子供が育たなければ国の未来はないことが、きっとわかっていない。でもそれは多分この国全体に言えることではあるのだろうがそれでも、やっぱり………

「さあさあ、皆様にお部屋をご用意いたしましたのでお休み下され」

 思考を分断する声に、兄さんが左手を上げて拒絶を示す。

「私は部屋はいりません。毛布を一枚拝借したい、殿下の寝室の扉の前で休ませていただきますゆえ」
「そんな…!!」

 ホディールが右手を上げる。どうしてもそうしないでほしいのだろうか、疲れた人に廊下はなどと続けるのを見る。思うところがありナルサスさんを見上げれば彼も様子見の表情。やはり同じことを思っていそうだ。

 結局、譲らない兄さんから殿下を奪い取ったホディールの思うままに部屋へと案内された。

「まともな寝床ですよ!嬉しくて仕方ない!」
「気持ちはわかるが、少し仕込みくらいはしておかねばな」

 不満だらけだが、それでも悲しいかな、ふわふわな寝床があるのはうれしくてたまらない。
 彼女が傍目から見ても気分上々な様子に溢れまくっている一方、冷静なファランギースは器に水を入れて机に置き、自身は椅子に座る。そして興味津々そうに見るイシュラーナを横に、水面が落ち着いたのを見計らって水晶笛を吹く。精霊を呼び寄せるらしい、とイシュラーナは理解したので、おとなしく座ってその様子を見ることにした。

「…水面が」

 何もしていないのに水面が波打つ。どこか激しい何かを孕むような荒れ具合に不安を覚える。しかしそれは彼女も同じだったようで。

「……よくない雲行きじゃの」
「なるほど。仕込みだけはきっちりしたほうが良さげですね」

 イシュラーナは荷物の中から一振りの剣を取る。それは銀に青い装飾がなされた、過去と今を繋ぐ鍵。

ーーあまりいい気持ちはしないな

 そうごちつつ、鞘から剣を取り出す。かなりの年月ほっておいたのに、兄さんに磨かれて以来相変わらず、異様な鋭さと輝きを持っているそれ。まるで何かから力を吸い取っているかのように、古いものにもかかわらずくたびれていない。まさか、本当に何かを吸っていたりして…なんて。

 イシュラーナが一人苦笑いすると、ファランギースはガタリと落ち着きなく立ち上がりこちらを見る。その顔は珍しく焦りを感じるもので、イシュラーナは驚く。

「…おぬし、」
「え?」

 しかしすぐに私の意識は窓へ向く。何か気配を感じたためだ。立ち上がると一言、

「ファランギースさん、何か外にいませんか」

 そう言って窓へ向かう。私は剣を構え、後から来たファランギースが窓を開ければ、格好つけた色男ないしは変態が窓辺に座ってキラキラしていた。

「精霊が窓から足を出せとささやいておる」
「待て待て待てファランギース殿」

 イシュラーナも止めてくれ、と言われたがあからさまに耳を塞いで聞こえないふりをする。ファランギースさんに褒められた。嬉しい。

「何用じゃ?」
「軍師殿から伝言だ」
「ならば入口扉から入って来ればよかろう」
「窓から色男が入ってきたほうが趣があるだろう?」
「うむ、味わいがあるな」

 ファランギースさんとギーヴが漫才を繰り広げる間にイシュラーナはローブを着て紺の髪を隠し、外の様子を窺い見る。兵が動き回る姿がちらほら…どころか軍を動かしている状況。なにかざわざわと会話をなしているようだが、生憎こちらにはざわめき以外聞こえない。だがこのタイミングというのを考えると、ホディールはこれから、私たちを亡き者にするつもりなのだろう。殿下に私たちが奸臣になるとでも言うのだろうか。まあとにかく、だ。

「…これはこれは、わかりやすいですね」

 イシュラーナは溜息をついた。



 その後、ギーヴから作戦を伝えられたので、イシュラーナたちはほぼフル装備で布団の中に入ることになった。イシュラーナとともに寝たふりを実行しているファランギースは、先ほどの光景ーー自分だけが見ることのできたその光景を思い浮かべる。

ーーあれは間違いなく、あの剣とイシュラーナに精霊が集まっていた…

 ファランギースの目に見えたものは、この世では訓練した者しか使役することはできないであろう精霊が、無条件に彼女と手に持った剣に集まっていく瞬間だった。その時の彼女は苦笑いをしていたが、精霊が集まってきたことに苦笑した様では無かった。また先ほどの精霊の呼び出しに水を通してしか存在を理解できていない様だったので、彼女には見えていなかったのだろう。しかし、あの光景は見える者にとっては神々しくも、恐ろしくもある光景であった。

ーー彼女は…

 ファランギースが昔読んだ古い文献の一ページ、紺の髪の男についての内容を思い出す。誰も読んだことのなさそうな、忘れ去られた文献に書いてあったそれは、紺の髪を持つ人間について書かれたものだった様に思う。かなり昔に読んだので忘れてしまっていることを悔やみつつ、まさかな、と一人内心でつぶやいた。

 もう考え事はやめだ、とファランギースは思考を霧散させる。心を落ち着かせ、殿下の命令はまだか、とそんなことを考えながら時間を潰す。しかし、彼女にはどうしても一抹の不安だけが残った。

不穏なれば不安も生ずる


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