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次に目覚めた時、私はベッドの上にいた。体がだるくて重たい。自力で身を起こすのを早々に諦め、簡単に動かせた腕で自分の状態がどうなっているのか探る。
 
 まず服が変わっている。当たり前か。そして右脚の太ももに包帯が巻かれている。あとは正直手だけではわからない。
 
 そんな感じでごそごそとやっていると、人の気配を感じる。私は警戒しながら赤い目で周囲を見渡し、部屋の入り口とそこから入ってくる女の人を見つけた。彼女はこちらを見て小さく笑うと、私の体を起こしてくれた。

「よかった、目が覚めましたね」

 何日も眠っていたのですよ、と言いながら水差しを渡してくれる。私は素直にそれで水を飲み、一息入れる。そして、気を張り詰めたまま先ほどの観察の続きを始める。

 私の服は簡素な女物の服に変わっている。もとはルシタニアの庶民服を着ていたのだが、今着ているのは国が変わったかのように全く違う服だ。
 次に、周囲を見渡した。この屋敷は大きいようで、私にあてがわれているであろうこの部屋もかなりの広さを持つ。洒落た感じも出ていて、どうやら裕福な暮らしをしているとみる。
 最後に、私の横にある武器。細剣は掃除してもらったようで、古ぼけた黒っぽい色から銀色になっている。弓はなぜか細身の袋に入れられていて、中身が見えなくなっているので後で確認する。

 なんとなく落ち着いて、横に座る女の人を見る。すると彼女は笑って、主を呼んでまいります、と立ち上がって部屋を出て行った。どうやら使用人のようだ。しばらくしないうちに再び人の気配が近づいてきて、初老の男が入ってきた。鍛え上げられた体に、厳かな騎士の風格。私は自分の記憶を必死に手繰り寄せ、最後の記憶を呼び戻さんとする。逃げていたことと、ルシタニア国境で倒れたことは思い出したが、相手が誰なのか思い出すことは全くできなかった。

「目覚めたか。調子はどうだ」
「…問題ありません。あの、ここがどこだかお聞きしてもよろしいですか?」
「うむ。ここはパルス王国、王都エクバターナだ」
「………え?」

 私は思わず口を開けた。最後の記憶はルシタニア国境だ。パルスにいるのはわかるが、何故王都にいるのだ。

「かなりの日数寝込んでいたから、その間にエクバターナの自宅に運ばせてもらった。あそこに一人放置していたら今頃盗賊か野生動物の餌食になっていただろうな」
「うわ…ありがとうございます。助かりました」

 どうやら目前の男は命の恩人らしい。私は張りつめた気を解くことはしないものの、素直に頭を下げて礼を言った。顔を上げると、男が若干顔を緩ませた様子でいるのを捉えた。

「?」
「お主、名前は何だ。私はヴァフリーズという」
「アッシュ、といいます」
「そうか。…アッシュ、とりあえず事情を聞かせてはくれぬか」


 アッシュは顔を俯かせた。そしてそんな自分に驚いた。何の意志もなく体が起こした反射的な行動に戸惑いながら、どこか落ち着いた部分で自分の身の上を話すか否か、話してもどこからどうやってまとめるかを考えた。しばらく沈黙してから、アッシュは顔を上げて話し出す。

「私は、両親に殺されかけていました。理由は簡単です。私が異端者だから」

 淡々と、何の感情もこもらない声が部屋に響く。

「私はルシタニアの南にある小さな集落に生まれました。紺色の髪に深紅の瞳…見た目が人と違う私は周囲の人だけでなく、両親からも距離を置かれる存在でした。ただ、”勉学や武術を人並み以上にこなせる娘”の部分だけは嫌いでなかったようです。私は毎日、勉強と訓練で時間をつぶすかのように生活していました。

しかし、二か月前にその生活は終わりました。異端者の疑いをかけられたからです。

私は前々からイアルダボートの教えに違和感を感じながら過ごしていました。父も母も熱心なイアルダボート教徒でしたので、毎日のように説話やら教えやらを聞かされるのですが、イアルダボートの教えが唯一だとかそういう事を聞くたびにどこか納得いかないのです。そしてある日、なんとなく聞いてしまいました。

『何故、イアルダボート神は同じように神を信じている他宗教を排除したがるのでしょうか。人にも様々な考えがあり、それを認めなくては日常生活は回らない。なのに、なぜそれが宗教では通用しないのでしょう』

言ってから失敗に気付きました。両親は目の色を変え、私を殴りつけました。そして、異端者と叫んでは子供であるはずの私に暴力を振るい始めました。その日から、すべてが変わってしまった」

 アッシュは一息ついて、ちらりとヴァフリーズの様子をうかがう。彼がただじっと、黙ってアッシュを見ながら続きを促している。アッシュは続けた。

「異端者、悪魔の子。いろいろなことを言われ、石を投げられたり、殴られたり蹴られたり…伊達に武術をやっていたわけではないので、必死に急所をかわしながら耐えていましたが、本能で命の危険を感じた時、私はついに逃げ出しました。

親にばれないように衣服を整えた後、まず集落の武器庫に入り、汚れてはいましたがなかなかに上物の弓と剣を奪いました。そして追っ手を殺しながらルシタニア国境まで逃げました。その間に傷を負い、体力・気力ともに限界を迎えた時、ちょうどヴァフリーズ様に助けていただいたのです。これが、ヴァフリーズ様と出会う前の私です」

 アッシュは息を吐き、吸った。一人で逃亡の旅をしていた間、誰かと喋るということをほとんどしなかったために結構体力を消費する。話の間に腕を組んだヴァフリーズは、それを解きながらアッシュに問いかける。

「お主…食事はどうしていたのだ」
「森が主な逃走経路でしたので、現地調達でなんとか」
「水は」
「川がありましたので」
「………恐ろしい娘だ」

 ふっ、と息を吐きながらヴァフリーズが笑うのが見えた。アッシュはなぜ笑ったのか理解できずに固まっていると、急に頭がずしりと重くなる。

「よく頑張った」

 ヴァフリーズの大きく骨ばった手が頭を撫でていた。そして、ぎこちない動きで抱きしめられる。

「もう無理はしなくていい――辛かっただろうに」

 アッシュは身体だけでなく、乾燥した心のどこかに水があふれるのを感じた。張りつめた気とこわばった体が解けていくのがわかる。自分が安堵したのだ、と理解するときには、逃亡生活で一度も出ることのなかった涙がこぼれていた。

「今は休め。お主には休養が要る、身体だけでなく心のもな」

 赤い瞳がうるみ、涙があふれて落ちる。大人びた態度に見合わぬ、幼さの残る顔が歪む。

 アッシュは、ついに声をあげて泣き出した。
 


目覚める―昼


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