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「#切ない」のBL小説を読む
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「カーラーン殿…この策に気付けないとは、よほど焦っていらっしゃるのでしょう」

 アルスラーンから離れた場所、草木に紛れるところでヴィルミナを背後に待たせ、弓を構えたイシュラーナ。フードの中から深紅の目が見るのは、松明を持った兵士の首。キリキリと弓を引く摩擦音が聞こえる静寂の中、

「アルスラーンだ!」

遂に敵が目標に気づいた。イシュラーナはそれを合図に、

「撃ちます」

 一人呟いて右手から矢を離す。するとそれは吸い込まれるように狙い通りの位置へ進み、敵の首を撃ち抜いた。

「1人」

 手を休めず、次の矢をつがえる。松明を持つ兵士はまだ何人もいる。

「2人」

「3人」

「おっと、4人」

 アルスラーンが撃ち損ねた、崖を駆け上がる敵に矢を放ち、彼を奈落の底へ撃ち落とす。

「さてさて5人」

「6人」

 だいぶ松明を持つ人間が減ったので、イシュラーナはナルサスから事前にうけた指示通り、灯りを持つ人間を撃つのをやめて崖を登りかけている馬を撃ち始める。

「7」
「8」
「9」

 そうこうしている間に、カーラーンが崖を登り始めたのを見た。もちろんそれを見越していた、むしろそうなるよう仕向けたナルサスの策の一環だ。彼には聞きたいことがあるとの共通見解なので、彼に矢を当てないよう配慮し、それでいて確実に敵兵を撃ち落としていく。時折ナルサスや見知らぬ男ーどうやら味方のように見えるーが敵を翻弄するために射程内に入ってくるのを気をつけながら。

「10人」

あと2本、

「11、12」

おわり。イシュラーナは立ち上がると矢をしまい、背後に待機させていたヴィルミナに跨る。そして、細剣を抜き放ってヴィルミナを走らせた。向かう先は崖が多少ゆるくなる場所を経由して、いつの間にか真っ暗になった崖下。散々暗い場所から狙撃したので、さすがに目は暗闇に慣れて敵兵をはっきりと認識できる。

「ダリューンだ!ダリューンが来るぞ!」

 エラムの敵を惑わす声が響く。それを合図に、今や黒衣の女騎士となったイシュラーナが崖を駆け降りる。

――ここの崖ならここらへんで一番緩い角度だからいけるだろうとか言われたけどやっぱりすごい怖いですナルサスさん!

 フードの中で涙目になりながら、何とか今までの教育で鍛えられた馬術をフル活用して安定を保つ。そして、やっとの思いで崖を下りきったところで、ヴィルミナを今度は山道の下りに沿って走らせる。そして兵士が目前に迫ったところで、エラムの叫びに合わせて飛んだ。

「……だ、ダリューンだぁぁぁあ!!」

 足元、飛び越えた兵士たちの怯えきった顔を見ながら、着地を成功させた。そして、踵を返すとそのまま敵兵の中へ突っ込む。怯えきった彼らは蜘蛛の子を散らすように遁走し始めた。

――名前聞くだけで逃げられるって、兄さんさすがですよ。さすおにだよホントもう…

 適当に剣を振り回しながら、蜘蛛の子を散らしまくる。敵とはいえ元はパルスの人間だ。散々撃ち抜いておいてあれだが――出来れば殺さないでおきたい。

「ひいっ!に、逃げろ!!」
「撤退だ!!!」

 散り散りになった蜘蛛の子たちは一目散に道を南下していく。もう立て直しのきかない遁走状態であると判断したイシュラーナはナルサスを見る。すると彼も満足そうに笑ってから、上を指差した。

「(殿下とダリューン、カーラーンの元へ行くぞ)」
「(はい)」

 ヴィルミナの手綱を手繰り、目的地を目指す。その時に、

「――気配を消しきれていませんね」

 イシュラーナは振り向きざまに弓を撃つ。それは見事旧パルス兵の目に当たり、彼は持っていた弓を落として目を押さえ、悲鳴をあげた。

――元は味方であったのに、

 悲しい気持ちを胸に抱えながら、イシュラーナは背を向けてヴィルミナを走らせ始めた。


 目的地に到着した時、すでにダリューンとカーラーンの決着はついていた。槍が折れた事故だったのか、カーラーンの喉元に刺さるのは彼の槍で。駆け寄ったナルサスとダリューンが顔を合わせ、驚いている現場に降り立つ。

「正統の王…だと…?」

 ナルサスとダリューンの驚きを把握したイシュラーナは納得する。

――やっぱりそうか…

『イサラ、お前に殿下はどう見える。国王夫妻のどちらに似て見える』

 彼女は思い出す、アトロパテネで死に別れる前、義父と話した内容を。強い風、強い西日の中、自分が弾き出した答えを。

『私は…どちらにも似ていないと思います。アルスラーン殿下の顔…特に耳と目は、どちらにも似ていない。目は瞳の色、形に関してはどちらとも。血がつながっていないと言われれば納得するほどに』

――私の答えは真実だったのですね、父さん

 無言で成り行きを見守りながら、今はもういない義父を思った。父さんが憂いていたのは、アルスラーン殿下の真実だったのだろうか。いや、そうなのだろう。もしかしたら、父さんは全てを知っていたのかもしれない。殿下はなんのために殿下となり、どこから来たのかも。

「死ぬなカーラーン!!生きよ!!」
「お主の命令は聞けぬ!!」

 アルスラーンの叫びに意識を戻した時、ごふっ、と血を吐いてカーラーンの身体から力が抜ける。

「カーラーン殿…」

 また1人、裏切り者とはいえパルスの勇将だった者が死んでいった。
 元味方として悲しむべきか、義父が死ぬきっかけを作ったとして恨むべきか。イシュラーナがどんな表情をするべきかわからないまま困っていると、ナルサスが顔を上げ、アルスラーンに報告する。

「アンドラゴラス王は生きておられるそうです」
「父上が!?」
「それ以外は残念ながら聞き出せませんでした」

 それを聞いたイシュラーナは内心喜ぶことが出来なかった。初めて王宮に仕えた日のあの態度、義従兄の"正しかった"進言を聞き入れずにあのような破滅に突き進んだこともあり、彼女にとっては充分信頼できない上司という認識になっていたから。

――ルシタニア産の油のことも…

 唇を噛んで俯く。信頼できないがゆえに言えず、破滅の片棒を担いだような思い。

――私があの時、処刑も覚悟で言っていたら、何か変わった?

 きっと何も変わらない。ただ無駄死にしただけだろう。そう思うようにしても、心の中は真っ黒で重たかった。

孤独な裏切り者は消えゆく


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