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「王都は完全にルシタニアに陥されておりました」
「父上は!?」
「アンドラゴラス王の行方は探りきれませんでしたが、カーラーンの部下も街の者も王がどこにいるのか知らぬようでした。カーラーンはアルスラーン殿下を捕らえようと兵を率いて城を出ました。千騎以上はいましたね」
「なんと…私を捕らえるために、いささか大袈裟ではないかな」

 報告を済ませたエラムは顔を洗うために桶の水を手ですくう。アルスラーンは、ナルサスを見て疑問に対する答えを求めた。だが、ナルサスはアルスラーンの横に立ち、ダリューンのそばで話を聞いていたイシュラーナを見た。

「さあ問題だイシュラーナ。――カーラーンは何故、大勢を引き連れて我々や殿下を捕らえようとするか」

「何故、ですか」

 少し暗かったイシュラーナの顔が生き生きとし始める。腕を組んで少しの間考えると、赤い瞳を輝かせた。

「アルスラーン殿下が、ルシタニア打倒の大義名分となるからですね?王族が自分の国を取り返す。それだけでルシタニアに従いたくない諸侯や人々を集められます」

「正解だ」

 ナルサスはクス、と笑うとアルスラーンを見る。イシュラーナも彼に倣ってアルスラーンを見ると、アルスラーンは腕を組み、片手を顎に当てて考え込む。

「カーラーンは私がここに隠れていることを知らないはずなのに、どうやって見つけ出すつもりなのだろう?」
「私が一刻も早く殿下を捉えようと思ったら――まず、どこか適当な村を襲って焼きます」

「村を焼く……!?」

「その先はいくつかの方法があります。村を焼き、村人を殺し、それを布告して殿下を脅迫するのがまずひとつ。殿下が出頭しないかぎり、次々と村を焼き、罪なき者を殺します。他にも色々ありますが……」
「まっ待て!カーラーンがそこまでするだろうか?あれでも彼は武人だ!」

「王と国を売った模範的な武人ですな」

 アルスラーンは沈黙した。困り、悲しみ、苦しむ顔でただ俯向くことしかできなかった。イシュラーナは、その様子をただ見ている。なぜなら、

――次の発言で、ナルサスさんは殿下の思考回路を把握するから…

 もしも彼が逃げることを選択したら、ナルサスが知恵を授けることも、手伝うことも、忠誠を誓うこともなくなる。だが、彼がナルサスの思うような人なら、ナルサスは持てる力を存分に発揮するだろう。

 間違いなく、殿下は自ら出向いていく。

 イシュラーナにとっては、また従兄にとっては分かりきったことだろう。だが、ナルサスには殿下がそういう人だということを把握しきれていないはずだ。だからこそ、イシュラーナは黙って見ることを選択した。従兄も同じ選択をしているらしい、口を挟むことは無い。

 外を風が吹いて行く。サワ、と木の葉を揺らす音が消えた時、ナルサス、とアルスラーンが口を開く。

「カーラーンがどこの村を襲うか分かるか」
「わかりますとも」
「どうやって?」
「彼の部隊が案内してくれます。後ろについていけばよろしい。そうなさいますか?」

 ナルサスに問われ、アルスラーンは意を決して立ち上がる。

「すぐに出る!鞍の用意を!」

 イシュラーナの方を向けば、

「そのようにいたしましょう、殿下」

彼女は満足そうな笑みを浮かべ、頭を下げた。



 手早く支度を終え、アルスラーンの早く、という声掛けもあって出発した一行。遠くにカーラーンの部隊を見ながら、のんびりと、しかし離れることなくついていく。殿を務めるダリューンが、気のおけない友人に向かって言った。

「これからどうするんだ?」
「そうだな…アルスラーン殿下」

「何だ?ナルサス」
「敵はかなり大勢です。そんな彼ら達と戦うとして、山岳地帯と平野部なら、私たち五人の戦場にどちらを選びますか?」
「えっと…山岳地帯だろう。狭いところにおびき寄せれば、身動きが取れづらい」
「正解です。では次にイシュラーナ」

 先頭を進んでいたイシュラーナが後ろを振り返る。フードの中から紺の髪がこぼれ、赤い瞳がナルサスを映す。

「はい」
「敵に冷静な判断を欠かせた上で山岳地帯におびき寄せるなら、どんな手段を使う?」

 なんだなんだ?と興味を示す顔から一転、真剣に物事を考えるときの顔に変化した。一回前を向き、馬上で器用に腕を組む。

「うーん…人数が多ければ分裂して片方が南で目立ってからこっそり北に向かった片割れと合流するってできますけど、五人ですから…」

 あー、わかりません。イシュラーナが組んだ腕を解いて後ろを再び向けば、ナルサスが苦笑しているのが見えた。ナルサスの斜め後ろではエラムが必死に何かを考えている。

「人数があればそれは正解だな。策の一つに入るだろう。ではエラム、どうだ」
「人を2人雇い、南に行くと言う者と北に行くと言う者を作れば良いのでは?で、北に行くと言う者に間違いなく有力な情報を握らせておく」
「惜しいな。2人では経費がかかりすぎる。それに、成功確率はその2人の人となりに左右するから不確定すぎる」
「…となると1人ですか。うーん…」

 イシュラーナは馬上でまた腕を組む。フードの下で真剣な表情を見せながら――と言っても見えないが――考え、悩む。エラムも同様で、必死に頭を回転させる。しばらくして声をあげたのは、

「ナルサス」
「何でしょう、アルスラーン殿下」

アルスラーンだった。

「1人の者に南へ行くと告げ、我々が北で商人などに姿を晒せばいいのではないか?」

「あ、」「あ!」

 エラムとイシュラーナが気づかなかったと言わんばかりにアルスラーンを見て、ナルサスを見た。すると、ナルサスは満足そうな顔をアルスラーンに見せて、正解です、と言う。

「満点回答は、"信用できない者を雇い、南へ向かうと告げる。そしてそやつが盗みを働いてダリューンに打ち据えられ、その者がカーラーンの元へ密告に行くよう仕向ける。カーラーンにナルサスの裏をかいたつもりで北に行くと判断させ、北における我々の目撃情報で裏づけさせて誘い込む"ですね」
「なるほど」
「さすがナルサス様です」
「意地悪ですねぇ。良いことです」

先生の発言に対し、三人の生徒は思い思いの感想を述べる。そこへ、ダリューンがほう、と言う。

「わかった。誘い込んだ後は、俺が蹴散らせばいいんだな?」

流石お兄様です。じゃなくて。イシュラーナが内心浮かんだ言葉を払いのけている間に、ナルサスが返事を返す。

「いや、お前にはカーラーンの相手をしてもらう。そして、殿下にはカーラーンを釣るための囮役をお頼みしたい」
「分かった」
「あ、ああ…」

 ダリューンが返事をし、アルスラーンが唾を飲み込む。エラムはナルサス様、と手を挙げた。

「私とイシュラーナ殿は物陰から狙撃したり、斬りこんだりといったところでしょうか」
「そうだ――いや、イシュラーナはちっと仕込みをしよう」
「え?」

 思わず口を半開きにしてナルサスを見れば、彼は意地悪く、楽しそうに言った。

「お主はダリューンの義理の従妹だ。だから、義理の従兄に与えられた肩書きをフルに活用しよう」

先生と生徒による馬上教室


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