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 私が殿下たちと再会して暫く後。

「あったよ浅瀬!」

 アルフリードの指の先、確かに存在した浅瀬。確かに渡れるが、現実はそんなに甘くない。

 ルシタニアの伏兵がこちらへと突っ込んでくる。案の定である。おまけに数が多い。

 しかも後方に、見知った顔が見える。

「アルスラーンは生かして捕らえろ!他のものは殺せ!!!」
「うわー…ザンデさんだ…」

 まだ懲りぬか、と兄さんが言うあたり、ここに至るまで何度も襲撃を受け、撃退したのだろう。倒しきっていないところは、兄さんの甘さか。

 そのようなことを考えながら、剣をすらりと抜く。

「もらった――――」
「あげません!」

 殿下の背中を狙った不届き者を容赦なく斬り捨て、私も戦闘を開始した。

 斬って、斬って、斬り続けて。

 それでも敵は多く、さらに兄さんが視界から消えた。釣りだされてしまったのかもしれない。かといって、それをどうすることもできないのは、圧倒的数の不利にある。

 だから私が捌ききれなかった私を狙う敵に背後を取られることは最早時間の問題で。

「イシュラーナ!後ろ!」

 一撃を貰う覚悟を決めたところに、殿下が割り込んでくる。

「!」

 それはだめ――――声に出すより早く、敵の右目が潰される。

 悲鳴を上げながら落馬していく敵兵を横目に、殿下が空を見上げる。つられて見上げれば、アズライールの姿。

 殿下の目が輝く。

「みんな!!キシュワードが近くにいる!!!援軍を連れて来てくれるぞ!!」

 その言葉に敵が動揺する。安堵にため息を吐くことよりも早く、高台に見覚えのある男とその軍勢を見つけた。

 見間違えることなどない。キシュワードさんだ!

「王太子殿下を守り参らせよ!!突撃!!!」

 なだれ込むパルスの軍勢に、敵が悲鳴を上げて潰走していく。ザンデさんの情けない言葉と共に消えていった敵の跡は散々だ。

「みんな無事か!」
「はい」

 一方の私たちは怪我もなく、疲労以外は問題もない。しかも、強力な味方と合流ができた。上々である。

「キシュワードさん!」
「イシュラーナ!」

ヴィルミナから飛ぶように降り、嬉しそうに駆け寄るイシュラーナの頭をフード越しにガシガシと撫でてくれる。ごつくて暖かいこの手は久々だ。思わず顔が緩む。

「お久しぶりです!」
「ああ、久しぶりだな!ーー音信不通になってから心配したぞ。殿下やダリューン殿もどこにいるか分からぬし…」
「ご心配をおかけしました。私は元気です。見ての通り、兄さんや殿下も」

 そう言った私の頬を拭いながら、キシュワードさんが微笑んだ。王宮で見た時と同じ笑顔に、あのころと変わらないものを見つけてホッとしてしまう。

 いつぶりか、たくさんの騎兵に囲まれて、私たちはやっとペシャワール城塞へたどり着く。

 そこは間違いなく、殿下にとって安全地帯だと思っていた。


 夜、ペシャワール城塞のとある一室。アルスラーン一行の大人組と、イシュラーナの五人で、輪になって座る。

「老バフマンの態度がどうも気になる」

 そう言ったのは、兄さん。

「俺の伯父といい、この国のお年寄りたちは若い者に隠し事をするのが好きでならぬらしい」

 彼にそう言わせるのは、アルスラーン様がペシャワール城塞に入城した際の、バフマンさんの態度にある。

 彼は殿下の無事を言葉上は歓迎した。しかし、その心はどうにも、中途半端なよう。

「どうしてよいのやら、自分でもわからなくなっておるように見えたがの…」

 一体何が彼を鈍らせるのか。その隠し事とやらは、父さんの悩み事に通じるのだろうか。

 あの西日の中誓った、殿下への忠誠を満足げに受け止めた義父を思い出し、少し心が寂しくなる。

「にしてもあれほどの宿将がどうして今更動揺しているのか、それが腑に落ちぬ」
「うむ…」

 私も兄さんも、そして殿下に付いてきた愉快な面子も、殿下に忠義を尽くすだろう。しかし、この城塞にいる人たちがどうなのかは分からない。

「変な方向に転がらないといいですが」

 私たちの会話を、ナルサスさんはただ静かに聞いていた。




 一方のアルスラーンは、城塞でも高い階層のある一室へ。

「キシュワード!」
「やはりおいでになりましたな、殿下」

 彼の目的は、キシュワードと彼の飼う鷹。

「今日はアズライールに助けられたよ。褒美を授ける!」

 持参した肉を鷹に与え、キシュワードと会話を続ける。

 鷹の兄弟の片割れが死んでしまったかもしれないこと。
 その片割れを預けていた元奴隷の部下も、おそらくそうかもしれないこと。
 さらにそこから、アルスラーンの奴隷解放の意思についても。

「私個人としては、異存がありません」

 しかし、キシュワードの色好い返事は他の諸侯とは反対のものだろう。ナルサスに指摘されていた内容を思い返し、なおアルスラーンは続ける。

「ルシタニア人を追い払って、パルスは全く元通りというわけにはいかないと思う」

 国をよくするにはどうするべきか。元奴隷の人間が生きていくのに必要なことは何か。

 旅の中で出会い、知ったことからたくさんのことを考えて、行って、失敗して、それでなお諦めることのない大きな夢。

「もし、私が父上をルシタニアの手から助け出して差し上げれば、それだけ私の発言力が強くなると思う」

 きっと、私の申し上げることを聞いてくださるだろう――――そうであると願いながら、アルスラーンは前へ進む。

 心の優しさを保ったまま、強い信念を得た王子は、自分の道を突き進む。


澪標と、それを守る人たち


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