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「#甘々」のBL小説を読む
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「とにかく仕方ない」

 人の気配が山を登ってくる。すでに目視できるとこまで近づいていることを見てとったナルサスは屋根裏へ三人を隠した。そして、素知らぬ顔でその気配を待っていた。
しばらくもしないうちに、ナルサスの邸宅に数名の男たちが押し入ってきた。ドアを開けたエラムを押しのけ、彼らのうちのリーダーと思しき人物が口を開く。

「先年までダイラムの領主であったナルサス卿…それに相違ありませんな?」
「今は一介の隠者に過ぎぬ」
「ナルサス卿ですな!?」
「左様。ナルサスに相違はないが…当方が名乗ったからにはそちらも身分を明らかにするべきではないかな?」

 ナルサスが鋭い目つきで相手を威嚇する。イシュラーナは木の板一枚を挟んだその下で行われていることを見ながら、この交渉は完全にナルサスへ傾いたことを感じた。凄い、と声が出そうになるのを押し殺しながら続きを見守る。

「……失礼いたした。我らはパルスの大将軍カーラーン様の麾下の者でござる」

『!!』

 屋根裏の三人は目を見張る。三人の記憶にある限り、アンドラゴラス王の時代の大将軍はヴァフリーズ一人だけだったからだ。

「エーラーン・カーラーンとは韻を踏んだ良き呼称ですな。しかし私が宮廷を退いた時、この国の大将軍はヴァフリーズ老であったが…老は引退でもなさったのか?」
「ヴァフリーズ老人は死んだ。ただし病死ではない。今頃あのしわ首は、エクバターナの城門の前に晒されてひび割れた口で城内の者どもに降伏をすすめておろうよ」

 その内容にダリューンの殺気が爆発する。空気を振動させ、三人を敵から隠している木の板がミシリと嫌な音を立てた。案の定、下にいる敵が何事かと騒ぐが、ナルサスの機転で救われた。

 ナルサスとカーラーンの部下との交渉の場は続く。しかし、イシュラーナの耳にその内容が入ってくることはない。

――父さんが、死んだ?

 呆然と木の板の向こうを見つめる。思考が止まり、頭は真っ白だ。悲しみや憎しみといった感情もなく、ただ何もできず座ることしかできなかった。



 イシュラーナがしばらく呆然としている間に、下では交渉が決裂した。敵を落とし穴に落としてから、準備されたハシゴで屋根裏から降りても、まだ彼女は何もできないでいる。

「………」

 アルスラーンが涙を流し、ダリューンが抑えきれぬ殺気をばらまく中、イシュラーナはひどく無反応だった。泣くこともなく、騒ぐこともなく、ただ佇むだけ。

「ナルサス様、朝食の用意が出来ておりますが」
「や!忘れていた。――先ずは腹ごしらえといこう」

 皆が席につく。イシュラーナも席に着き、出された食事を取った。

――だめだ、おいしくない。

 食事に味が感じられない。イシュラーナはスプーンを置いた。せっかくのエラムくんの料理なのに、と心のどこかで思うが、思考に感情が結びつかず、身体は地についているのにどこか浮いているような感覚が否めない。

――父さんにいつか置いていかれることは分かっていた。でもまさか、こんな早く、しかもこんな形で置いていかれるだなんて誰が想像しただろう。

 短い間だった。だけど、かけがえのない大切な時間をくれた。養子にしてもらい、毎日いろんなことを語り、剣術を教えてもらった。そして何より、殿下に出会うきっかけを作ってもらった。そんな大事な人が、まさか味方の裏切りで無残に散るなど、誰がそんなことを思うだろうか!


 俯いて、どうなっているかわからない表情を髪で隠す。こういう時、長い髪は便利だ。普段の管理が大変なのだが、それよりもこの機能の方が私には大事。周囲から自分だけを切り離し、自分の世界だけにとじこもれるから。

 ダリューンが心配そうに従妹を見ていたことを知ってか知らずか、彼女はそのまま俯いていた。その様子を見ていたナルサスだったが、カーラーンの部下が落とし穴から這い上がってきたことに気づき、皿を投げる。

「ナルサス様!お皿を粗末になさらないでください!」
「すまんすまん」
 
 エラムが説教をする以外には食器の音しかしない時間が続く。暫くしてエラムが説教を終え、ダリューンの様子を見て声をかける。

「お食事がすすまないようですが…何か他の物を作りましょうか?」
「いや、エラム。もう充分だ。ありがとう」
「こいつに何かしてやる必要はないぞ」

 ナルサスが食事を口に運びながら言う。

「この悪党のおかげで新しい隠れ家を探さなくてはならないのだからな」
「だから世捨て人などやめて殿下にお仕えすれば良い」
「だまれ裏切り者!俺は平和と芸術に生きたいのだ!」

「ナルサス、私からも頼む。ダリューンと共に私を助けてくれ」

 自分の世界に浸っていたイシュラーナは思考を中断して何とか無理やり切り替え、顔を上げた。落ち込むよりも、アルスラーンがナルサスをどう味方にするのか気になったのだ。金もない、力もない。その状態で、この同い年の仕える相手はどうするのか。先ほどの一言ではだめだろう。そう考えている間に、ナルサスは想定内の答えを返す。

「ありがたいお言葉ですが…」
「ではこうしよう」

――さあ、次の一手をどううちますか?

イシュラーナは冷静にアルスラーンを見た。夜空色の瞳が諦めではなく信念を持っていることに若干驚きを得ながら、彼の考えが発せられるのを待つ。

「私はおぬしの忠誠を求める代わりにおぬしに充分な代償を支払う」
「『代償』…父王のように金貨でもくださると?」
「いや、金でおぬしの忠誠心が買えるとは思わぬ」
「すると地位ですか。宰相とか」

――それでは無理ですよねー…

 イシュラーナはナルサスの反応から考えた。果たして、どのような代償を彼は考えているのだろう。
 ちなみに私は『臨時軍師』だ。普段は画家として思うように活動してもらい、今のような緊急時だけ軍師として働いてもらうのだ。まあ納得されるかは別として、なかなかいいのではないかと思う。

「そうではない。私がルシタニアを追いはらい、パルスの国王となったあかつきには――」

一息。

「ナルサス卿、おぬしを宮廷画家として迎えよう」

 沈黙が部屋を支配する。それもかなりの時間を。外では鳥が鳴いた。室内では動揺に固まったナルサスが飲み物を、同じ様な状態のダリューンが食事をこぼす。
 しかし、その沈黙を真っ先に破ったのはイシュラーナだった。クスクス笑って、先ほどまでの無表情が嘘のようだ。

――臨時軍師などより良い、最高の答えだわ!

「お見事です、アルスラーン殿下」

 そう言ってナルサスを見たので、アルスラーンも再度ナルサスを見る。すると彼は全身で喜びを表していた。顔を覆い、暫くの沈黙の後に、やってくれる…と呟く。そして手を顔から離すと眩しいまでの笑みを浮かべてダリューンを見る。

「どうだ、聞いたかダリューン!殿下のこの君主としての度量!芸術に縁のないみじめなお前と心性の豊かさにおいて雲泥の差!」
「放っておいてもらおう。どうせみじめならせめてお前の芸術とくらいは無縁でいたい!」

 ダリューンは酷く焦った顔でアルスラーンを見る。

「殿下!ナルサスを宮廷画家になさるなど、パルスの文化史上に汚点を残すことになりますぞ!」

「あはははは!」

「イサラ!なぜ笑う?!」
「いやだって皆が、面白い事、言うから、――はははっ!」
「事実だろうが…」

 イシュラーナは兄の真面目な意見を爆笑しながら聞いた。彼女が腹を抱え、涙を目に溜めながら笑う事を驚き呆れつつも、それよりもアルスラーンの考えに突っ込みを入れる方が大事なダリューンは笑い続ける従妹を無視した。アルスラーンはダリューンが無視した事を交えながら返事を返す。

 「イサラ、笑いすぎだ。――いいではないか、ダリューン。私はルシタニアの高名な画家に死に顔を描かれるより、ナルサスに生きた姿を描いてもらいたい。おぬしもそうだろう?」

 イシュラーナはようやく笑うのをやめ、ナルサスは拍手をした。ダリューンは笑い終えたイシュラーナに向かって助け舟を求める様な顔をする。

「イサラ、何か言ってくれ」
「私に聞きます…?――パルスの文化史上に汚点を残せるなら、それは殿下が生き延びて王になったという事ですから私は問題ないです。ただ、皆さんの言葉のやり取りは面白すぎます。楽しくていいですけど」

一息ついて、イシュラーナは続けた。

「それに、ナルサス卿の絵で文化が破壊されるなら、それはきっと教育方針が間違っているのではないかと思います」
「そうなのかもしれんが…」

 ダリューンが完全に困り顔になり、言葉もなく黙り込む。そんなダリューンの肩にナルサスは肘を置きながら返事を返す。

「イシュラーナの言う教育方針云々はさておき……殿下。ダリューンは死ぬのもいやだが私に肖像を描かれるのも嫌というところらしゅうございますな。これだけでも私としてはお引き受けしたいところですが――」

 ダリューンの肩から腕を離し、姿勢を正して服を整えながらナルサスは続ける。

「ルシタニア軍に国土を踏みにじられるのを傍観しているわけにはいきませんな」

 一息ついて、ナルサスはまっすぐアルスラーンを見た。

「力をお貸しするべきかもしれませんが私の名はアンドラゴラス王の忌諱に触れるところ。殿下がご不興を被ることもありえますがそれでもよろしいよですか?」
「無論!」

 アルスラーンの威勢のいい返事に、ナルサスは笑みを浮かべ、頭を垂れる。

「このナルサス、アルスラーン殿下にお仕えいたします!」




 

「お待ちください!」

 エラムのその一声で、ナルサスが臣下となりヒートアップした空間が一気に通常運転になる。

「当然私も連れて行っていただけるのでしょう?」

「うむ…『ギラン』の港町に知人がいる。お前はそこに預けるつもりなのだが…」
「えっ!?」

 エラムの答えを想定した質問に、ナルサスはエラムの想定とは違う答えを言った。

「そいつは商船主でな。もしルシタニアが侵攻して来ても海上に逃げられるしさらに異国に渡ることもできる。手紙をしたためておく。旅費と生活費も渡しておくからそこへ――」

「いやでございます!このエラム、ナルサス様には一生かけても足りぬほどの大恩がございます!これからもお供をさせてください!」
「いや、しかし…」

「良いではないかナルサス。エラムは気配りができる上に弓や短剣の腕もなかなかのものだ。連れて行っても差し支え無いどころか大いに役立ってくれるだろう」

 論争が袋小路に突入する前にダリューンがエラムへ助け船を出す。その様子を見ていたアルスラーンも、エラムを同行させるよう願った。

「エラムを置いていったとして――」

 焦った表情で彼は続けた。

「我ら男勢の中でこんなに美味な食事を作れる者が他にいるか?」

「――――」
「――――!」

 エラムもナルサスも沈黙する。ダリューンはイシュラーナを見るや、

「イサラは作れるぞ?――女だが」

と言うが、

「毎日私が作っては飽きるでしょう――私が」
 
というイシュラーナの一言に叩き潰される。そうして、

「…決まりだな!」
「エラムよ、これからも供を頼むぞ!」
「ありがとうございます!」

 エラムの同行が決まった。
 こうして、アルスラーン一行にナルサスとエラムが加わった。アルスラーンの味方は四人になった。

追っ手と事実、そして


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