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 アトロパテネ平原にて。

「――アルスラーン殿下…!!」

 怒号と蹄の音、叫び、弓矢の飛ぶ音が響く戦場の真っ只中、忠誠を誓う相手と離れ離れになったイシュラーナ。仕方なく単身闇雲に戦場を駆け抜けることになった。敵に居場所を聞いては斬り倒すことを繰り返し、ひたすら馬を走らせ続ける。流石は戦士の中の戦士、ダリューンの従妹というところか、彼女の行動は図らずとも従兄と全く同じになってしまった。

 遠方にルシタニア兵を見つけ、馬を走らせる。そして剣を抜いて攻撃を仕掛けようとした瞬間、黒い騎兵の影が躍り出て、イシュラーナの目前で血飛沫が上がる。

「…兄さん?!」
「イサラか!」

 ダリューンは驚いた顔でこちらを見ながら突き刺した槍を引き抜く。血を振り払って、フードを外して近寄ってきたイシュラーナの様子を見る。

「怪我は無いな」
「はい。兄さんは流石ですね、一撃で敵を仕留めるとは」

 フード被っとけ、と若干照れながらイシュラーナに命じたダリューン。イシュラーナは平時、ダリューンの技量を見ては褒め、褒められたダリューンはその度に照れるのだがそれは戦時であっても変わらなかったらしい。

「お前もアルスラーン殿下を?」
「不手際ではぐれてしまいました」
「そうか」
「私はこちらを探しますので、兄さんはあちらを」
「分かった」

 シャブラングを翻して爆走するダリューンを見送って、背後から気配を消して無言で突き出されてきた槍を身体のひねりでかわす。

「素人さんがどんなに姿を隠したって分かるものです」

 過去に普通からは程遠い、手練れから狙われる生活を送ったイシュラーナにとって、ルシタニアの一兵卒の気配殺しは意味を為さないものだった。

「本物はもっと!怖いんですよ、っと!」

 馬首を反対へと変えて剣を突き出し、首を狙って避けられたところを勢いよくスライドして太い血管を斬らんとする。うまくいったその行動はルシタニアの一兵卒の首に剣を食い込ませて、落馬させ二度と動かなくした。

「アルスラーン殿下、どこですか!」

 どれほど駆け回り、幾人屠ったか。イシュラーナの剣が血と脂でなまくらになりかけた頃、一人の息があるパルスの兵士を見つけた。駆け寄って馬を降り、荒い息の兵士を起こす。顔を見て思わずあ、と声を漏らす。

「あなた…さっき私をかばってくれた王直属部隊の兵士さんね」
「ヴァフリーズ卿の……お嬢様ですね…」
「はい。先ほどはありがとうございました。戦況を教えていただけませんか」
「………万騎長のマヌーチュルフ殿、ハイル殿が戦死…カーラーン殿は、裏切りました……ルスラー……が、ダリュ………合流し…見た…あと、…アンドラゴラス王が、退却の伝令もなく、逃げ……まし、た」

 イシュラーナが抱える兵士は咳き込み、血を吐いて痙攣する。そして、声をかける間も無く鼻や口から血を垂れ流して死んだ。

「………ご冥福を、祈ります」

 声と腕が震える。いくら人を殺しても、イシュラーナには自分が看取る人の死になれることはできなかったのだ。しかし、欲しかった情報は手に入った。死んだ兵士を寝かし、目を閉じるように手をかぶせて彼の瞼を動かす。そして再度祈りを捧げてから、馬へ飛び乗る。

――アルスラーン殿下は生きている。兄さんと合流したなら、私はこれから脱出してそこに合流すればいい

 イシュラーナは馬上で考えた。戦場で合流するなどという愚は犯さない。となると戦場の外だが、兄が確実に殿下を連れて向かう場所はどこか。そして、万が一のためにと、昔ダリューンから聞いた言葉と、教えてくれた道筋を思い起こす。

――アトロパテネを北西に突っ切り、ダイラムの山奥へ、ね

 イシュラーナは決めた。北西に馬首を向け、戦場を離脱するために、背後のパルス軍やルシタニア軍には目もくれず、ひたすら離脱を試みて駆けた。

地獄を駆け抜ける


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