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Hello,world!


暑い夏の日の午後だった。


「何で私の身元保証人になったんですか?」


私は出会い頭に男にそう聞いた。丁寧に首を傾げるなんて、今までの生活で良い子ちゃんの癖が出来てしまったのかもしれない、恥ずかしい。男は開口一番そんな事を聞くなんて、と呆れた様にも、私と初めて話せた事を嬉しく思っている様にもとれる顔をする。

「養父って言えよ。それは俺がヒーローだからだ」

男は……相澤さんという人はそう言った。

ヒーロー。人を助ける職業。今私が手に持っているこの雑誌も、その職種専用の雑誌だ。勧善懲悪のヒーローだから?弱い人を助けるヒーローだから?……私は益々意味がわからなかった。私の様な異物は、本来ならば倒して然るべき存在なのではないだろうか。この雑誌でいう、敵なのではないのだろうか。一体この人はどういうつもりなんだろう。警察の人たちはどういうつもりなんだろう。草臥れた格好をしているのだから、天涯孤独の子どもを引き取ってアピールしたい人には思えない……気がする。そんなに真っ黒な服で、暑くないのかな。

「…意味がわからないって顔してるな」

しまった。顔に出てた。けど相澤さんは怒ってはいないようだ。

「いや、それ以前に、そもそもお前は限定付きとはいえ解放された事にも疑問を覚えてる。」

相澤さんの言葉に頷く。その通りだ。こんな奇天烈な存在をどうして野放しにしておくというのだろう……野放しにじゃないけど。きっとこの人がストッパーなのだろう。それでも、それでももし私がこの人を殺して逃げたらどうするつもりなんだろう。この人の首は脆そうで、この人の心臓は柔そうだ。この病室だって普通の作りなのに。

「力を過信しすぎるのはよくないな」

相澤さんは言う。殺されない自信があるのか。あるのかもしれない。まあ多対一とはいえ、私はこの人に捕らえられたんだから声を大きくして言えないのは確かにだけど。それに、そうでなきゃ、こんな立場に立っていない。見方を変えてみれば、年季の入ったベテランヒーローに見えなくも……ないかも。

「…まァ、俺の"個性"はその気になればいつでも調べられんだろ。今はそんなことより」

相澤さんが私の目を見る。相澤さんの気怠げな黒い目の中に、私の顔が映った。
見ていられなくなりそうな程、醜い。酷い、顔をしている。人殺しの目。

「竜ヶ崎名前、お前の話が聞きたい。お前はこれから……どうしたい?」

私は答えられない。

だって、そんなの考えた事がない。
そんな立場に無かった。今も昔も。これからも。これからどうしたいかなんて……。見ていられなくなって目を逸らすと、窓の向こうから青い空が見えた。もう8月の終わりだけれど、熱のせいか妙に捻れて見えた。

「どうして考えた事がない?」

死んだと思ったから。
いやーー死ぬものと思ってた。
私はきっと幸せになる事はないと。
死ぬ事でしかあんな現実は変わらないと思っていたし、実際その通りだった。そんな、普通の生活なんて夢物語を妄想する余裕なんて無かった。そんな状況じゃなかった。なのに、今更……。

「今更、考えられないか?それとも…考えたくないか?」

考えたくないわけじゃない。
けど……その資格があるのか、私には判断しかねた。
いや、多分、ない。
沢山酷い事をした。
守る為に戦ったのに、結果的にあんな結末になった。それを忘れていられるほど、私は能天気ではないし、薄情な人間でもないはずだ。だから…今そんな事を考えていいのかわからない。答えることが出来ない私を見て、相澤さんは短く息を吐く。

「……まあ、少し考える時間が必要だな。また来るよ」

そう言って相澤さんは腰を上げる。何だか申し訳なく思って謝ると、無言で頭を撫でてくれた。優しい手だった。





やりたい事、やりたい事……。
果たして望んでいいのだろうか。
求めていいのだろうか。
普通の学生になって、勉強をして、友達や、あるいは恋人をつくって、受験をして、就職して、結婚して、子供を産んで……そんな、当たり前の、普通の人生を送る?

……。

…………。

……………。

駄目だ、想像出来ない。
出来たとしてもーーそれは、きっと、許されない。
私の様な存在が、そんな事を…望むなんて…ましてや現実のものとするなんて。妄想だ。漫画だって、そんなご都合主義を描かないだろうに。

「どうかした?名前ちゃん」

考え事のせいでどうにも食が進まないのを見て、看護師さんが心配そうに聞いた。いえ、何でもないですーーと、愛想笑いをすると、看護師さんは安心した風に微笑む。付けていたテレビが丁度昼のバラエティ番組のCMを映すと、あら、と看護師さんはどこか嬉しそうな声をあげた。

「このCMもう流れてるのね〜ふふ、顔が固いわ」

私が画面に視線を映すと、丁度大型ファッションチェーン店のCMが流れていた。新作を着こなすプロヒーローの後ろのエキストラに、どこか目立つ、前にも見たことがあるような少年が居た。それがどうかしたのだろうか。

「あの子ね、私の甥っ子なのよ。雄英体育祭で指名が来て!仕事に参加させてもらったんですって!」

雄英体育祭?それは一体何だろう。

「雄英高校の体育祭よ。普通の高校なら地上波生中継なんてしないんだけど…雄英はプロヒーロー育成の超名門校だからね。ここで良い成績をあげると、プロヒーローからのドラフト指名がきて、職場体験させてもらえるそうなのよ。」

ふうん。職場体験……そういうちゃんとしたような名前を付けられると、何だか漫画で読んだヒーローというモノとは違うというか…違和感を感じるけど。現実的だ。雄英高校に入るとヒーローになれるということなのだろうか。

「うーん、雄英高校だけってワケじゃないわね。ヒーローになるにはヒーロー科に入ればいいんだし……。確かにヒーロー科っていえば雄英と…あと士傑って言われがちだけど、ヒーロー科を取り入れている学校は多くなってきてると思うわ」

ヒーロー科。ヒーローになる為の学校。人を救ける為の学校……。そこに入れば、ヒーローになって、誰に責められず、嘲笑もされずに人を救けることができるようになるのだろうか。そうなれるのだろう。


……そうだ。


そこに入ろう。


そこに入るべきなんだ、私は。
ヒーローになって、人を助けるべきなんだ。人の命を、命を賭けて守るべきなんだ。

そうでもしなきゃーー報われない。
私が守りたくとも守れなかった人達が。
私が殺したくなくても殺してしまった人達が。
あの人が。報われない。
私が、耐えられない。

そうだ、それが幸せだ。
私のこれからやりたい事だ。
そうしよう、それをやりたい事にしよう。
死んだふりをやめにして、人を助ける為に生きよう。
止まっている暇なんてない、これが私のやるべきやるべきことなんだ。
これからそれを、生きる意味にしなくちゃいけないんだ。

うだるほどの暑い日に、歪んだ景色を背にして、私は俯いていた顔を上げる。

こんにちは、私の、新しい世界。



「ーーーあの、」






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