企画小説 | ナノ
サイノウサンプラー

「もし"個性"が奪えるとしたら、緑谷くんはどう思う?」


学校の放課後。もう空が橙色に染まっているような時間に、まるで猫のようににんまりと笑って、苗字名前さんは僕に問うてきた。僕はというと、突然そんな話題をふっかけられて何も言えずに呆然としていた。苗字さんは笑みを崩さないまま黒板の日付を書き終えると、長い黒髪を揺らして日直の仕事をしていた僕の方まで歩いてくる。そして前の机の椅子を動かして、僕と向き合うように座った。

「聞こえなかった?もし奪えたら緑谷くんは何をしてみたい?」
「う、うばえたらって、それは」
「他人の"個性"を、自分のものにしちゃうの」

苗字さんは軽い口調で言ったが、僕はまだ混乱したままだ。いや、考えたくないと、脳が否定しているようだった。
苗字さんは"無個性"だ。僕と同じ、何の"個性"も持っていなかった。この世界は"無個性"に厳しい。彼女は女子にいじめられていたと聞くし、僕は…幼馴染に良くない扱いを受けた。苗字さんは僕と席が隣で、"無個性"同士お似合いだなんだとよくクラスの皆にからかわれた。その度に僕は下を向いていたけど、苗字さんはいつもにこやかに有難うと笑っていた。それで皆は面白くなくなって、やがて何も言わなくなっていた。あのかっちゃんもだ。僕はそんな苗字さんを尊敬していたし、勇気をもらっていた。彼女の穏やかな姿勢から、『"無個性"がなんだ!』と言っているようだったからだ。



そんな彼女が、どうして僕が思うような事を言ってくるんだろう。彼女は決して、そんな事を言うような性格じゃあ無いはずなのに。

「買いかぶりすぎじゃない?緑谷くんに尊敬されるのは嬉しいけど、私はそこまで人間が出来てないよ」
「そ、そんな事は」
「それより、どうする?どうしたい?」

他人の才能を奪えたら、と苗字は愉快そうに笑ってもう一度聞いた。
恐ろしい、と僕は思った。ぞっとした。彼女の目が、その黒曜石のような瞳が本気だと言っていたからだ。僕の返答しだいで、才能を奪おうと言ってきそうな笑顔だ。

「ほら、例えばーー…バクゴウカツキくん」
「それは」
「あいつ、凄いよね」
「ダメだ」
「才能もあるし」
「苗字さん」
「欲しくない?アレ」
「苗字さん!」

僕の上ずった声が教室に響いた。耐えられなかった。僕がかつて望んでしまったことを、苗字さんに言って欲しくなかった。その通りになってしまいそうで、聞きたくなかった。苗字さんは僕の声に吃驚したようで、目をぱちぱちと瞬きさせている。

「そ、それはダメだ、苗字さん!アレは、かっちゃんのモノだ…かっちゃんの、"個性"だ。僕達が奪っていいモノじゃないんだ…」
「……」

詭弁だ。
僕も昔思ったんだ。かっちゃんの"個性"がもし自分のモノだったら。もし自分が使えたらどうやってそれを活用しただろう。どうやって戦っただろう。……言わなかっただけ。口に出さなかっただけで、僕は彼女と一緒なんだ。



「……私ね、"特権"だと思ってるの」
「……?」

暫く黙っていた苗字さんは、形の良い唇を動かして言った。僕はそれが理解出来ず、顔を歪めた。

「何も無い者はね、何でも欲しがっていい。なんでも奪っていいよって、言われた事があってね」
「……」
「これでも小さい時悩んでたんだ。だけどそれ聞いて吹っ切れてさ。だから私今までずっとね」

奪ってたの。
その言葉を表すように、彼女の差し出した右手が段々と黒い宝石のようなそれに変色した。 変色というか、彼女の皮膚がまずおかしくなっている。硬い。ありえない。そんな。

「……それは……」
「これね、ここの生徒のーー誰だっけ、中学2年生の子だったかなあ。名前忘れちゃったけど、女の子。その子の"個性"」

まるで自分が作った料理の説明をするみたいに、苗字さんは話す。中学2年生ーー後輩の女の子の"個性"をーーー。僕は苗字さんの顔を見ることが出来ず、その黒々とした右手から目が離せないでいた。

「……な、」
「な?」
「なんでそんな事を……?」

そんな事をしちゃったんだ、と右手を見つめたまま僕が震える声で聞くと、苗字さんからうふふと薄気味悪いほど上品な笑い声が聞こえ、その後こう言った。

欲しかったから。



「これ、綺麗でしょ」

彼女は右手を窓の方へかざした。
もう落ちそうな太陽の光が反射して、その右手はキラキラと輝いている。それを苗字さんはうっとりとした目で見つめいていた。

「緑谷くんごめんね。私"無個性"じゃないの。ホントは"個性"を奪う"個性"なの。もっと詳しく言うなら…」

苗字さんは僕の方へ向き直ると、鞄からそれなりに大きい黒塗りのケースを出した。中を開けると、色とりどりの液体が入った試験管が所狭しと入っていた。


「"個性"を抜き取って液状化させるーーそれが私の"個性"」


私はサンプリングって呼んでる。
試験管を一つ取り出して、苗字さんは美しく笑った。それに対して僕は何も言わない。言えない。口の中が酷く乾いている。暑くない筈なのに、顔から汗がじわじわと流れだした。

「『これ』を飲むとね、誰でもその"個性"が使えるようになるの。誰でもがミソなんだよ、あの人も自分で奪ったのはもうひとつ"個性"使わないと分け与えられないけど。まあ奪われた人はそれを失っちゃうんだけどさ」

別にいいよね、と苗字さんは無邪気に笑う。恐ろしい。彼女はこどもだ。残酷な事でも笑顔でやってしまうような、恐ろしいこどもだ。
そして僕は、彼女が何をしようとしているのか取るように分かった。未来予知のように分かった。苗字さんはその試験管を僕の目の前に突き出す。青い液体の向こうに見える笑顔が、酷く歪んでいる。そして彼女からも、僕の表情は酷く歪んでいるのだ。


「これ、使ってみない?」



ああ、神様お願いします。
この悪意の無いこどもから、僕を





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